第31話 温泉の誓い

「おぉ……圧巻だな」


 眼下に広がる風景にそう俺はつぶやいた。

 真っ青な空に対抗するように新緑に染まる山脈の中腹にぽつぽつと畑や住居があり、その間を縫うように清流がさらさらと流れている。

 王都や研究所にいたときには感じることのできない美しい自然と人間の調和。

 こう改めて自然を眺めてみると感動と共にナノマシン、歯車病の異常性が際立つ。

 俺の右腕も機械化と『痛覚遮断』も相まって指先の感覚しか残っていない。

 それは、シルヴィアの右腕も同じ。


「アイク様、入らないんですか?」


 背後から声がかかる。

 振り返るとそこには薄いタオルで胸から下を隠しただけの無防備な姿のシルヴィアがたたずんでいた。

 温泉から漂う湯気とタオルの隙間からのぞく彼女の肌に強引に意識をとられる。


「もう身体を交わした仲ですけど、こうやってベッドじゃないところで見られるのは……なんだか恥ずかしいですね」


 タオルの端をきゅっと握りしめながら、頬を赤く染めてシルヴィアがつぶやいた。


 思わず俺も視線を外す。


 かわいい。普段はむやみに身体を押しつけてくるときとのギャップが……。

 いや、煩悩は退場しろ。今は楽しむべきは二人で温泉に入ること。静まれよ下半身。


「ま、まあ入ろうか。ほら、おいで」


 シルヴィアの手を取り、二人並んで湯につかった。

 ほうっ、と吐く息が湯気に混じる。


 湯に身をゆだねながらしばらく静かに使っていると、


「アイクさん、私、うれしかったです。好きだって言ってくれて」

「もしかして、不安だった?」

「そうですよ! 私としては1日10回好きって言ってもらいたいのに全然言ってくれないから!」


 そういわれても言うタイミングないし。シルヴィアが好きって言ってくるとき大体、結婚だとか事実を捻じ曲げてくるから訂正に回るし。

 シルヴィアを甘やかそうもんなら何しでかすかわかんないし。

 まあ、それだけ俺のことを好きでいてくれてるんだろうな。


「わかった。もうバドリオさんには認めてもらったし、遠慮しないようにする。だけどその前に一つ言いたいことがある」


 これは俺の決意表明みたいなものだ。

 これからの活動方針にしてシルヴィアへの誓い。


 少し距離をとり、緊張気味に固まっているシルヴィアを正面から見据えて、


「今までさ、アストでシルヴィアを助けたと思ったら急に好かれて、正直戸惑ったし、歯車病が落ち着いたらこの関係を終わらせようなんて考えてた」


 実際、シルヴィアを巻き込んでしまった責任を感じていたし、シルヴィアは一人で生活するのが不安だから俺に好きだって言ってるなんて失礼なことも思ってた。


「だけど、こうやってシルヴィアと過ごしているうちに、好意が本物だって気づいて……うれしかった」

「ふふっ、私とおんなじだったんですね。私は一目ぼれしたんですよ?」

「うん、そのとき気づいたんだ。俺の思考の中心にシルヴィアがいることに」


 こんな短期間で、とも思うけどシルヴィアのアタックを受け入れる形で好きになってしまっていたのは事実。


「これからもそれは変わらない。ずっと俺が守るから。マッドを壊滅させて、歯車病を直して、それからの生活も全部俺が横にいるから」


 これが今の俺の覚悟だ。


 照れくささを隠しながら正座している俺をシルヴィアはしばらく見つめて、


「ふふっ」

「笑うなよ。人がせっかく真剣に話してんのに」

「いえ、あまり裸で話すことじゃないのに真剣に話しているものですから」

「で、でも、裸の付き合いっていうだろ?」


 宿だってバドリオさんの命令で別だし、二人っきりで話せる時間が風呂ぐらいしかなさそうだったから。


 シルヴィアが胸元を強調するように、タオルの裾を前に引きながらにじり寄ってきた。

 蠱惑的な笑みを浮かべる姿はいままでのシルヴィアとは精神年齢が一回りほど上のような色気をまとっていた。


「裸ですることと言えば、ね? もう婚約しているも同然ですから。全然いいですよね? 私を一人にしないんでしょう? 一つになれば離れないですよね……?」


 俺の吐息と、シルヴィアの甘いと息が混じる。

 初めてした時とは違い、互いの欲望が現れた野性的なキスだった。

 タオルがはだけていることも気にかけず、シルヴィアが両手を俺の頭の後ろに回してきた。


「もう、私は一人じゃない……! アイク様がいるって言ってくれたから!」


 それからのことは記憶があいまいでよく覚えていない。

 ただ、シルヴィアの白銀の髪も、その均整の取れた女性らしい身体も心もすべて俺が守り抜く、俺のものだという実感をかみしめていた。


「シルヴィア……!」

「アイク様! 大好き……! 大好き!」


 その後は、お互いのぼせてゆであがるまで互いの身体を貪りあった。

 そよそよと湯気を押し流していく山間の空気に溶け合うように一つになっていく。


「これからもよろしくお願いしますね。旦那様♡」


 そよ風にあたりながらシルヴィアはそう微笑んだ。

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