04 サメ降り(2)

「やはり水棲ではなく、陸上でも生息可能な能力を獲得した陸棲ザメだ……しかし、陸棲ザメを生み出す積乱雲とは、いったいどんなメカニズムでできているのだ……」


 そんな阿鼻叫喚のパニック状態の中、独りマッドドクター・ペーパーは腕を組むと、冷静にサメ達の行動を観察している。


「そんな落ち着いてる場合ですか!? 研究は生き延びられてからにしてください! ま、万が一、生き延びられたらの話ですがね……」


 その傍らで、マーティー警部は渋い顔を作りながら、フォルスターの拳銃を引き抜いて果敢に迫り来るサメを撃ち始めた。


「Dr.ペーパー! 今の内に早く! 雲の下から出ましょう!」


「あ、ああ……」


 なんとも心許こころもとなくはあるが、パン! パン…!と撃ち込んだ拳銃の弾にサメが怯んでいる隙を突き、マーティー警部はペーパーを促して海とは逆方向へと走り出す。


 サメは明らかに積乱雲の中から降って来ているので、普通の通り雨と同様、雲の下から抜け出せば難を逃れられるはずだ。


「ウギャアアアっ…!」


「だ、誰か助け…ぐあぁぁっ…!」


 その間にも逃げ惑う人々は降って来たサメに次々と喰い殺されてゆく……。


「Dr.! は、早く!」


「…ハァ……ハァ……ま、待ってくれえ……」


 それでも立ち止まる余裕はなく、マーティー警部は時に拳銃を放ちつつ、ペーパーを急かして走り続ける。


「……うわ〜ん! ママぁ〜!」


 だが、そんな警部の視界の隅に、狂乱の中で独り立ち尽くし、泣きじゃくる幼い女の子の姿が映った。


「クソ! 親とはぐれたか……」


「…ハァ……ハァ……あ! お、おい! どこ行くんだ?」


 それにはさすがに見過ごすことができず、マーティー警部は方向転換して幼女の助けに向かい、残されたペーパーもやむなくその後を追う。


「お嬢ちゃん、もう大丈夫だからな! おじちゃん達と一緒に行こう!」


 迫るサメをパン、パン…! と再び拳銃で牽制しながら、駆け寄ったマーティー警部は幼女を抱きかかえる。


「…ハァ……ハァ……行こうったってどこへだ? 挟まれちまったぞ?」


 だが、追いついたペーパーが荒い息遣いで訴えるように、逃げ道から外れた彼らは前後を二匹のサメに取り囲まれてしまう。


「……!? チッ、弾切れか……万事休すってやつだな」


「まあ、陸棲ザメに喰われて死ぬんならわしは本望だ……」


 さらに運の悪いことには拳銃の弾も撃ち尽くし、前後で鋭い牙を剥く巨大なサメに、二人はいよいよ覚悟を決めるのであったが……。


 その瞬間、ダララララ…! という自動小銃のけたたましい速射音とともに、二匹のサメの頭が血飛沫を上げて同時に吹き飛んだ。


「……!?」


「行け行け行け行け! GO! GO! GO! GO!」


 驚きの表情を浮かべて二人が周囲を見回すと、灰色の迷彩服にやはり灰色のヘルメットとボディアーマー(※軍用防弾チョッキ)で重武装した兵士達が、自動小銃を放ちながらビーチ一帯に展開している。


「目標を殲滅しつつ、生存者を保護しろ! 降ってくるやつらは無視して後方に任せろ!」


 ざっと見、二十名以上はいるだろうか? 兵達は自動小銃を休みなく放ち、次々と浜辺に落ちたサメを駆除してゆく……。


 いや、そればかりでなく、ビーチ際の道沿いにはロケットランチャーを持った同様の灰色の兵達が並び、その重火器で雲から落ちて来るサメをも狙い撃ちしている……。


 突如として現れた兵達の活躍により、瞬く間にサメの凶行は抑え込まれていった。


「あんた達、こっちだ! 早く逃げろ!」


「あ、ああ。すまん。助かった……」


 避難経路が確保されると、謎の兵士に連れられてマーティー警部達もビーチからの脱出を試みる。


「…!? あれは……」


 と、その時。ゴウ…という爆音が頭上に響き渡り、見上げれば2機の戦闘機がかなりの低空を高速飛行しながら、降ってくるサメ達に機銃掃射を加えている。


「もしかして、あのサメ形の雲ごと吹き飛ばそうっていうのか……」


 さらには激しい爆発音とともに積乱雲の中が眩く光るが、どうやら戦闘機がミサイルを撃ち込んだらしい……やがて、地上のサメが一掃されて一応の平穏を取り戻す頃には、さすがに消し飛びはしなかったものの、ようやく積乱雲もサメを降らすのをやめて、遥か海上の彼方へと立ち去って行った──。

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