第38話 研究所に侵入
メリッサの邪魔が入ったが、俺たちは順調に準備を重ね、研究所に向かうことにした。
マッドたちの研究所は王都のはずれにあり、普段研究員以外の人間は近づかない。
侵入すること自体王国軍に目を付けられるかもしれないが不法な人体実験で告発すればごまかせるだろう。
真夜中、研究所の入り口の側にある茂みで様子を見ていた。
「俺から離れるなよ。効率的にいくぞ」
「はい。いついかなる時もアイク様の側を離れるつもりはありません」
少しうるんだ眼でシルヴィアが見上げてくる。
うまく会話が噛み合ってない気がするけど実際離れないでいてほしかったしいいか……。
それよりも侵入することに集中しよう。
一人で行動していたならルートヴィヒの時みたいに直接乗り込んでいくのもよかったけどシルヴィアを守る必要がある以上、あまり敵の目の前にはいきたくない。
「シルヴィア、修復は頼む」
「お任せください。私のスキルはあなた様のためにありますから」
うん? テンション高いな?
暗闇の中聞こえる呼吸は落ち着いているが、俺の右腕を抱きかかえているようにくっついている身体からは早鐘を打つ心臓の振動が伝わってきていた。
「落ち着いてついてくればいいから。行くぞ」
「は、はい! 行きます!」
極力足音も、息遣いすら押し殺すようにして扉の前に立つ。
もちろん硬く施錠されているが、俺の『オーバーホール』の前では関係ない。
ゴトン──
分解された鍵穴が鈍い音を立てて崩れ落ちた。
地面すれすれで落ちてきた部品をキャッチし、そっと地面に置く。
気づかれて逃げられるのが最悪のシナリオだ。
ドアノブに手をかけそっと中を覗いた。
研究所内は完全な暗闇で人がいる気配はない。
普段この時間ならまだマッドは働いてるはずなんだけど研究室どころか所長室にも明かりはついていない。
『ソナー・レーダー』を発動して廊下の隅々まで調査してみても、普段と変わらない風景が広がっているだけで特段変わったところはない。
「シルヴィア。ドアを閉めてくれ」
「はい。承知しました」
シルヴィアはそっとドアを閉めると『聖者の右腕』で元通りに修復し、鍵をかけた。
入った形跡は極力残さない。
侵入するうえで一番大事な要素が彼女がいれば達成できるのだ。
お礼代わりにシルヴィアの頭を撫で、さらに奥に向かう。
数歩進むたび、『ソナー・レーダー』で探索しているが一向に人と思われる反応はない。
珍しく帰ったか、はたまた機密情報を盗んだメリッサの捜索で忙しいか。
どちらにせよマッドを無力化しないで済むのはいい。
「ありました。ここが所長室ですね」
シルヴィアが持っていたランプを掲げると、ドアにはめ込まれている所長室と書かれたプレートが見えた。
開けるぞ、と目線を交わして鍵穴を外す。
案の定、中には誰もいない。
ランプをかざしながら足を踏み入れる。
壁の一面を埋め尽くす本棚。応接間代わりに使っていたソファ。部屋に似合わず無駄に豪勢なデスクも何一つ変わったところはない。
「ん? これって……」
ただ一つ見慣れない書類がデスクの上に置かれていた。
内容は『暴漢および機密情報漏洩によるマッドの逮捕』
なるほど、メリッサがレポートを持ち出した責任を取って逮捕されているらしい。
自分が囲っていた女に裏切られて人生を棒に振ったのか。
自分が気に入った人間を残した結果がこのざまだ。
マッドに気に入られなくてよかったよ本当。
デスク、金庫の鍵も分解し隅々まで調べていく。
魔道機械だったりマッドのへそくりなんてものも見つかったが興味はない。
必要なのはナノマシンに関する書類だけ。
「そっちに何かあったか?」
「本棚から計画表の写しが出てきました……!」
「こっちも論文見つけた。出よう」
金庫の奥にあったナノマシンに関する論文を小脇に抱え、所長室をあとにした。
この論文はこの研究所が国王から指名を受けるきっかけとなった論文だ。
ナノマシン解明の十分な手掛かりとなる。
『聖者の右腕』で修復したことを確認すると、俺らは実験室に向かった。
「……うん? 今何か光ったような……?」
「雷じゃないか?」
「いえ、星が見えているので雷ではないかと……王城の方から光ってたんです」
気になるけど今はそれよりもさっさと調べてこの場を離れる方を優先しよう。
もし光っていたものが何かしら危険な物体だったとしても素早くここから離れることが得策になる。
「ナノマシンの注射器があれば報告してくれ。絶対触るなよ」
「わかりました。きゃあ!?」
何か落としたのかと慌てて振り返ると、しりもちをつくシルヴィアの横をすり抜け小さな集団が扉の方へと駆けて行った。
メタルラットか。びっくりしたぁ。
「すみません……急に出て来たので……」
「いや、うん。大丈夫。外にはバレてないと思う」
にしてもメタルラットが集団で出てくるなんて珍しい。
普段巣穴に潜って出てこないくせに魔道機械をかじる害獣だったくせにまるで何かから逃げるように出てきていた。
さっきの光がなんか引っかかるな……。
「シルヴィア。もう帰ろう。ヤバい気がする」
「はい……!」
実験室を抜け、入り口のドアに手をかけた瞬間、俺らの頭上に星空が現れた。
いや、違う……。天井が消し飛んだんだ……。
「メリッサ……アイク……! ヨクモ……コロス!!」
月明りを乱反射して、鉄の塊が落ちてくる。
彗星のように、砂埃と呪詛をまといながら。
「マッド……!? お前、その体……」
薄れていく砂埃の中、ランプに照らされて浮かび上がったのは首から下の全身が機械化したマッド本人だった。
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