住む世界が違うから(3)


***



「美月、おかえり」


 家に帰ると、リビングから顔を出したお母さんに「…ただいま」目を合わせることなく返事をする。


 自分の家なのにやっぱり心はそわそわと落ち着かない。


「ご飯できてるわよ」


 バイトをしてお腹は空いているはずなのに、家に帰ると不思議とお腹は空かなくて。


「…あー……あとで食べる」


 私が距離をとっていることを感じ取ったのか。


「そ、そう。わかったわ」


 明るく振る舞ってはいるけれど、お母さんの表情は明らかに落ち込んで見えた。


 家の中は酸素が薄く感じて、息が詰まりそうになる。

 どうすればこの苦しい世界から抜け出すことができるのか。どんなに考えても答えは見つからなかった。


 クリスマス、やっぱりバイト入れておいて正解だった。


「──あ、そうだ」


 うっかり言い忘れそうになったことを思い出し、廊下に立ち止まる。


「クリスマスの日、バイト入ったから私の分のご飯は用意しなくていいから」


 自分の頭の中で用意していた言い訳を淡々と読み上げると「え」困惑した声を漏らしたお母さんは。


「そ、そうなの? でも、バイト十九時まででしょ。そのあとからでもご飯食べられるじゃない」


 あからさまに動揺していた。


 もしかしたらお母さんは、クリスマスに家族で過ごせると期待していたのかもしれない。


「うん…そうなんだけど」


 クリスマスの料理は決まってチキンとクリームシチューとポトフだ。全部カロリーの高いものばかり。バイト終わりにそんなにたくさんのものは食べられないし、胃もたれするだけだ。

 もちろん全部おいしいのは分かっている。


 けれど、せめてその日だけでもいいから自由になりたかった。


「バイト終わりで疲れてるからそんなに食べられないし、自分で適当に買ってくるよ」

「コンビニで? それだと身体にあまりよくないんじゃ…」

「一日くらい平気だから、大丈夫」


 コンビニだって最近は、進化してる。塩分控えめのお弁当とかおにぎりとかいくらでも売ってる。


「そういうことだから、私の分は作らなくていいからね」


 なんて冷たい娘なんだろうと、どこか傍観者の如く思う自分もいた。


 けれど、こうするしかなかった。


 妹の理緒と顔を合わせるのだって気まずいのに、何が楽しくてクリスマスをするんだろうって。私には楽しさが見出せない。


 クリスマスも、この世のイベントも全部消えちゃえばいいのに。


 そんなふうに思う私自身も消えちゃえば、こんなに悩まなくて苦しまなくて済むのに──

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