04 サメ降り(1)
「──フェスを中止にしろだと? 何をバカなことを……市を挙げての一大イベントだぞ? できるわけがあるまい」
老若男女、多くの人々でごった返す広大な白い砂浜で、警備も兼ねて遊びに来ていたオズボーン署長を捕まえると、マーティー警部はその中止を訴えた。
さすがに陸上を泳ぐサメがいるとは思っていないが、なんらかの現象でサメに襲われる被害が出ているのでは? と疑うようになったからだ。
「ですが、人喰いザメに襲われる可能性があるんです。現に昨夜の被害者同様、サメに喰いちぎられた遺体がここでも発見されているんですよ?」
が、一蹴されたことは言うまでもなく、マーティー警部は必死にその理由を説明しようとする。
「なんだ? 海の中ならともかく、陸の上でサメに襲われるとでも君は言うのかね?」
「ええ、その通りです。最近では市街地ですら襲われる危険性があります。オズボーン署長どの」
吐き捨てるようにして言う署長に対し、口を挟むマッドドクター・ペーパーがさらに話をややこしくする。
「誰だ? このイカれた…ああ失礼、ユニークなお考えを持った学者先生は?」
「陸棲サメ研究家のDr.ペーパーです。とにかく、おかしなことばかり起きてるんです! オリックス・ギンナーンも何者かによって病院から連れさ去られましたし」
会場を歩きながら、不審そうにペーパーを覗うオズボーン署長に、マーティー警部は彼を簡単に紹介すると、謎のオリックス失踪の件についても触れる。
「それはギンナーン夫妻が息子を匿うために裏から手を回したんだろう。セレブは金にものを言わせてなんでもするからな……そんなことよりもほら、今からカジキマグロの解体ショーが始まる。私はこのために昼を抜いてるんだ」
しかし、それも楽観的に解釈するオズボーン署長は、足を止めたその場所で、目の前に置かれた水色のステージの上を他の観客達同様に見上げた。
「魅惑の深海魚フェスティバル」と大きく描かれた飾りのあるその舞台上には、巨大なカジキマグロがクレーンで吊るされ、イカついマッチョなちょいワル漁師が長い包丁を持ってその傍に立っている。
「さあ、お待たせいたしました! いよいよこのフェス定番の看板イベント! カジキマグロの解体ショー&無料食べ放題でーす! 今年捌いてくれるのは、地元漁師のバン・ガードニャーぁぁぁーっ!」
袖にいる司会のコメディアンが開始の合図を告げると、会場には大きな歓声が湧き起こり、包丁を持った捌き役の漁師も両手を高々と挙げてそれに答えている。
「イェーイ! 早く食わせろーっ!」
観客達に混じって、オズボーン署長も奇声をあげると大いに盛り上がって興奮状態だ。
「署長ぉ〜……」
そんな忠告にも馬耳東風な上司の姿に、眉を「ハ」の字にしたマーティー警部が激しく落胆した時のことだった。
「……ん? なんだ? 急に曇ってきたぞ?」
「やだ。天気予報じゃ雨なんて言ってなかったわよ」
さっきまで眩しいほどの晴れ模様だったのに、当たりが急に暗くなると、観客達も突然のスコールを気にして俄に動揺し始める。
「うわっ! なんだあの雲! 積乱雲か?」
「ちょっと、こっちに向かって来てない? しかもなんだか形が……」
見れば、輝く太陽の光を遮り、いつの間やら海上に発生していた巨大な黒雲が、急速にビーチへ向けて迫って来ている……しかもその巨体は、なんだか意味ありげなものを
「これは……まさしくサメだな。だが、こんな現象、このわしでも聞いたことないぞ?」
その巨大なサメ形積乱雲を見上げ、Dr.ペーパーも驚いた様子で呟いている。
「なんだ……なにが起きるってんだよ……」
マーティー警部も小刻みに震える両の眼で、頭上に浮かぶそれを呆然と眺める。
「なんだ雨かよ。せっかく俺さまの見せ場だったってのによう……おい、司会の兄ちゃん。降ってくる前にとっとと始めちまおうぜ?」
一方、ステージ上ではつまらなそうに、主役の漁師バン・カードナーが司会を急かすのであったが。
「……ん?」
不意に何かの気配を感じ、再び頭上へバンが視線を向けた瞬間、ドーン…!と激しい衝突音が響くとともに、降ってきて巨大なホオジロザメによって彼は丸呑みにされた。
「キャアアアーッ…!」
「う、うわあああっ…!」
刹那の後、噛み砕かれたバンの血肉が周囲へと飛び散り、悲鳴をあげて逃げ出す観客達は一瞬にして恐慌状態へと陥る。
「なっ!? ……まさか、そんな……」
「ほう。ボーイフレンドの証言は事実だったか……降ってくるサメとは初耳だ。新種の可能性が高い……」
蜘蛛の子を散らすかの如き人々の流れの中、唖然と立ち尽くすマーティー警部のとなりで、Dr.ペーパーは鋭い眼をして研究者の顔になっている。
「サメだ! サメが降ってきたぞ!」
「マジかよ!? なんかの演出とかじゃないんだよな?」
咄嗟にステージを離れ、舞台の上で暴れるサメを遠巻きに見守る人々であったが……恐怖はそれだけで終わりではなかった。
「…? ……キャアアアーッ!」
「……ハッ! ギィアァァッ…!」
……ドーン……ドーン…! と方々で大きな重低音が木霊する度に、男女の悲鳴と真っ赤な血飛沫もあちこちから時間差で湧き上がる……。
最初の一頭を皮切りに、次から次へと頭上の積乱雲から、巨大なホオジロザメが地上へ向けて落ち始めたのである。
それはまさに雨が降るが如し……ただし、落ちてくるのは水滴ではなく、鋭い歯を持った恐ろしい人喰いザメなのだ。
「た、助けてくれえぇ…うぎゃあっ…!」
「ま、待って! 置いてかないで…ぐはぁっ…!」
いや、そればかりか落ちて来たサメは、砂浜を這いずり回って次々と周囲の人々を喰い散らかしてゆく……愉しいはずのフェス会場は、あれよあれよという間に血みどろの地獄絵図へと化していった。
「や、やめてくれ……も、もう、チャイニーズレストランでもフカヒレスープは頼まないから……」
さっきまで呑気に盛り上がっていたオズボーン署長も、腰が抜けて尻餅を搗くと、眼前のサメと睨めっこをしながら必死に後退っている。
「な、なあ、頼むよ……私なんかより、高級食材ばっか食ってるセレブの方がずっと美味いはず…ひゃ、ひゃあああーっ! うぎぃ…!」
だが、サメがそんな説得に応じるはずもなく、彼も脚から丸呑みにされると、腹から下を喰いちぎられて絶命した。
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