第32話 実家に帰りました
無事に依頼を達成し温泉を堪能した俺たちはその足で俺の実家に向かって馬車を走らせていた。
「アイク様……ありがとうございました。アイク様のおかげで村に活気が戻りました」
「いやいや俺は何もしてないよ。俺は目先の障害をどけただけだから」
そういえばシルヴィアがマッドの実験に参加したのも村にお金を送るためだったな。
だったら、シルヴィア自身、歯車病の状態を見ながら村でゆっくりしていてもいい……そんな考えが一瞬頭をよぎる。
だけど、そんな考えは妄想でしかないと断言できる。
「これで何の憂いもなく未来永劫、アイク様の側に居続けることができるようになりました。もう離れませんからね?」
「うん。これからずっと一緒だ。改めてこれからよろしくな。シルヴィア」
手を握り、お互いの体温を感じながら馬車に揺られていた。
別に本来の目的が達成できたからと言って、別れる関係性ではない。
むしろ夫婦としてはこれからが本番だ。
バドリオさんの承認も得ることができたしこれからは心置きなく自由にシルヴィアと過ごせるわけだ。
あとは母さんの歯車病を見舞うついでにシルヴィアのことも紹介すれば、この関係が完全に認められたことになる。
「そういえば、アイク様のご家族ってどういう方なんですか?」
「うーん、母さんはいつも優しくてみんなを気にかけてくれる人で、姉さんは明るくて、しっかりしている人だよ。普段はね」
「そうなんですね。会うのが楽しみです」
シルヴィアは姉さんにとっても義理の妹になるけど、大丈夫かな……。
って、さすがに何も起こらないか……。
☆
それから5日かけて、俺の実家まで帰りついた。
シルヴィアの実家とは違いさびれた村の庶民的な簡素な家だ。
「ただいまー、ってあれ?」
扉をノックしても誰も出てこない。
もう一度ノックすると、扉が開くやいなや、姉のミアが顔面に飛びついてきた。
冒険者でいつもは家にいないのに、示し合わせたみたいに帰ってきていたようだ。
その豊満な胸に顔を押しつけられておぼれそうになる。
それほど普段は会わないから、うれしかったんだろうけど……。
「アイクに会えるなんてラッキー!! もう運命みたい!!」
「姉さん苦しいって……おっ、でおぼれる……」
ミアは俺の頭を胸に埋もれさせながら興奮する。
まるで犬みたいだ……
シルヴィアがいる手前、あんまりくっつかないでほしいんだけど。
そんな俺の心情はつゆ知らず、ミアは俺の頭を撫でまわして離れない。
「ちょ、シルヴィアがいるからそのへんにしてくれ……」
「えっ? 誰……?」
ミアはようやく俺を解放するとシルヴィアに視線を向けた。
シルヴィアは少しひきつりながらも、親しみを込めた笑みを向ける。
しかし、その瞬間、ミアの顔が引きつって、魔物を前にした冒険者といった表情になった。
「えっと……姉さん? 落ち着こうか?」
「アイク、誰よその女。邪魔なら今すぐ潰すけど」
「は……? やんないでくれよ……?」
大人びていて清楚な姉から出たとは思えないほどの聞きなれない言葉だ。
あの、シルヴィアは敵じゃないんだけど……。
「彼女はシルヴィアっていって一応俺の嫁……なんだけど」
「こんにちは、お義姉さん」
ミアの気迫に負けじと語気を強めて挨拶するも、姉のお気に召さなかったらしい。
「アイクが、あのアイクが悪い女に捕まっちゃった……!!!!」
「いやいやいや……!」
「帰ってもらっていいかなあ? アイクはあなたのものじゃないの」
「アイク様は離れないって誓ってくれましたけど!?」
ま、まさかミア姉さんがここまで怒るなんて……。
まあ、昔から俺の隣にいたのはミア姉さんだったからな……。
自分の居場所を奪われて嫉妬したのかもしれない。
まあ、初対面の人を警戒するのは女性冒険者としては必須のスキルだしね。
だけど、このままだと母さんの承認はもらえてもミア姉さんには認めてもらえなくなる。
一刻も早く仲良くなってもらわないと。
いきり立つミアをなだめようと思ったそのとき。
上の階から手すりを伝いながら母さんが下りて来た。
「ミア。あんまりお客様の前ではしたない姿を見せないで。大丈夫よ、アイクが連れて来た子なんですから。……おかえり、アイク。それとはじめまして。母親のキャサリンです」
「母さん!?降りてきて大丈夫なの? 何かあったら私に言ってって言ったじゃない!」
「はじめまして。シルヴィアと申します……」
「かわいい子を連れて来たじゃないか。っととと……」
柔らかな笑顔を浮かべて話していた母さんが急によろけて階段から落ちそうになった。
「母さん大丈夫!?」
「ありがとうアイク……大丈夫よ。少し痛むだけだから」
ここは一刻も早く母さんの歯車病をメンテナンスしよう。
シルヴィアのことはそれからだ。
「母さん、今からメンテナンスするから。じっとしていて」
「え……? それってどういう?」
「俺とシルヴィアで母さんの歯車病を改善させる」
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