第28話 里帰り
──ボルドー鉱山入り口。
フレンの持ってきた依頼とはボルドー鉱山に出現したエンジニアトロールの群れの討伐だった。
難易度的にはAランクの依頼だ。
だがボルドー村自体が山間にあり鉄鉱石でやっと経済が成り立っているような寂しい村であるため報酬が少なくロレーニアの高ランク冒険者の誰も受けたがらなかった。
そこで、ワイバーンを倒して実績ができた俺に白羽の矢が立ったわけだ。
彼女の里帰りと現状報告、歯車病についての説明もかねて受けることにはしたが正直、不安が大きい。
そもそも『オーバーホール』があるにしろ冒険者が本業ではない俺がエンジニアトロールを倒せるのかどうかも怪しい。
だがそれよりも俺の不安を後押ししているのがシルヴィアと俺の関係と現状報告だ。彼女の歯車病発症の経緯や俺との関係を尋ねられる可能性もある。
シルヴィアの歯車病をどう説明すれば彼女の親も納得してくれるか馬車の中で考え続けたが一向に思い浮かばなかった。
陰鬱な気持ちを抱えて村の入り口から見上げれば首を痛めそうなほど急な山道を登り、依頼に書いてあった通りに坑道の入り口にたどり着くと、フォーマルなシャツの初老の男性と、鉱山関係者らしい人たちが待ち構えていた。
俺と目が合うと、初老の男性が近づいてきて口を開いた。
「よく来てくれた。私がボルドー村の村長、バドリオ・オルレアンである。依頼の受諾、感謝する」
まだ10代のシルヴィアの父親にしては年を取っていて年長者特有の落ち着いた雰囲気と経験からくる重圧のようなものを全身から放っている。
気を引き締めなおし、自己紹介をしようと俺が口を開く前にシルヴィアがバドリオさんに抱き着いていった。
「お父様! ただいま!」
「おう、よく帰ってきた! お前のおかげであの後、村の生活が楽になった! ありがとうな! ……で依頼を受けてくださったあなたはどちら様かな?」
娘との再会を喜んでいた父親には似つかわしくない鋭い視線が俺に向けられる。
「魔道整備士兼冒険者のアイク・レヴィナスです──」
「うん。ギルドから知らせが届いているからね。名前は知っている。よろしく頼むよ。いろいろと尋ねたいことはあるがまずはこの鉱山を救ってやってほしい」
「はい……! お任せください」
振り返り、坑道の入口へとゆっくりと歩いてゆく。
「おい、シルヴィアも中に入るのか!?」
「何か問題でも? お父様?」
「危なすぎるだろう! おとなしく待っていなさい! アイクさん! これまでもうちのシルヴィアを危険な場所に連れて行ったのですか!?」
全力で事実無根だと主張したい。どれだけ危険だから待っていてと言っても刷り込みが完了した雛のようについてくるのだ。
絶対俺のせいじゃないって!
心ではそう叫んでいても実際に父親にそんなこと言えるはずもなく、
「申し訳ありません。俺の不手際でシルヴィアを危険な目に合わせてしまうことがありました。しかしこれまでもこれからもシルヴィアには何人たりとも指一本も触れさせない所存です」
「そうですよ。お父様。アイク様の近くにいれば何も問題はありません。それに寂しがりやな妻がいついかなる時も夫の側にいたいのは当然でしょう?」
あっけらかんとしたシルヴィアの物言いにバドリオさんはあんぐりと少年のように口を開けたまま絶句していた。
それもそうだろう。娘が返ってきたと思ったら知らない男を連れてきて、夫だと言ったのだから。
衝撃の事実を処理しきれないでいるバドリオさんを気の毒に思いながら、補足説明をしようと口を開く。
「夫というのはですね、事実としてはまだ結婚はしていません。ただ、娘さんと結婚を前提とした同棲生活をしておりまして……」
俺の補足説明に対してバドリオさんは靄を振り払うように頭を振ると、
「……ええい! 今、その話をつづけるな! まずはエンジニアトロールの討伐だ! 話を戻すぞ! シルヴィア、お前は私たちと外で待っていなさい」
「だからお父様、言っているじゃないですか! アイク様の側にいれば安全ですし私も多少は身を守れるようになったのです!」
なんでわかってくれないの、と頑なに主張するシルヴィアをしかりつけるように
「ダメなものはダメだ!! 私はまだこの男を信用しておらん!!」
「なっ、なんてことを言うんですか!?」
実際、バドリオさんが主張していることは正しいのだ。急に娘が連れて来た男を信用しろと言われたところでできるはずもないのだ。
だからこそ俺は行動でその信用を勝ち取っていくしかない。
まわりに悟られないようにしながら息を深く吸い込むと、
「討伐には一人で行きます。バドリオさん、依頼を達成した暁にはシルヴィアの現状と、これからについて説明させていただきます」
一礼して、坑道の方へと向く。
ここは俺一人の正念場だ。
誰の助けも借りない。それでこそ、俺の強さと信用の証明になる。
先ほどから時折、坑道の奥から岩石を震わせるような雄叫びが鳴り響いていた。
巨大生物の気配にも動じず、俺は奥へと脚を踏み入れていった。
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【あとがき】
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