第42話 祭壇とナノマシン聖水

 ──“遺跡”ニース第2階層


「風景が変わりましたね……」


 せりあがる床に乗ってたどり着いた階層には苔むした石レンガの回廊が伸びていた。

 一階層とは違い本格的に“遺跡”らしく、壁も床もひび割れ荒れていた。


 まあ、環境が変化したところでやることは変わらない。

 目的はナノマシンが発見された場所にたどり着くこと。これさえ見失わずにいればいい。


 柱の破片や苔むした岩が転がっているのを慎重に避け、足を進めていくと再び広間にやってきた。


「今度は待ち伏せってか?」


 中央に陣取っていたのは見上げるほどのタンクスパイダー。

 背後にはプレートらしきものも発見できた。


「──!!」


 けたたましい金属音を立てながらとびかかってきたが、『オーバーホール』によって俺の身体に触れることなく崩れ落ちた。


 もはや機械化したモンスターならとるに足らない。

 それよりも、第2階層に来てから右腕の内側から沸騰するような、俺が取り込んだナノマシンが外に出たがっているような違和感が出てきていた。

 発見地点、生成された地点に近くなって活性化しているのか?

 それとも、この場所から逃れたがっているのか?


「アイク様、またプレートがありました」


 シルヴィアの声のする方へ向かっていくと、今度は記号ではない地図のようなものが描かれたプレートが壁に埋め込まれていた。


 広間の奥、回廊をまっすぐ進んだ地点に台座と水たまりのようなモチーフが彫られている。

 水たまりは聖水が湧きだす場所、台座はささげる祭壇だよな?

 もともとダンジョンを想定して作られていないだろうし複雑な構造をしているわけでもなさそうだ。


「そもそも“遺跡”を建設したのはどういった方々だったのでしょうか?」

「俺も詳しくは知らないけど、大昔に今の技術レベルを超えた文明があったらしい。ナノマシンも魔道機械も“遺跡”もその同じ文明が滅んだあとの遺産らしい」


 だからこそ、魔道機械と歯車病は近しいものなのだ。

 同じノウハウ、理屈が使えるからこそ魔道整備士という職業が成り立っている。


「どうして滅んだのか、技術レベルが落ちてしまったのかは謎だけど俺たちが今解き明かすべきものじゃない。もうすぐ祭壇だ。気を引きしめていくぞ」


 祭壇があるだろう部屋は身長以上の高さのあるドアで硬く閉じられていた。

 この“遺跡”を探索して初めてのドア。

 それだけこの部屋が重要であることが窺える。


「いくぞ……」


 錠前を分解し、罠を警戒しながらゆっくりと開けていく。

 ダンジョンではないにしても警戒するに越したことはない。


「なんだよ……これ……」


 目に飛び込んできたのは壁を滝のように流れ落ちる液体。

 壁一面には魔道機械とモニターの群れが埋め込まれている。

 多くのモニターには魔道機械が映っていたが、中央の2画面だけ男女の人間の姿が映されていた。


「これ……俺らじゃないか……!?」


 モニターに表示されているのは左腕が機械化した青年と右腕が機械化した少女。

『サーチ・スコープ』で解読してみると、しっかりと俺たちの名前から身体情報まですべてが記されていた。


「アイク様!? 今すぐ目を閉じてください!?」

「わかったから首回さないでくれるかな!?」


 うん。体重とか見ちゃったけど黙っておこう。

 見た目通り軽かったけどね。


 慌てて目線を下げ、操作盤に手を伸ばす。

 祭壇というからにはナノマシン、または古代文明の人間が信仰していた神とやらの情報が記録されているはずだ。


 構造が判明するだけで歯車病の治療の大きな手掛かりになるのだ。


「シルヴィア、この部屋に他に何かないか探してくれ。俺は祭壇をいじってみる」


 何の気なしにキーパッドに触れる。


『個体名:アイクの敵対行動を予測。自衛行動に入ります。ナノマシン『タイプ:オリンポス』起動。繰り返します。──』


 アラームのように繰り返される無感情な機械音声に反応して、壁をつたって流れ落ちていた液体が蛇のように鎌首をもたげる。


 液体は恐らく不定形のナノマシンが含まれている聖水だろう。

 直感的にこの“遺跡”全体を敵に回したことを悟る。


 俺の『オーバーホール』は個別の物体にしか発動出来ないからナノマシンの群れになっている聖水とは分が悪い。


 冷汗が背中を伝っている俺にダメ押しのごとく機械音声が放たれた。


『個体名:アイクに対応完了。神域より排除します』

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