小さなもやもや(2)


 ***



「あけましておめでとう、美月ちゃん」


 年末年始は、原さんとあまり会うことがなくて、三学期始まって初めての顔合わせに「あけましておめでとうございます」と返した。


 冬休みに入る前に原さんに相談をしてから、距離が近づいたのか、前より信頼できるようになった。


「お正月はゆっくりできたかな?」

「はい、できました」


 周りのパートさんたちの話によると、原さんは年末年始は地元に帰っていたらしい。九州だとかで、だからあまり顔を合わせることがなかったみたい。


「お正月におもち食べた? 私、おもちばかり食べちゃったからかなり太ったんだよねー。もう最悪」


 千聖くんといい原さんといい、二人ともおもちの話題ばかりで思わず「フッ」と笑ってしまう。


「え、美月ちゃんどうしたの?」

「あ、いや、この前もおもちの話をしたので思い出しちゃって……」


 気を抜くと、これだ。自然と笑みが漏れてしまう。今までこんなことなかったのに。


「その話、誰としたの?」

「あ、えっと、千聖くんなんですけど」


 ついポロッと口からこぼれた名前に、「千聖くん?」困惑した原さんの言葉にハッとして慌てて口を覆うけれど、時すでに遅くて。


 さらには、私を追い込むように。


「……ああ、もしかしてクリスマスに美月ちゃんに会いに来たかっこいい男の子?」


 と目をキラキラに輝かせて、尋ねる原さん。


「いやあの……」


 私に会いに来たってのは、語弊がありそうだけれど。


「それでその子とおもちについて話したの?」

「あ、いやー、まぁ……」

「ふーん。ていうかもうプライベートでも会うほどの仲なんだ?」

「え? いやあの……」


 まくし立てられるように告げられた言葉に、返す暇を与えてもらえられなくて。


「もしかして付き合ってるとか? ……えっ、じゃあもう恋人同士?!」


 勝手に誤解しているから、


「ちちちっ、違います!」


 レジカウンターの中に響き渡る自分の声にハッとして、慌てて口を押さえた。


 ……よかった。今、お客さんがいなくて。


「私たちは……ただの友達なので」


 千聖くんと私は、それ以上でもそれ以下でもないの。


「えー、あの雰囲気はどう考えても友達だけには見えないけどなぁ」


 顎に指を当てて不服そうにつぶやいた原さんは、立て続けに。


「じゃあ美月ちゃんは、彼のことどう思ってるの?」


 突飛なことを告げられて面食らって固まる。


 私が千聖くんのことをどう思っている?


 どうって私たちはべつに……


「……ただの友達ですけど」

「それは美月ちゃんの気持ち?」


 真っ直ぐ見据えられる瞳から思わず逃げてしまう。


「は、はい」


 私たちの間にそれ以上なんて関係は存在しない。


 それなのにどうして私、こんなに胸が苦しいんだろう。


 どうして神木さんのことばかり思い出してしまうんだろう。


「じゃあどうしてそんなに落ち込んでるの?」

「……え?」


 私が落ち込んでいる?


「美月ちゃんの顔、すごく傷ついてるみたいな顔してるよ」


 ……私が傷ついている?


 そんな、だって。私じゃなくて傷ついているのは。


 千聖くんのはずなのに。


 数日前の千聖くんの表情が頭の中に浮かぶ。


 すごく苦しそうなつらそうな顔をして、無理して笑っているようだった。


 私が神木さんについて尋ねても答えてはくれなかった。あのとき私を拒絶したのは、たしかに彼だ。


「私……」


 彼の内側に踏み込むことができないのは、ただの友達だ。


 それ以上だと名乗る資格は、ない。


 千聖くんのこと支えてあげたい。そう思っているのに力になれなくて。もどかしくて。


「どうすれば支えてあげることができるんだろうって思って……」


 あれからずっと悩んだ。考えた。


 彼の内側に踏み込むには、どうすればいいんだろうって。


「支えるって……その千聖くんて子のこと?」

「……はい」

「彼は、何か悩んでいるの?」


 真実は分からない。


 けれど、〝何か〟を抱えていることだけはたしかで。


「……私には、そう見えて」


 それがただの気のせいだけならいいのに。


 けれど、気のせいなんかじゃなくて。


「なんでもないって言うんです。それが拒絶されているみたいで……」


 人のことは言えない。


 私だって初めは千聖くんのことを拒絶していた。近づけないように厳重に鍵をかけて。


「千聖くんのことを考えると、最近なんだか苦しくて……」


 いつも私のことを支えてくれたのに。


 それなのに私は、情けなくて。


「私、頼りないんですかね……」


 それとも信頼できないのかな。


 所詮、どこまでいっても赤の他人。


 だから、何も話してくれないのかな。


「美月ちゃんは、彼の力になってあげたいんだね」


 千聖くんが私の力になってくれた。支えになってくれた。

 だから、今度は私が。


「支えてあげられたらなって……思うんですけど……」


 それこそがおこがましいのかな。


 それとも必要ないのかな。


 千聖くんにとって私は、どういう存在なんだろう。


「じゃあさ、そのままの気持ちを伝えてみたらいいんじゃない?」

「え? で、でも……」


 もしも次、拒絶されてしまったら、私は立ち直れる自信がない。


 千聖くんに嫌われてしまったら、この先どうしていけばいいのか分からない。


「美月ちゃんの真っ直ぐな気持ちを伝えたらきっと彼にも届くと思うんだ」


 私の真っ直ぐな気持ち……?


「人はひとりでは生きられない。助け合い、支え合う。人はそうやって成り立っているの。美月ちゃんも千聖くんも、私も、みんなそう」


 人は、支え合う……


 ひとりでは生きられない。


 たしかに、私は千聖くんに助けられた。


「だからね、美月ちゃんがしたいようにするのが一番だと思う」

「私がしたいように……?」

「うん」


 私は、どうしたい?


「それは……」


 ──もちろん、千聖くんのことを支えてあげられたらって思う。


「美月ちゃんの心の中では、もう決まってるんでしょ」


 私の心を読み取ったかのように、ニコリと笑って告げられた言葉に驚きはしなかった。


 だから、その言葉に大きく、ゆっくりと頷くと、


「美月ちゃんなら、きっと支えてあげられる」


 私を見て、笑ったのだ。


 そしたら自然と私も笑った。


 私、千聖くんのこともっと知りたい──。


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