第25話 崩壊の兆し【マッド視点】
「なんだ貴様らやる気あるのか? 国の代表だぞ? メンテナンスごときにのろのろと時間をかけて何様のつもりだ?」
「てめぇ……!」
「手を出してもいいんだぞ? 貴様らの命と引き換えになぁ!」
実験室に現れるなり金属よりも冷たい罵倒を浴びせてきたのは王都から派遣された監査官だ。
なんでも国王本人の意思で失敗実績のある俺たちがまっとうな成果を出せるよう常日頃から監視するために派遣したらしい。
邪魔なことこの上ない。ただ突っ立って勝手に怒りだしてさっきみたいな暴言だけ吐いて去っていく。
こんなただのストレス増幅機なんていたら余計に成果が出せなくなりそうだ。
監査官派遣の話を聞いた時、国王に対して、
「監査官などつけなくても成果は出せます! むしろ素人を研究所に入れた場合の損害のほうが大きいのです!!」
と、抗議したのもむなしく、国王は出来の悪い子供をしかりつけるような口調で、
「あんな大勢の前で大失敗を犯した奴がなにを言っておる! 貴様らが勝手に準備し行った実験だからこそ失敗したのではないか? 実際万が一失敗した場合の対処なんぞ考えてなかったようだしな。貴様らに第三者の目線を取り入れる意味でも監査官の派遣は決定事項だ。今後この話は口にするなよ」
と言い残し、それきり顔を合わせていない。
何が決定事項だ。たった一回の失敗じゃないか。
その失敗だけ見て研究者でもない素人が国王だとしても研究に口出ししていいものではないはずだ。
俺はそのくらいの専門性、プライドをもって研究所所長として働いている。
だというのに国王はそのプライドを国家権力で破壊してしまった。
苦い記憶を思い出して顔をしかめている俺に監査官はさらに言葉をぶつけてくる。
「メンテナンスなんて魔道機械の研究者の基礎能力だろ!? なあマッド所長、教えてくれよ。なんでできて当然のことができてないんだよ!? 国の威信がかかっているんだぞ! これでも国王指名の研究所って言えんのかよ!?」
「できないわけじゃない! 魔道整備士に任せていたから慣れていないだけだ!」
「だったらその魔道整備士呼べよ! この調子じゃ成果が出るまでに寿命が3回尽きるぞ!?」
「今そっちも並行してやってんだよ! 部外者が口出しすんな!」
監査官の胸倉に手を伸ばしかけて、空中でとどめた。
今こいつに手を出せば、一時の気晴らしくらいにはなるが、同時に俺たちの首が飛んでしまう。
俺が手を出せないことを知ってか、監査官は終始小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。
「ま、時間だけはかけるなよ? 時間かけた分だけお前たちの首が胴体から離れていくからな。まあ私的にはどっちでもいいがな」
「さっさと出ていけ……!」
自分の立場が俺よりも上であることを見せつけるかのように意気揚々と監査官が去っていった。
しばらく握りしめていた拳を開く。
手のひらにぬるりとした感触を残したまま、実験室の扉を勢いよく閉め、メリッサのもとに向かった。
アイク捕獲後のデータ取得準備をさせていたけど、こいつも実験の準備に参加させよう。
また監査官に暴言吐かれる前に実験の初期段階までには到達しておきたい。
この研究所に存在するすべての資源、人材をナノマシンにつぎ込む。
ナノマシンだけが頼りなのだ。
メリッサが作業している実験室の扉をノックする。
「誰? 忙しいのだけど」
「俺だ。話がある。入っていいか?」
「え!? ちょ、ちょっと待って!」
メリッサが慌てた口調で言った。
魔道機械で散らかっているのだろう、ここは素直に待つのみ。
ドア越しに聞こえる絶え間ない駆動音からメリッサが真面目に作業していることが窺えた。
もはやこの研究所に俺の望んだ仕事をこなしてくれるのはメリッサだけかもしれない。
彼女だけが俺の味方であり続けている。
だからこそ俺はメリッサのすべてを求めてしまうのかもな。
「入っていいわよ。で、何の用?」
「お前も実験準備を手伝ってくれ。最優先事項が変わった」
「どうせ監察官に何か言われたんでしょ。もう……」
呆れたようにメリッサがつぶやく。
こういう風に言っているがなんだかんだ俺の側で仕事をし続けてるのだこいつは。
俺は奥に行くにつれ雑多に機械が積みあがっている室内に足を踏み入れながら言った。
「こっちの片づけは俺がやるから先に行っててくれ」
「触らないで!!」
メリッサのヒステリックな叫び声が響いた。
俺のやさしさはいらないってわけか? だったら夜でわからしてやるんだけど?
純粋に彼女の様相が変貌した理由がわからない。
「は? どうした? 俺がいなくて発狂してたか?」
「いや、そうじゃなくて……。それよりも私が片付けるからいいわよ。マッドは先に手伝ってきて。必ず合流するわ」
それだけ言い残すとメリッサは強引に俺を追い出して扉の鍵を閉めてしまった。
◇
危なかった……。
今の会話の流れのままだったら私の計画が壊れてしまっていたわ。
修繕していた『隠密』と『外部運動補助機構』の魔道機械を棚の裏に隠しながらほっと溜息をつく。
もう終わりなのよ。
ここにいたら私の人生だって終わってしまう。
「早く逃げましょう……!」
もう身も汚されてしまった。人生にも汚点ができてしまった。
マッドにはこの研究所で働かせてくれた恩があるけどもう無理なのよ。
夜通し彼に犯されては朝焼けの空を見ながらひとしきり泣くのが日課になってしまった。
もう奴隷のように扱われたくない。
だってそうでしょう? 私も人間なの。
でもそんな単純なことを彼はわかってないのよ。メンテナンスだって重要なことはわかっているのにあの人を追い出してしまった。
本当は私も反対だったのよ。だけどここで彼の味方をするとマッドにまたおもちゃのように侵されてしまうから怖くて言えなかった。
きっと彼なら話せばわかってくれるはずよ。メンテナンスをたった一人で引き受けてくれていた彼なら。
だから、この機械たちでロレーニアまで逃げましょう。
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