アフリカ系移民の男性

 森高は、教室ですでに、皆おかしいと断言してしまっていた。

 先程追っ手がついたのもそのせいだった。何もかもがいきなりだったので輝の頭は混乱していた。追われるわ、森高が宙を翔けるわ、もう訳が分からなかった。状況を説明して欲しくても、そんな暇はない。とにかく今は先生や生徒たちの目の届かない場所まで行くしかなかった。二人は畦道を抜け、歩きやすいアスファルトの道路に出た。そして、周りに誰もいないことを確認すると、歩きだした。

「今は時間がない。とにかく内山牧師さんの家に急がなきゃ」

 森高は、内山牧師の家を知っていた。それもこれも、例のクリスフォード博士という人と関係あるのだろうか。そう考えながら、輝は森高についていった。

 途中、森高は少しだけ自分の話をした。空を翔けることができる理由までは聞き出すことができなかったが、何となく森高のことがわかってきた気がした。

 森高町子の母は、もともとこの日本の人間ではなかった。名を夏美と言い、本当はカタカナでナツミと書いていた。夏美の母親は香港で生まれ育ち、その香港に出張で来ていた英国人の父親と出会って恋に落ちた。そして、香港で長男を産み、他の国で夏美を産んだ。その国の名は森高からは聞き出せなかったが、母親に強い英語の訛りがあるらしく、英語圏の国であることは確かだった。

 何らかの事情でその国から日本に渡航し、今の夫と結婚したナツミは名の表記を夏美と改めて、日本人として暮らすことにした。そこで、町子を産んだ。

 夏美の兄は、しばらく彼らの父親の、つまり森高の祖父の仕事を継いでいたが、長年恋人として付き合っていたフォーラと結婚するにあたって日本に住み着いた。夏美のいるこの国が居心地のいい場所なのだという。

 自分のまわりの話をだいたい終えると、森高はふと、立ち止まった。

 どうしたのかと問うと、彼女は目の前を歩いている男性を見た。体格がいい。着ているトレンチコートが風になびいて、本来の体格よりもその人物を大きく見せていた。

「私、あの人、知っている気がする」

 森高は、何かを思い出そうと考え込んだ。すると、目の前を歩いていたその男性は、ふと立ち止まってこちらを見た。

 トレンチコートと深い帽子で隠れていて分からなかったが、その男性の肌は黒かった。アフリカ系の移民の人だろうか。

 輝と森高は、その男性の迫力に気圧され、つい立ち止まってしまった。威圧感があるわけではないが、どこか計り知れない品格を感じる。

 アフリカ系移民のようなその男性は、被っていた帽子を取って二人に挨拶をした。そして、素敵な笑顔を輝たちの印象に残して再びその道を歩きだした。

 その後を追うように森高と輝は歩いていく。しかし、どこをどう歩いてもその男性の後を追うように歩いて行ってしまう。

「本当にこの道でいいんだろうな?」

 不思議に思って問いかけると、森高は少し、その顔に焦りを浮かべた。

「間違いはないはず。どうしてあの男の人も一緒なんだろう」

 そう言いながらしばらく歩いていると、男性が、輝たちの少し先で立ち止まった。そして、そこにある一軒の家を見上げた。

 まさか、と思い森高を見ると、彼女は信じられないものを見るような目で先を見ていた。

「そこ、内山牧師さんの家」

 そう言って、森高は焦りを顔に出して走って行った。そして、家の前にいる男性の方に走り寄ると、こう言った。

「どうしてここを? まさかあなたがこの件の?」

 言いかけて、言葉を呑んだ。

 森高は、男性の顔を間近で見たその瞬間、その男性が誰なのかを思い出した。そして、口を押さえて輝の方を見ると、ひとつ、頷いた。

「高橋くん、大丈夫。来て。私、この人知ってる」

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