なにげない約束(2)
バイトが終わり外に出ると、スマホ片手に私を待っていた千聖くんが鼻を真っ赤に染めていた。
その姿が、すごく愛おしくなって胸がきゅっとなる。
「お、遅くなってごめんね。寒かったよね」
「ううん、大丈夫。それよりこれ、美月の分。ちょっとぬるくなっちゃったけど」
受け取ったペットボトルは、少しぬるくなっていた。それだけ寒い中、千聖くんが私を待ってくれていた証拠。
「……ありがとう」
ペットボトルをぎゅっと握りしめる。
「じゃ、帰ろうか」
千聖くんが歩き出すから私も隣に並んで歩く。
「もう三月なのにまだまだ寒いねー」
「う、うん、そうだね」
バイト帰りに一緒に帰るのは、これが二度目。一度目は、私がまだ千聖くんのことを信用できていない頃、偶然出会って帰る流れになったけれど。
もしかしたらその頃から、千聖くんのことを〝特別〟だと思っていたのかなぁ。
「──あっ、そうだ」
〝もう三月なのに〟で、あることを思い出し足が止まる。
「美月? どうしたの」
困惑した様子で私を見つめる千聖くん。
きっと言うなら今しかない。
「千聖くんにまだ言ってなかったんだけど……理緒、えっと、妹が……受験に合格したよ」
自分を奮い立たせるように強く握りしめた手のひら。
「え、ほんとに?」
「う、うん」
「そっか。よかった、おめでとう!」
まるで自分のことのように喜んでくれる千聖くんの表情を見て、私まで嬉しくなった。
「千聖くんのおかげでもあるんだよ」
「え、俺? なんで。俺、何もしてないけど」
「買ったお守りをなかなか渡せなくて悩んでたとき、千聖くんが背中押してくれたし支えてくれたから」
千聖くんがいなかったら、こうやってお守りを渡すことできなかっただろうし、妹とわだかまりが消えないままだったと思う。
出会った頃から私のことを支えてくれた。
千聖くんのおかげで今の私があると言っても過言ではないくらいに。
生きることを諦めなくてよかった、と素直にそう思ったんだ。
「だから、千聖くんありがとう」
私がそう言うと、穏やかな表情を浮かべていた。
何度ありがとうを伝えても足りない。
それくらい千聖くんに感謝している。
「そういえば、もうすぐで春休みだよね」
「あ、ほんとだ。すっかり忘れてた」
「前に俺が言ったこと覚えてる?」
「え? なにか言ったっけ」
記憶の深層に潜ってみるけれど、それらしき記憶にたどり着けずに、笑って誤魔化すと、
「春になったら花見を一緒にしようって言ったんだけど」
そう言われて、急速に手繰り寄せられる記憶。
「……あっ」
そういえば、そんなこと言われたことあったかも。
「それで話戻るけど、春休み一緒に行かない?」
去年は受験に失敗して花見どころではなかった。あまり春が好きじゃなかった。
でも、それは過去の話。
「行きたい……!」
きっと千聖くんとなら、どんなことでもどんなところでも楽しくなれる。一分一秒でさえも、思い出になる。
「じゃあ決まり。時間はまたメッセージするから」
今までの〝苦しい〟だった記憶を、千聖くんと〝楽しい〟に上書きされる。
だからきっと、大丈夫。
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