第2-2話 銭湯へやってきた幼馴染


 俺は土まみれになったジャージを身につけている彼女を見るなり、引きつった笑みを浮かべてしまう。


「おう、こりゃまた随分と汚れたなぁ……」

「恭吾ぉぉぉーーー。今日も疲れたよお“ぉー!」


 彼女の名前は鈴木友香。

 小さい頃からご近所付き合いをしている、いわゆる幼馴染という関係性である。

 友香は、ゾンビのような枯れ葉てた声を上げながら、脱力するようにして上がり框へよろよろとへたり込んでしまう。


「今日もお疲れさん友香」


 俺は友香に労いの言葉を掛けつつ、放りっぱなしになっているエナメルバッグを背負ってあげる。


「ほら、バッグは番台で預かっておいてあげるから、砂ぼこり外で払ってから上がっておいで」

「面倒くさーい」

「駄々こねない。さっさと行ってくる」

「ぶぅー。恭吾のケチ」


 ぶつくさ文句を言いつつも、友香はゆらゆらと立ち上がり、砂埃を払うため、一旦外へと向かう。

 

 友香は現在、サッカー部のマネージャー兼監督を務めており、ボール磨きやグランドの整備などの雑用を行うのと同時に、監督としてのマネジメントや手腕を振るっており、直近の大会では、県ベスト16進出という実績も残している。

 自身も実戦形式で教えていることもあり、大体ほぼ毎日こうして泥だらけの状態で銭湯へやって来るのが日課となっていた。


「今ってお客さんいるー?」

 

 土埃を払い終えて戻ってきた友香が、靴を脱ぎながら尋ねてくる。


「いや、今は誰もいないよ」

「それじゃ、面倒臭いからここで脱いじゃおっと!」


 総いって、友香は何を血迷ったのか、大胆にも店の入り口である下駄箱前で、服を脱ぎ始めた。


「ちょっと待て待て! 流石にそこで脱ぐのはまずいから!! せめて脱衣所までは我慢しろ!」


 突然、下駄箱前で服を脱ぎ始めた幼馴染を、俺は必死に制止する。


「えぇ……だって服が汗臭くて気持ち悪いんだもん」

「それは分かるけど、いくらお客さんがいないとはいえ、万が一見られたらまずいだろ! ほら、手貸してやるから」


 俺は友香の手を引いてやり、そのまま女湯の脱衣所の入り口前まで連れて行ってあげる。


「脱いだジャージはこっちに放り投げてくれれば、洗濯しておくから」

「ありがとー」


 ようやく、風呂に入る決心がついたらしい。

 友香は間延びした返事を返すと、『女湯』と書かれた暖簾をくぐり、脱衣所へと入っていった。


「全くもう……いくら何でも無防備すぎるだろ」


 そんな小言を零しつつ、俺は入り口に放置された土埃のついたスニーカーを外でパンパンと払ってから、下駄箱へと仕舞ってやる。

 友香は、普段はかなりのマイペースで、おっとりした性格をしている。

 けれど、サッカー部のマネジメントを任されるようになって以降、外面は徐々にきびきびとしたものへと変化していった。

 選手をまとめ上げなければならない立場上、そうなってしまうのは仕方ないだろう。

 まあ俺の前では、相変わらずグータラ幼馴染のままだけどね。

 それも、気を許してくれている証なんだろう。

 知らんけど。


「友香。バッグ、番台で預かっとくからな」


 俺が脱衣所に向かって声を掛けると、女湯と書かれた暖簾がぺろりと捲られた。


「恭吾、バスタオル取ってー」


 パープルグリーンの下着姿に身を包んだ友香が、平然とした様子で共有スペースへ姿を現す。

 元々、スタイルの良い友香。

 胸元やお尻まわりが惜しげもなく晒されている。

 目のやり場に困り、俺は咄嗟に視線を逸らした。


「だから! なんで脱いでから来るんだよ⁉」

「えー? だって、着替え渡さなきゃいけないし、その時に取りに来れば、一度で事が済むから楽でしょ?」


 友香は恥じらう様子もなく、平然とした口調で言いながら、脱ぎたてのジャージを俺に手渡してくる。


「少しは俺の身にもなってくれ……」

「ん、どういうことー?」

「だから、年頃の男女なんだから、もう少し恥じらいをだな……」

「別に、恭吾に見られても気にしないよ? 減るものでもないし」

「だから、そう言うことじゃなくて……はぁ、もういい」


 俺は説得を途中で諦め、友香からジャージを受け取り、番台の後ろにある棚から、貸し出し用のバスタオルを取り出して手渡してあげる。


「ほれ」

「ありがとー。それじゃ、お風呂行ってきまーす!」

「はいはい、いってらっしゃい」


 俺がしっしと手を振って送り出すと、友香は何事もなかったかのように脱衣所へと戻って行った。


「ったく、友香が気にしてなくても、俺が気になるんだよ……」


 俺は先ほど言おうとしていた言葉の続きを一人でぼやき、額に手をやってため息を吐いた。


 友香は高校生にしてはかなり発育がいい方だと思う。

 あのボリューミーな胸の膨らみを目の当たりにして、興奮しない男子高校生がいるだろうか?


 俺にとっては目の保養……じゃなくて! 

 健全な男子高校生である俺にとっては目の毒なのだ。


 一番の問題は、当の本人が全く気にしてないところ。

 仮にも年頃の女の子なんだから、もう少し恥じらいを持った方が良いと思う。


「恭吾ー」


 すると再び、脱衣所にいる友香から声が掛けられる。


「なんだー?」

「投げるから受け取って! とりゃ!」


 掛け声があった直後、暖簾の下から友香がさっきまで履いていたパープルグリーンのブラと下着が、共有フロアに放り投げられた。


「何やってんだお前は⁉」

「ついでに下着も洗濯しておいてー」

「出来るか!」

「ジャージと一緒でいいから。洗濯ネットはあるでしょ?」

「あのな……」

「それじゃ、よろしくー」


 俺の動揺など知る由もなく、すべての身ぐるみを脱ぎ捨てた友香は、今度こそ浴場へと向かって行った。


「はぁ……ったく、しょうがねぇな」


 俺はため息を吐きつつ、フロアに放り投げられたブラと下着を、ジャージと一緒纏めて洗濯かごに入れ込んで、銭湯の隣に併設されているコインランドリーへと運んでいく。

 友香の洗濯を、洗濯機の中へと放り込み、乾燥モードありにしてスイッチをオンにする。

 恐らく一時間足らずで、友香の衣類の洗濯は完了するだろう。

 

 手持無沙汰になった俺は、再び番台のカウンターに頬杖を突き、共有スペースでつきっぱなしになっているテレビへ視線を向ける。


 そこでは、ローションボウリングという謎の企画が行われていた。

 芸人さんやタレントさんたちが、ローションまみれになりながらフィールドを滑っていき、人間ボールとなって巨大なピンへとアタックして、ストライクを目指すという内容らしい。


 そんな番組をポケーっと見ていると、純白でオフショルダーのドレス姿に身を包んだグラビアアイドルが登場する。

 たわわに実った果実がプルプルと揺れ、深みのある谷間が艶やかだ。


 とそこへ、司会者の芸人さんが、容赦なくローションがぶっかける。

 グラビアアイドルの身につけていた衣装が、一瞬でスケスケになってしまう。

 

 直後、待ってましたとばかりに、カメラがズームアップして、グラビアアイドルの豊満な胸元を映し出す。

 ずぶ濡れヌルヌルになった衣装から、白い水着がくっきりと見えており、大胆にはだけさせていた胸元は、ローションでテカテカと淫靡に艶めいている。


 グラビアアイドルは、ローションまみれになりながらも、にこりと笑顔でポージングを決めている。

 流石はプロ意識が高いといったところだろうか。

 しかし、ローションで白濁していることもあって、顔に付着しているのがアレにしか見えない。

 無意識に、俺の頭にはよからぬ妄想が膨らんできてしまう。

 

 果たして、こんな番組をゴールデンタイムに放映して苦情が来ないのかと心配になってしまうほどに、グラビアアイドルのぶるんぶるんおっぱいは、ローションまみれでいやらしい。


 ガラガラガラ。


 と、俺がグラビアアイドルのテカテカおっぱいにうつつを抜かしていると、入り口の引き戸が開く音が鳴り響く。

 ビクッと身体を震わせてから、俺はピンと背筋を伸ばした。

 時計に目をやれば、時刻は八時三十分を回ったところ。


「こんな時間に友香以外のお客さんが来るなんて珍しいな」


 俺は名残惜しむようにテレビのおっぱいから視線を外して、入り口の方へ視線を向ける。

 そして、『ゆ』の暖簾をくぐって入ってきたのは、見覚えのあるオレンジ色の髪をした女の子だった。

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