第29話 討伐と尋問前戯

 ──ボルドー鉱山内。


 洞窟を改良して坑道にしているため、ごつごつとした起伏のある道を進んでいく。

 時折雄叫びは聞こえてくるが光の届かない中、トロールの元へ最短距離で向かうのは難しい。


「本当に便利なスキルだよ。これは」

『拡張ポイントを消費してスキル『ソナー・レーダー』を獲得しました』


 脳内に音声が流れると同時に、左手の甲にすり鉢状のものがせりあがった。

 そのまま左手を坑道の奥へと向けると、鐘の音に似た音が放たれた。

 待つこと数秒、壁面の凹凸から、奥に続く道までまるで光の道ができるように鮮明に見えるようになった。

 これでやっとトロールたちを始末する準備が整ったわけだ。


 にしても採掘のために掘った穴から、元の洞窟がそのまんまの状態で残っている道だったり複雑に入り組みすぎて、初見で迷い込んだら二度と出てこれないだろうな。


 毎日そんな迷宮のような場所で働いている鉱夫に尊敬の念を覚えつつ、俺は最奥へと駆けて行った。



 ☆



 ガツーン──ガツーン──


 つるはしをふるう音が響く。

 エンジニアトロールが鉱石を掘っては貪り、掘っては貪り坑道を掘り進めていたのだ。

 こいつらの質の悪いところは価値の高い、高純度の鉄鉱石を好物とするところだ。

 食べつくされる前に迅速に倒すか。


 相手は3体。こちらを見向きもせず何やら笑い合いながら鉄鉱石を貪っている。

 エンジニアトロールは大きい体格と恰幅のよさとは裏腹に、全身が機械化しているため動きは速い。

 つまり普通に正面から戦えば冒険者でも苦戦を強いられる相手だが、俺にとっては機械化している時点で敵ではない。

 スコープで照準を定め、『オーバーホール』を続けざまに3回発動した。

 一瞬の空白の後、けたたましい金属音をたててエンジニアトロールだった部品が地面に転がっていった。


「ふう、こんなもんか。移動のほうが疲れたな」


 最奥までに来るのに数十分に対して、戦闘は数秒。

 意気揚々と戦う覚悟を決めていたのになんとも消化不良だ。

 苛立ちを込めながら壁面に刺さったままのトロールたちのつるはしを分解していく。


 ドォォォォン──


 最後の一つを分解した瞬間、壁面に大地を流れる河川のように亀裂がはしり、崩れ落ちた。

 奥に空洞が広がっていたらしい。

『ソナー・レーダー』を発動してみると、新しくできた空洞には、地面にいくつか石が転がっているだけで他は坑道部分と変わりはない。


「一応、奥の空洞の石はもって帰るか。空洞ができた証拠くらいにはなるだろ」


 倒した証明としてエンジニアトロールの耳部分の部品と転がっている石を拾い上げた。


 シルヴィアが寂しい思いしてるだろうから帰ったら存分にかまってやるかな。

 けど、問題はあの村長だよなぁ。俺のこと信用していない人のまえでその人の娘とイチャイチャするのはさすがに視線が怖い。

 それに、トロールを討伐して信頼を得られたにしてもバドリオさんにシルヴィアと俺の関係とか歯車病のことを説明しなくちゃいけない。

 トロール討伐なんかよりもよっぽどこっちの方が怖い。


 これから待ち受けるさらなる苦難を想像して重くなった足を引きずるようにしてシルヴィアたちの待つ地上へ戻っていったのだった。



 ☆



 村長の家まで戻ってきた俺を待ち受けていたのは1日もかからずに戻ってきた俺に驚く鉱夫たちと依然冷たい目線を向けるバドリオ村長だった。

 俺たちのまわりには鉱夫たちが取り巻いており何やら裁判でも行われるかのような雰囲気である。

 シルヴィアもバドリオさんの隣に座らされている。


「帰還したということは、エンジニアトロールを討伐し終えたということかな?」


 疑いの目を向ける村長に俺は肯定の意味を込めて大きくうなずいた。

 すると鉱夫の一人が怒鳴り散らかすように、


「嘘だろ!? ギルドの姉ちゃんは3日かかるって言ってたぞ! 本当は怖気づいて帰ってきたんじゃないのか?」

「嘘じゃないですよ。ほら、証拠もありますよ?」


 バックパックからトロールの耳の部品と石を取り出し静かにテーブルに置いた。

 鉱夫の間にさざめきのように動揺が広がったのが見て取れる。

 まあ、俺自身もエンジニアトロールがあんなにあっけなく倒せると思ってなかったし驚くのはわかる。

 だけど、初対面の俺相手に不正を疑うのはどうかと思うぞ?


「どうぞ、手に取って詳細に調べてもらってもかまいませんよ?」


 最大限の好意と言わんばかりの笑顔で言ってみたが、鉱夫たちは顔を見合わせるだけで誰一人としてその場を動かなかった。


「討伐してきたことは間違いないようだな。それで、この石はなぜ持って帰って来たのかな?」

「トロールたちが掘り進めていた奥に空洞ができていました。そこから拾ってきました」

「ふむ……」


 バドリオさんはポケットからルーペを取り出すと宝石を検査するようにすみずみを観察すると、深く息を吸い込んで、


「お前ら! 早く鉱山に戻れ! アダマンライトだ!」


 バドリオさんが怒鳴ると、鉱夫たちはドタドタとけたたましくあちこちにぶつかりながら外へ出ていった。

アダマンライトとは最硬の鉱物アダマンタイトと鉄を含んだ鉱石のことだ。

もし鉱脈が見つかれば村の経済がまるっきり向上する。

そのため鉱夫たちは成果をあげようと躍起になったんだろう。


 俺とシルヴィア、バドリオさんのみとなった中、バドリオさんはまっすぐ俺を見つめると、


「これからはプライベートな話し合いだ。シルヴィアからこれまでの経緯は大体聞いた。しかし、一つ聞いていいかな?」

「──はい」


 俺は生唾を飲み込み次の言葉を待つ。


「シルヴィアと結婚しているというのはどういうことかな?」

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