第39話 決着

「マッド!? 捕まったんじゃねえのかよ!?」

「アイク……? アイクアイクアイクアイクゥゥゥゥ!!!」


 ドアの上に立つマッドと視線が交わった瞬間、俺に向かって一直線に突進してくる。


「シルヴィア!!」


 とっさにシルヴィアをかばうように前に出るが、シルヴィアもろとも弾き飛ばされてしまった。

 右腕で防いでいてもこの威力だ。

 およそ人間の出せるスピードではない。

 歯車病によって機械化しているからこそなせる技。


「大丈夫!? けがは!?」

「だい、じょうぶ……です。いざとなったらスキルがありますから」

「なんだよ。人間やめたのかぁ!? 復讐のためだけに!? お前の本業は殺し屋じゃねえだろ!」

「コロスコロスコロス………!!!」


 血走った眼でこちらをにらみつけるだけで、こちらの煽りにも何も返答はない。

 歯車病の進行で言語が奪われるなんてことあったか?

 そもそも歯車病が手足だけでなく首から全体に進行している症例は見たことがない。

 手足が機械化するだけでも致命的となるはず。

 それなのにマッドは全身が機械化した状態で人間以上の身体能力で攻撃を繰り出しているのだ。


「アイクゥゥゥゥ!!!!」


 両手を振り下ろすマッド。

 獣のような大ぶりの一撃だが、機械化で速度が上がっている。


 もはや、マッドは人間ではなくなった。

 そう直感が告げていた。

 これは獣だ。復讐心に取りつかれた獣。

 鎮めるか無残に死ぬかの二択しか用意されていない。


 告発なんて言ってる場合じゃない。ここで止める!


 破壊した壁の破片を、身体をゆすって落とすマッド。


 大丈夫とは言っていたけどシルヴィアの息遣いが荒くなってる。

 もう一度吹き飛ばされることは許されない。


 再度、マッドが目の前まで迫る。

 体感にして1秒。だがスキルを発動するには十分すぎる長さだった。


 突き出した右腕にマッドの頭が触れた瞬間、発動する。


「『オーバーホール』」


 マッドは目を見開いたまま固まっていた。

 それもそのはず。

 推進力の源だった身体を分解され、いとも簡単に俺の手のひらに収まってしまったのだから。

 首から上とわずかな接合部のみを残してがれきの山が積みあがる。


「ガ……! クソガァァァ!!」

「自分の身体直してみろよ!! メンテナンスできんだろ!? 見るだけの簡単な作業って言ったよなぁ!?」

「アイク!!! コロス!!!」

「さっきからおんなじ言葉しかしゃべれねぇのかよ!? ナノマシンを他人に打ちまくってたあんたがナノマシンで破滅してちゃあ世話ねえなぁ!!」

「ガアァァァ!!!」


 最後の抵抗といわんばかりに俺の腕にかみついてくるが、俺の機械腕には傷一つついていない。


 機械が人間の能力を超えているなんてさっき自分で証明していただろ?

 脳がもう機能してないのか、はたまた復讐心に取りつかれてまともな判断ができなくなっているか。


 まあ、どちらでもいい。

 もはや、マッドからは何の情報も得られないことはわかった以上、要はない。


「さんざんけなして追放までした奴に殺される気分はどうだ? 恨むんだったら過去の自分を恨めよ」


 マッドの頭を握る手に力を込める。


『条件:「タイプ:アレス」撃破達成。スキル『オーバーホール』に機能が追加されました』


 脳内アナウンスがうっとおしい。


 マッドの顔面が赤く染まり、憤怒の表情から苦悶の表情へと移り変わっていく。


「『オーバーホール・生命分解』」


 そう俺がつぶやくと同時に、マッドの頭は鉄の匂いの液体となった。


「ふう……終わったか……」


 へなへなとその場にへたり込む。

 今の状態を音声で表現したら緊張の糸が切れる音は確実に聞こえるだろうな。

 予想外の形であったにせよ俺らの目的の最大の障害だったマッドはいなくなったわけだ。

 通過点に過ぎないけど、大きな成果だ。


 うん……? 俺ら……?


「あの……アイク様……」


 壊れたドア枠からシルヴィアがおずおずと顔だけをのぞかせた。


 すっかり忘れてたぁ……。

 ってことは、全部聞かれてんだよな。

 引かれてないかな……。つい口調が荒くなってしまった。


 新婚早々にやらかしてうなだれている俺を察してか、


「アイク様。大丈夫ですよ。十分かっこよかったですから……」

「あ、ありがとう……」


 それってマイナス部分差し引いても十分って意味だったら嫌だな……。


「それと、ナノマシンの注射器ってこれですか? お役に立てましたか?」

「それ! ありがとう! 人が来る前に帰るぞ!」


 ナノマシンを丁寧にしまいそそくさとその場をあとにした。


 しかし、焦るときほど物事はうまくいかないもので。

 研究所を出た俺たちを待ち構えていたのは、道にあふれんばかりの王国軍だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る