住む世界が違うから(2)
◇
最近、公園には行かなくなった。その代わりに千聖くんからたまにメッセージが届くようになる。
もしかしたら私が少し距離を取っていることに気がついているのかもしれない。勘が良い彼のことだ。きっと、そうに違いない。
「──あっ、美月!」
バイトに行く信号待ちをしている途中、声をかけられる。あたりを見渡すと、道路を隔てた向こう側に千聖くんらしき人が数人の男女交えてそこにいた。
この光景、前にもどこかであった。
そうだ。この前の千聖くんのクラスでの出来事だ。急速に手繰り寄せられて、胸の奥がざわついた。
楽しそうに笑いながら、今からどこかへ向かう姿。私ができそうにない青春を、彼らは自由にしてのける。青春の一ページという名目で、大いに楽しむのだろう。
パッ。信号が青になり、千聖くんが他の子に何かを言ったあと、慌てたように駆けて来る。
私は身動きできずに固まっていると、あっという間に私のそばへやって来る。
「今からバイト?」
「う、うん」
クラスメイトが気になって千聖くんの話に集中できなくなる。
「今日もいつもの時間に終わる?」
「え、多分、そうだと思うけど…」
どうしてそんなこと聞くんだろう。なんて不思議に思っていると、
「じゃあさ迎えに行ってもいい? そのあと歩きながらしゃべろうよ。最近、美月と話す時間全然ないし」
一方的に話がスピードを上げて、よからぬ方へと進んでゆく。
「だっ、ダメ……!」
慌てて断ると、「なんで」と顔色が一気に変わる。ふてくされたように唇を少し尖らせて。
「そ、それは……」
断ったが、理由が見つからなくて言葉に詰まらせていると、鋭い視線が私を貫く。
「理由ないなら、べつに迎えに行ってもよくない?」
「だ、だから、ダメだって」
「じゃあ理由教えてくれたらいいよ」
売り言葉に買い言葉で言い返されて、焦った私は、唇を強く結んだ。
その瞬間。
「──千聖、時間かかるなら俺たち先に行って待ってるから」
不意に耳に流れ込んだクラスの子の声。
──これが、逃げるチャンスだ。
頭の中でゴングが鳴り響いた気がした。
「ごめん、私バイトに遅れたらまずいからもう行くね」
口早に告げると、「え、あ」呆気にとられたように目を白黒させたあと、「─そうだ」思い出したように目に輝きが戻って、
「まだ話の途中じゃん。俺、納得してないけど」
と、私を逃がさないように手首を掴んだ。
納得してないって、言われても。
「ほんとに今時間ないから手、離して」
切羽詰まって言うと、信じてくれたのかパッと手を離される。自由になった手首はすごく軽く感じた。
「美月……」
「じゃあ行くね」
千聖くんはまだ何かを言いかけたが、私が一方的に会話を終わらせて背を向けて走って逃げた。
それを話が終わったと思ったのかクラスメイトが「千聖ー」と呼んだ。
べつに私がいなくたって千聖くんは、これから楽しい青春を送るのだ。
私と千聖くんの住む世界は違う。
早めに気づけてよかった。
***
「高野さん、お疲れ様」
「お疲れ様です」
バイトが終わり帰り支度を済ませる。
「そういえばもうすぐでクリスマスだね。高野さんは、予定あるの?」
原さんは満面の笑みで尋ねてくる。そこに悪意なんて一切ない。
この時期になると、その話題で持ちきりになるから少しだけうんざりするけれど。
「いえ、特には……」
この前もお母さんに聞かれたことを思い出し、少し苦しくなる。これ以上一方的に聞かれるのは嫌だったため。
「原さんはありますか?」
今度は自分から話を振った。
「それがさぁ、大学の課題でやらなくちゃいけないことがあるから……なかなか楽しめないものだよね」
大学に行きながらバイトもしてるなんて、大変そうなのに、その大変さを感じさせないのは原さんの明るさのおかげだろう。
「まぁ、ほんとは彼氏とデート!なんて言えたら格好もつくんだけどいないからさぁ」
突飛なことを告げられて思わず。
「え、そうなんですか?」
てっきり原さん、彼氏いそうなのに。これだけ完璧な人にいないわけないと思ったのに。少し驚いて目を見開くと「いないよー」と笑った原さん。
こうして恋愛の話をしたのは久しぶりかもしれない。高校生になってから一度もしたことがなかったから。
けれど、私には今もこれからも恋愛なんて無縁の人生かもしれなかった。
「高野さん、原さん。お疲れ様」
事務所に入って来た店長は、真っ先にパソコン前の椅子に座る。
話を中断すると、二人して「お疲れ様です」と返事をした。
「もうすぐクリスマスなんだけど、二人ともシフト入れそう? その日は忙しくなるだろうからいつもより一人多めに入れようと思ってるんだけど」
原さんに続き店長までもがクリスマスの話題。いやでも店長の場合は、シフトを組むための確認みたいなものであって。
二週間に一回のペースでシフトを作成する店長にとって、クリスマスという多忙な時期はいつもよりシフトを作成するのが難解だろう。
バイトよりも恋人や家族との時間を優先する人が多いからだ。
「大学の課題があるので朝からとかは無理ですけど、いつもの時間だけなら大丈夫です」
原さんが言った。
この前、お母さんがクリスマスするとかなんとかって言ってたけれど……
「高野さんは?」
どうせ家にいたってやることもないし、この年になって家族でクリスマスなんて楽しみでもなんでもないし。予定が空いてたら千聖くんに何か言われそうだし……って、え? なんで私、千聖くんのこと思い出して……
「高野さん?」
なかなか返事がないのを不審に思ったのか声をかけられる。その声にハッとして、
「…あ、えっと……私もいつもの時間なら大丈夫です」
口早に答えたあと、きゅっと唇を結んだ。
どうして今、千聖くんのことを思い出して……なんてやめやめ。考えたって答えなんか出ない。どうせ何かの気まぐれだよ。それに家にいるよりバイトに出てた方が気が紛れるし。
「ほんと? よかったー。じゃあ二人ともクリスマスによろしくね」
そうしてクリスマスの忙しい時期、シフトは埋まる。これでお母さんにも正当な理由(言い訳)ができてよかった。
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