第8話 甘いショートケーキの魔法(1)


 ◇


 千聖くんと仲直り(?)をしてから数日が過ぎた。

 バイトがない日は、またこうして一緒に公園で過ごすことになった。


「家、大丈夫? 苦しくない?」


 私の過去を打ち明けてから、千聖くんはなにかと私を心配するようになった。


 家族との溝は、約一年にも及んでいた。


「今までと相変わらずって感じかな」


 それがたった数日で埋まるわけがなく、今もなお一定の距離が空いている。


 千聖くんは私をすごく心配してくれている。その証拠に向けられる瞳が切なくて。


「でももう、大丈夫だよ」


 私は、知った。一人じゃないということを。


 だって。


「千聖くんがいてくれるから」


 自分がこんなことを言うなんて想像もしていなかった。


 けれど、素直に言えるようになった私の心は少しだけ軽くて。


「よかった、ちゃんと俺の存在が役に立てて」


 ──千聖くんの存在は、日に日に私の中で大きくなってゆくようだ。


 私の世界は、相変わらず曇り空。


 家族との溝は修復できず、中学の友達とは縁が切れたまま。出口の見えないトンネルが続いている。

 けれど、そこに一筋の光りが照らしたのは間違いない。


 光り──それは、千聖くんのことだ。


 彼がいなければ私は今、どうなっていたか分からない。


「今日もすっごい寒いよね。今にも雪が降り出しそうな空」


 そう言っておもむろに空を見上げるから、つられて私まで顔をあげる。たしかに今にも雪が降りそうなほど灰色の雲で覆われていた。


「今年はホワイトクリスマスになりそうだなぁ」


 前に一度、千聖くんが言っていた言葉が頭の中に浮かぶ。


 〝雪でも降ればテンション上がるのに〟


 雪なんか降ったらただ寒いだけ。むしろ感情は急降下するだろう。今まではそう思っていたのに。


 でも今は、少しだけ雪が降るのを期待している自分もいて。


「美月、クリスマス空いてる?」


 急に空から私へと顔を落とすから、視線がぶつかって。


「く、クリスマス?」


 どきっと胸が早鐘を打つ。


「うん、一緒にケーキ食べたりしようよ」


 イベントなんて全然楽しみじゃなくて、むしろ無くなってしまえばいいなんて思っていたのに。


 ……すごく楽しそう。


 あ、でも、そういえば。


「……ごめん、バイト入れちゃった」


 どうせ今年は家にいたくないからって店長に聞かれて二つ返事でOKしちゃったことを思い出す。


「え、そうなの?」

「う、うん」


 あのときは、自暴自棄になっていたからクリスマスなんて楽しみではなかった。


「そっかぁ、じゃあ仕方ないよね」


 聞き分けの良い子どもみたいに微笑みながら頷いた。


「ご、ごめんね」


 せっかく千聖くんが誘ってくれたのに。悪いことしちゃったなぁ。


「ううん、いいよ。でも来年のクリスマスは、ちゃんと予定空けておいてよね」


 矢継ぎ早に現れた言葉に、え、と困惑した声を漏らす。


 クリスマスという大事なイベントは、特別な人と過ごすことが定番だ。もちろん友達もその中に含まれるけれど、一般的には家族や恋人が主流。そんなイベント事に。


「来年は、一緒に過ごそうよ」


 千聖くんは、軽々しく私を誘う。


 一体どういう理由だろう?

 どういう意味なんだろう?


 なんて考えなくてもすぐに答えは見つかって。

 きっと、私のことを一人にさせないために、早くも来年の予定を取り付けたのかもしれない。


「うん、分かった」


 千聖くんと一緒に過ごすことができるなら、たとえそれが同情だとしても構わなかった。


「約束だよ」


 そう言って、薬指を私に向ける。


「……この歳で指切りなんて子どもみたい」


 私が笑うと、


「いいでしょ、べつに」


 恥ずかしく頬を染めた千聖くん。


 絡まった薬指は、わずかに熱を帯びていて。


 どきどきと全力疾走する鼓動。


 そわそわして、落ち着かない。


 それなのに千聖くんの隣はすごく居心地が良くて。


 この感情は、一体何だろう?

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