第30話 娘をください

「それでシルヴィアと結婚しているとはどういうことかな?」

「結婚を前提としたお付き合いはしていますがまだ結婚までは──」


 嘘、だな。シルヴィアの。

 バドリオさんが真横に首を向けるのと同時に、シルヴィアも目線をそらす。

 シルヴィアから事情を聴いたって言ってた時からうすうす事実改変されてんだろうなって感づいていたけど実の親に向かって結婚したって嘘つくのはやりすぎだろ……。

 バドリオさんは大きく目を見開くと、


「シルヴィア……?」

「同棲はしているんですから結婚もお付き合いも同じようなものじゃないですか……」

「どう、せい、してるのか?」


 そのままこっち見るなよ。

 このまま俺も目線をそらしたいが、シルヴィアがこれ以上話そうとしない雰囲気でいる限り俺が説明するしかない。


「シルヴィアの提案で、彼女の安全確保と節約のために同じ部屋に泊っています」

「うん、うん。大体事情は察した。うちの娘が強引に話を進めたんだろう。すまなかった」


 バドリオさんが深々と頭を下げる。

 実際のところ迷惑には感じていない。彼女からの要望で俺が動いているように見えるけど俺自身もちゃんと考えて判断した結果、シルヴィアの要望を受け入れている。

 だから、


「頭を下げないでください。半分俺の要望でもありましたから」

「いいんだぞ? 義務感で付き合っているのならこのままシルヴィアを私の元に置いて行っても」

「自分の娘をそんな扱いしないでください。俺はシルヴィアが好きで! 付き合ってるんです」


 シルヴィアをアストで見つけてからしばらくは義務感と責任感が俺の背中に付きまとっていた。

 マッドに人体実験させられた同情が、巻き込んでしまった罪悪感が俺の身を彼女から引かせようとしていた。

 歯車病の面倒を見終わるまでの関係にしようとしていた俺をシルヴィアはその強引さで引き留め続けたのだ。


「俺は自分の意志でシルヴィアと過ごすと決めたんです。シルヴィアのことが好きになったんです」


 めんどくさいくらいに寂しがりなところも、どんなに危険な場所でも俺の隣で見せる屈託のない笑顔もすべてが愛おしい。


「バドリオさん。娘さんを俺にください」


 今、頭を下げることはしないでおこう。

 それよりも目線を交わして俺の意志を伝えたい。


 口からあふれたのは単純でありふれたセリフだったけど今はその言葉で十分だった。

 皆を納得させるような弁論術も、皆を感動させるような詩的センスもいらない。

 ただ口下手な俺自身の言葉で伝えたかった。


 しばらく目線を交わしていると、バドリオさんが身をかがめて、


「うぅ……。うちの娘を頼むよぉぉ……」

「ちょ!? 泣かないでくださいよ!?」

「お父様!?」


 さっきまでの視線だけで人を殺せます見たいな雰囲気どこいった!?

 もしかしてただの親バカなの?


 ギャップに置いて行かれて混乱している俺たちをよそになおも鼻水をすすりながら続ける。


「村に金がなくなって……娘を出すしかなくなってもう会えないのかと思っていたら……こんなにいい人に見染められていたなんて……うぅ、よがっだよぉぉ!」


 その言い方だと俺がシルヴィアを買ったみたいになるからやめてほしいんだけど!?


「アイク様がいい人だと気づいてくださったのはうれしいのですけど、あんまり人前で泣かないでください。恥ずかしいです」


 シルヴィアの辛辣な言葉で大号泣はやんだけど、まだ鼻と目からは液体が垂れている。

 よっぽどシルヴィアを大事に育ててきたんだろうな。見た感じ母親がいる気配はしないし、男手一つでいままで頑張ってたんだろうな。


「これから……こんな娘ですがよろしくお願いします……。それと、今日はぜひこの村に泊っていってくれ。結婚の相談は明日にしよう。今日は……私が持ちそうにない」


 まあ、その泣きっぷりじゃあまともな話なんぞできないだろう。

 俺としてもシルヴィアが育った村を見て回りたいしちょうどいいか。


 俺とバドリオさんの話がひと段落着いたと見るやシルヴィアがすぐさま俺に抱きついてきた。

 相当我慢してたんだろうな。坑道前で別れてからずっと俺から一定の距離を置くようにされてたし。

 自分の匂いをマーキングするように頭をこすりつけるシルヴィアの銀色に輝く髪をなでる。

 シルヴィアは嬉しそうにえへへ、と笑う声が耳に心地よい。


「アイク様、今日これからどうしますか? ご飯? お風呂? それともシルヴィアがいいですか?」

「うぇ? えっーとそうだな……」


 流れ的には一番最後を選択するのが望まれてるんだろうけど、まださすがにバドリオさんの視線が怖いって。

 許しを請うようにバドリオさんに視線を向けると、


「うちには観光資源にはならないほどだが温泉が湧いている」

「シルヴィア、温泉いこう! せっかくおすすめされたし!」

「いいですよ! 一緒に入りましょう? そのままイイことも……」


 バドリオさんに見せつけるようにシルヴィアが至近距離からささやいた。

 自分の父親に恨みでもあんの!? これで文句言われるの俺なんだが?


 案の定、バドリオさんはわなわな震えると、


「うちに混浴はない!!!」

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