見え隠れする心(3)
「──あれ、伏見くん……?」
ふいに彼を呼ぶ声がする。
声のする方へ顔を向けると、そこには見知らぬ女の人がいた。
……誰、だろう。千聖くんの知り合い?
「神木さん」
千聖くんの声は、どこか震えているように、声がくぐもって聞こえた。
「久しぶりだよね。元気にしてた?」
なんだ、そっか。千聖くんの知り合いだったんだ。
「あー…うん、まぁ」
けれど、いつもの千聖くんの表情が強張って、声色さえも落ちた気がした。
どうしたんだろう。いつもなら言いたいこと淡々と言って言葉に詰まることなんてないのに。
もしかして私がいるから話しにくいとか?
それなら私、ここにいない方がいいかな。
そうっと気づかれないように離れようと思ったら、パッと掴まれた手のひら。少しぐっと私を引き寄せるように強くて。
……えっ、千聖くん?
困惑して、少し顔をあげる。
「その子、もしかして彼女?」
すると突然、なんの脈絡もなく告げられた言葉に、千聖くんではなく私が「え」と動揺する。
けれど、千聖くんは落ち着いた様子で。
「ああ、うん。彼女」
なぜか、嘘をついた。
えっ、なんで千聖くんそんな嘘を……
「そうなんだ。すごく可愛い子だね」
「ははは、でしょ」
仲睦まじく話す二人の視界に、まるで私は映っていないように感じて。
──チクッ。
胸の奥が、痛む。まるで小さな棘が刺さった痛みが広がるように。
「神木さんは、お参りに?」
「うん、そうなの。まさか伏見くんに会うなんて思ってなくてびっくり」
二人の間には踏み込めない〝何か〟を感じて、疎外感が膨らむ。
「うん、俺もびっくり」
──〝二人はどういう関係?〟
聞きたくても、聞けなくて。
もやもやが胸の真ん中に渦巻いて、私は逃げることも許されず俯いて耐えた。
さっきまではすごく楽しかったのに、真っ黒な感情が私を覆い始める。
「でも、よかった。伏見くんが元気そうで」
女の人──神木さんが、おもむろに言ったその言葉に、繋がれたままの千聖くんの指先がわずかにピクリと反応した。
恐る恐る顔をあげると、千聖くんの横顔は少しだけ蒼白に見える。
けれど、すぐに。
「なに言ってるの、神木さん。俺、ずっと元気だけど」
何事もなかったかのように笑った。
が、その笑顔はいつものものとは違って見えた気がした。
神木さんが千聖くんにかけた言葉を思い出す。
〝よかった。伏見くんが元気そうで〟
そんなことを言うってことは、前はそうじゃなかったってこと?
それとも私の気のせい? 考えすぎ?
「いや、だって去年は……」
すると、何かを言いかけた神木さんは、そこで口を閉ざす。
神木さんの表情は、切なそうに歪んでいて。二人の間には、何かがあるのだと理解する。
私には、知り得ない何か、が。
けれど、何かがあるのだとすればそれは二人にとって特別なもの。
それはおそらく──…
「──ごめん」
突然、静寂を打ち破った声は、千聖くんのもの。
それはあまりにも弱々しく落ちた。何を言い出すのか彼を見上げていると、
「俺、急用思い出したから帰るね」
と、私の手を強く握りしめて背を向ける千聖くん。
当然私も困惑して「え」と声を漏らし、目の前にいた神木さんも言葉を失っているようで。
「あのっ、千聖くん……っ」
声をかけるが止まってはくれなくて、代わりに最後に見た光景は、神木さんが悲しそうに顔を歪めていたそれだった。
しばらく走ったあと、足のスピードを弱めた千聖くんは、立ち止まり、パッと手を離す。
「ごめん、美月。勝手に引っ張って……まだ神社にいたかったよね」
いつもよりよそよそしい千聖くん。
「ううん、それは大丈夫だけど……」
弱々しい声色に、揺れる瞳は、私を移しているようではなくて。どこか遠くを眺めているような、そんな気がした。
「ほんとにごめん」
ひたすら謝る千聖くん。
なにかに怯えているような、思い出しているようなそんな感じがして。
聞いてもいいのかな。ダメかな。好奇心と不安が混在する。
「あの、さっきの人って……」
恐る恐る尋ねると、一瞬だけ眉がピクリと動いたのを私は、見逃さなかった。
不安よりも、好奇心が上回ってしまって尋ねてしまう。
「あー……そういえばまだ言ってなかったよね」
頭をかきながら、私に少し背を向けると、
「中学の同級生。卒業してから全然会ってなくて、久しぶりだったからかなりびっくりしちゃったけど」
淡々と告げるけれど、言葉に感情がこもっていないように聞こえる。
「同級生……」
まるで、それは台詞を棒読みしているかのようだ。
「うん、そうだよ」
千聖くんは、そう言うけれど。
私は、違うなにかを感じた。
二人の間には、私が踏み込めない何かを。
それは友達以上のようなもので。だとすると、答えはひとつしかない。
〝千聖くんの元彼女〟
──そんな予感がした。
「じゃあどうしてさっき急に帰っちゃうの?」
少し距離を詰めて視界に映り込む。
意地悪な質問だって知ってるけれど、聞かずにはいられなかった。
「それは、急用を思い出したから」
すると、あからさまにフイッと目線を逸らすから。
「ほんとに?」
千聖くんの心の中に勝手に踏み込んでしまう。
私は、知りたいと思った。
千聖くんがどんな人なのか。まだ私が知らない彼がいるなら見てみたいと思った。
「私はね、さっきの千聖くんたち、何かただならぬ関係に見えたよ」
それがたとえ、知りたくないことだったとしても。
私は、千聖くんのことを知りたかった。
どうしてなのか分からなかったけれど。
「そんなわけないでしょ、神木さんとはただの中学の同級生なだけだから」
「じゃあどうしてあんな嘘をついたの? ただの同級生なら嘘つく必要なかったんじゃない」
わざわざ私の手を握って彼女だと言う必要はなかったはず。
それなのに嘘をついてまで誤魔化すってことは。
「……なにかがあるから嘘ついたんだよね?」
私は、知りたいの。
千聖くんのこと。
千聖くんが私に優しくしてくれたみたいに、私だって千聖くんのこと支えてあげたいって思う。
「──ごめん、美月」
けれど、千聖くんの口から現れた言葉は私が知りたいものではなかった。
「送るのここまででいい?」
私を拒絶するものだった。
今までなら千聖くんが私を突き放すことは絶対になかった。
それなのに、今回は千聖くんから離れる。
「あのっ、ちょっと待って……! 今のは訂正!
違うから……」
私、距離を間違えた。
ずかずかと踏み込みすぎた。
「俺から誘っといてほんとにごめん」
一言残すと、私のそばから走って離れる。
「千聖くん……っ!」
声をかけるけれど、彼は止まってくれなくて、どんどん離れてゆく。私は追いかけることもできず、その場でただただ後ろ姿を見つめているだけだった。
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