第26話 覚醒と惰眠

 徹夜明けの重い体を引きずるようにして宿に戻るとシルヴィアがベッドの上でむくれていた。

 彼女の目尻が赤いのは見間違えではないな。


「どこ行っていたんですか……。何度ナイフを探したかわかりますか……?」

「うっ……ごめん。書き置きぐらい残しておけばよかった」


 ご主人の帰りを待ちわびていたペットのように胸に飛び込んできたシルヴィアをよろけながらなんとか受け止める。


「そういうことじゃありません!! 寂しかったんです……。泣いた責任取ってくださいね?」


 少し湿ったシルヴィアの声に罪悪感を覚えながら、彼女の頭を優しくなだめるようになでた。

 なでるたび彼女の長い髪から漂ってくる体臭と朝日が混じった匂いに安心したのか俺の足から力が抜ける。


「アイクさん!? 何してきたんですか!? ど、どうすれば……!」


 さすがに夜通し酷使し続けたのだ。機械、人体ともども限界間近だった。

 最後の抵抗と言わんばかりに彼女にのしかからないよう身体を横に捻りベッドに倒れこむ。

『自動更新エラー。メンテナンス処置が必要です。繰り返します。自動更新エラー。メンテナンス──』

 脳内には加減などわかるはずもないというように更新エラーを知らせるアナウンスが響き、頭痛の根源と化していた。

『オーバーホール』で治すにも肝心のスキルを発動する左腕がエラーを吐き出してしまっていてはどうしようもない。


「だい、じょうぶ、だから!」


 何とか修理器具のあるメンテナンス室に行こうと両腕に力を入れるが、体が持ち上がった途端、糸が切れた操り人形のようにベッドにはいつくばってしまった。


 再び倒れこんだはずみでオイルと共に肘のあたりの部品がずれ、激痛がはしる。

 もはや左腕に至っては手を握ることすらままならない。


「大丈夫なわけないでしょう! 強がらないでください! ですがどうすれば……! まずは休める体勢にしてさしあげたほうがいいのでしょうか?」


 赤く泣きはらした目をさらに濡らして、シルヴィアが俺の身体全体をベッドに横たえようと俺の左腕に触れると、彼女の右腕が俺の腕と溶け合うように発光した。

 肉体の接触とはまた違った、神経同士が直接接続されたような感覚。


『ナノマシン系列個体同調開始。──完了。個体名シルヴィア、スキル『聖者の右腕』の発動シークエンスに入ります』


 無機質な音声が脳内を駆け巡りさらに接続が深まっていく。

 腕のきらめきが強まるとともに左腕の痛みと違和感が薄らいでいく。が、


「うおわっ!? 痛ってえ!?」


 次の瞬間、再び激痛がはしり、思わず彼女の手から距離をとる。

 左腕をさすりながら、いったん落ち着こうと息を吐く。彼女の様子をうかがおうと顔をあげると案の定、この世の終わりを悟ったのかと突っ込みたくなるような絶望した表情をしていた。

 単なる事故でシルヴィアが明確な意思をもってスキルを発動していないことは脳内に流れた音声で明らかだ。

 だというのに、


「わ、わたし……また傷つけて……」

「大丈夫! 俺無事だから! 一旦窓に近づくのやめようか!?」


 責任を感じて窓から飛び降りようとしたシルヴィアを腰を掴んで何とか引き留める。

 実際は傷つけられたというよりも助けられたのだ。あのスキルのおかげで俺の左腕はシルヴィアをベッドまで戻すくらいには回復したのだから。


 即席の分析だが、彼女のスキルは同種のナノマシンを摂取した人間に対して回復効果があるが、スキルを一定時間発動し続けると発動対象に痛みを与えるというデメリットがあるらしい。


 彼女がナノマシンを摂取した時、研究員を悶絶させたのもこのスキルのデメリットが発動してしまったためかもしれない。

 自動で発動してしまうことを克服すれば、十分強力なスキルだ。

 ただ気がかりなのはこのスキルもマッドたちの実験によるということ。


 傷つけてしまったかもしれないというショックにさいなまれているシルヴィアを励まそうと笑顔を作り、


「ありがとうな。ほら、シルヴィアのスキルのおかげで腕は元通りだ。だからすぐ死のうとしない! いい?」

「はい……でもアイク様まで傷つけて、いなくなってしまったら……私のせいで大切な人まで失ってしまったら……私、生きても無駄なんじゃないかと思えてきて……」


 シルヴィアは恨めしそうに自分の右腕を強く握りしめた。

 人を傷つけることのトラウマは相当深く根づいているようだ。


 瞳孔が開きかすかに震え始めた彼女をベッドに押し倒し、俺もその隣に横になる。

 鼻と鼻が触れ合うほどの距離からシルヴィアを見つめ、


「俺は夜通し出かけて眠いから今から寝る。夜一緒に寝れなかった代わりとして横に寄り添っていてくれ。いいか?」


 シルヴィアは頬を朱に染めながら、一瞬迷ったように目を伏せると、柔らかく微笑んだ。


「そうですね。あなた様のぬくもりがずっと、老いて死ぬまで私のぬくもりと共にありますよう」


 あたたかな陽光に包まれて二人の寝息が溶け合っていく。

 シルヴィアのスキル、ナノマシンの分析は夕方の俺に任せよう。

 今はただ、この極度に寂しがりでネガティブな彼女とこの惰眠を愛していたい。


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【あとがき】

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