虚ろな目

 森高町子は、どうしてこの人を知っているとわかったのだろうか。その男性に信頼できる何かがあるのだろうか。少し疑問に思いながらも、輝は森高の方へ向かっていった。

「久しぶりだな、見るものよ。彼が戻すものなのか?」

 こちらに向かってくる輝を見て、その男性が言った。すると、森高は真剣な顔を男性に向けた。

「わかりません。まだピンとこなくって」

 森高がそう言うと、男性は一言、そうか、とだけ言って口を閉ざした。輝が来ると、その男性と森高は自分たちの前にある一軒の家を見上げた。そして、二人頷き合うと、玄関にあるチャイムを森高が鳴らした。

 しかし、しばらく待っても誰も出てこなかった。

「見るものよ」

男性は、そう言って森高の肩に手を置いた。

「中に、何かがいる気配がするのだろう」

 森高は、頷いた。

 先ほどから一体何なのだろう。森高が空を翔けた件といい、今回のこの男性のセリフといい、何がどうなっているのかさっぱり分からない。見るものとか戻すものとか言っていたが、それについても分からなかった。

 輝は、不思議に思いながらも二人を見ているしかなかった。すると、輝の背筋に突然悪寒が走った。それは、次第に強くなっていき、身体中を覆っていった。輝は我慢できずにその場に膝をついた。

「高橋くん?」

 輝の突然の異変に、森高は驚いて、膝をついた輝の肩に手を触れた。そして、彼女自身も輝のその変化に驚愕した。

「高橋くん、いえ、輝くん、あなたやっぱり」

 そこで言葉を切り、こちらを見下ろしている移民の男性と頷き合った。森高が輝を支えて立ち上がらせてくれるので、輝は少し気分が良くなって来た。しかし、安心している暇はなかった。男性が、声を緊張させてこう言ったからだ。

「見るもの、戻すものよ、客人が来たようだ」

 男性の声に二人が周りを見渡すと、家の周りにはすでに何十人もの人間が待機していた。いつの間に囲まれたのだろう。町中の人が集まっている。もちろん、輝の学校の人間たちもいる。その中には輝のバイト先の人間もいた。

 彼らは手にバットや鉄アレイ、包丁などを持っていた。中にはどこから持ってきたのか、松明を持っている人もいた。彼らの瞳はひどく虚ろで、光を失っていた。

「これは」

 彼らに殺意はない。普通の人間なら当然感じるはずの恐怖を輝は感じなかった。ただ、違う意味で危ないものを、感じ取っていた。

「お前ら、どうしちゃったんだよ!」

 輝が言い終わらないうちに、男性が動いた。輝と町子を庇うように覆い被さり、アスファルトに両手を突いた。

 その瞬間、三人の上をナイフが飛んでいき、家の壁に弾かれて地面に落ちた。ナイフを投げたのは、輝のクラスメイトだった。

「高橋くん、彼らはもう人の話を聞ける状態じゃないよ」

 町子はそう言って、地面に尻餅をついている輝の手をとった。下手をすればナイフの一撃で大怪我をしていたかもしれない。二人が男性に礼を言おうとして見上げたその時。

 彼は、厳しい顔をしてこう言った。

「まずい、家に火がかかってしまった!」

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