甘いショートケーキの魔法(2)


 今日は、二学期の終業式。体育館で校長先生の長い話を聞いて、午前中で学校は終わる。


「ありがとうございました」


 そしてクリスマス当日。私はバイトに明け暮れていた。


「ねぇねぇ、美月ちゃん。最近、なんだか少し明るくなったね」


 原さんとカフェに行ったあの日から、私のことを〝美月ちゃん〟と名前で呼ぶようになった。それはもはや定着しつつある。


「え、私……変わりました?」


 気が抜けて、一瞬固まった。


「うん、なんかね、雰囲気も少し明るくなってる気がするの」


 店内からお客さんがいなくなってレジががらんとしたとき、原さんが袋を補充しながらしゃべる。


「それってもしかして、あの人が美月ちゃんの力になってくれたのかな?」


 ふと、手を止めて私を見つめた。


 原さんには、話を聞いてもらった。気遣ってくれた。たくさんお世話になった。


 だから、せめてこれ以上迷惑をかけないために。


「……は、はい」


 私が、小さく頷くと。


「そっか、よかった。美月ちゃんに頼れる人がちゃんといて。私、安心した」


 少しだけ瞳をうるっとさせて微笑む原さん。


 三つ歳が違うだけで、こんなにも違うんだ。

大人っぽくて頼り甲斐もあって、自分の人生にちゃんと責任を持っているような。


 ──きっと私には、無理。


 このまま子どもで、成長すらできない。


 ──ぴろりろりろーん。


「いらっしゃいませ〜」


 店内が開く音を聞いて真っ先に原さんがあいさつをした。


 そして次に私も復唱しようと。


「いらっしゃいま……えっ?」


 入り口へと顔を向けると、そこから入って来たのは。


「やあ、美月」


 私に手を振る。


「……ち、千聖くん……?!」


 今、話題の中心にいた彼だった。


 開いた口が塞がらないとは、まさしくこのことで、口をぽかんと開けたまま目を見開いて固まった私。


 ……本物? 夢じゃなくて? 千聖くんは今ここにいるの?


「美月、今日バイト何時まで?」


 彼の声がするりと耳に入り込み、ハッとすると、


「……いつも通り…だけど」


 ここはコンビニで、公共の場。そんなところで彼と会って、心はざわざわと落ち着かない。


 どきどきと胸が早鐘を打って。


「じゃあ終わるまで待ってる」


 突飛なことを告げられるから、え、と困惑して声を漏らすと、


「待ってるから」


 もう一度、私に優しく言葉を落とすと、微笑んでコンビニの外へ出て行った。


 あまりにも突然のことで理解が追いつかなくて、何も言えずに固まった私に。


「ちょっと美月ちゃん、今の誰……?」


 いつのまにかどこかへ消えていた原さんが、また戻って来て、食い入るように私のそばへと近づいた。


「え、あ…」


 そうだ、どうしよう。今の原さんに見られてたんだ。なんて言えばいいのかな。


「好きな人? それとも彼氏?」


 私が言葉に詰まらせている間にも話はどんどん飛躍していくから、慌てて。


「ちっ、違います!」


 切羽詰まったように声を落として、


「……この前、言ってた人です」


 息を整えたあとぽつりと声を漏らす。


 一方的に拒絶した私が、もう一度千聖くんと仲直りするのは難しいと思ったけれど、原さんが背中を押してくれたおかげで今がある。


「うん、そっか。そうだったんだね」


 今度は穏やかな表情を浮かべた。


 店内は、慌ただしい波を終えて落ち着きを取り戻し、クリスマスに相応しいメロディーが流れている。


「じゃあ今年のクリスマスは、めいいっぱい楽しまなきゃね」


 メロディーと一緒に流れてきた原さんの言葉。


「……え?」


 めいいっぱい、楽しむ……?


「美月ちゃんは今まで苦しんでる。私が想像もできないほどに。だから今度は、美月ちゃんが楽しんで、〝今年のクリスマスは楽しかったって〟心から思えるような日にして。きっと、それがこれからの美月ちゃんの支えに繋がるから」


 全てを打ち明けてはいないのに、原さんは私のことを優しく包み込んでくれる。


 その言葉が嬉しくて、温かくて。


「原さん……」


 胸がきゅっと、熱くなる。


 店内でメロディーのサビが流れていると。


「クリスマスに男の子と一緒に過ごすなんて、まるで恋人みたいだね」


 と、原さんが心を乱すような言葉を満面の笑みで放り投げるから。


「そんなことありません…っ!」


 ──初めて心の底から声を張り上げた気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る