第22話 添い寝と葛藤
ルートヴィヒを送り返した後、俺は何事もなかったかのようにシルヴィアの元へ戻っていった。
「大丈夫でしたか? もちろんアイク様のことですからワイバーンなんて余裕そうでしたけどそのあと口論になってませんでした?」
「馬車に乗ってたのが悪質なクレーマーだっただけだから大丈夫。それよりももう帰るよ」
「えっ? 早くないですか? せっかくのお外デートだったのに……」
「ワイバーンが出ること自体珍しいんだ。ギルドに報告しないといけないし、君を守るためにも早めに戻りたいんだよ」
「そんな……私のためだなんて♡」
シルヴィアがなぜか嬉しそうに体をくねらせているけど、まあロレーニアに戻ることに納得してくれたからいいか。
ルートヴィヒのことは伏せておこう。彼女に実験動物にされたトラウマをもう思い出させたくはない。
俺だけでルートヴィヒは処理しよう。
ルートヴィヒが戻っていったのはロレーニアから馬車で2時間ほどの都市“ポワティエ”。今日中に人ひとりなら処理できる距離。
今晩、決着をつける。
「アイクさん? 帰ったら何します? ご飯? お風呂? それとも──」
「全部をシルヴィアと。行くよ」
「はぁい♡」
◇
ギルドにワイバーンの件を報告したのち、俺らはすることもなく宿屋に戻ってきた。
ギルドマスターにワイバーンの動向ややってきた方向、遭遇した経緯とか偶然出くわした人間が知り得ないことまで根掘り葉掘り聞かれているうちに日も落ちてしまっている。
「……ふあぁ」
目の端をきらめかせながらシルヴィアがあくびをした。
歯車病になってから初めて外に出て、さすがになまっていた身体が悲鳴を上げているんだろう。
シルヴィアの望むままにかまってあげたかったけど、それはまた今度だな。
「今日はもう寝るよ。ほら、支度できてるから」
「えぇ~ベッドの中で襲わないんですか?」
ふらつく足取りでシルヴィアはベッドまで歩いていき、そのまま倒れこんだ。
風邪ひくって、もう。
なるべく彼女に触れないように布団をかけていく。
彼女を動かすたびに見え隠れする滑らかな肌に気を取られながらも平静を装ったまま寝かしつけた。
「一緒に寝ましょう? 私から離れないで?」
俺の手を握りながらそう言ったシルヴィアに引き込まれるように俺もベッドの中に潜り込む。
時折見せる彼女の子供っぽいわがままを許してしまっているあたり俺も大概、シルヴィアのことが好きらしい。
「えへへ~アイク様の匂い落ち着きます~」
俺の胸に顔をうずめるようにしてシルヴィアはすぐに寝息を立て始めた。
かすかな呼吸音に合わせるように彼女の髪から女の子特有の花の蜜のような匂いが漂ってくる。
シルヴィアの程よく肉のついた柔らかい体の感触と性欲を刺激する匂いで正直、俺の下半身は限界を迎えていた。
この我慢もすべて俺とシルヴィアの平穏のためだ。
「集中……ルートヴィヒを倒すことだけ考えろ……」
「んっ……」
俺の声に反応するようにシルヴィアがかすかに身じろぎする。
「お父様……頑張りました……もう、帰らせて……」
悪夢にうなされているようだ。
シルヴィアも村のために自分を犠牲にして実験体として利用されたのだ。彼女がこの決断をするまでにどれだけ恐怖したか、どれだけ葛藤したのかは俺にはわからない。だが強制的に居場所を追われ、一人孤独に改造されたからだと向き合う苦しさは俺と同じものを持っていたはずだ。
彼女の首に腕を回し、頭を抱えるように引き寄せる。
彼女を歯車病にしてしまったのも、故郷から話してしまったのもすべてマッドの仕業。そこには俺も関わっている。
責任は取らないといけない。俺とマッドのトラブルの罪は償わないといけない。
たとえ、俺自身に非はなくとも。
満月が頭上から照らし出した頃、胸の中で熟睡しているシルヴィアをそっと枕に寝かせ、ベッドから出る。
ルートヴィヒの処理をするには十分な時間はある。
俺は『スキル一覧』を開き、下にスクロールしていった。
今から馬車でルートヴィヒのいるポワティエに向かい、シルヴィアが起きだす前に帰ってくるのは不可能。
だが、スキルでなら十分処理して夜明けまでに帰ってこられるくらいの時間の余裕ができるのだ。
『拡張ポイント1,250を消費してスキル『空走』を獲得しました。これによりスキル『外部運動補助機構』は『空走』に統合されます』
「じゃあ、行ってくるか」
何も知らず、幸せそうな寝顔をさらしているシルヴィアを置いて俺は窓から飛び出していった。
──バカ。
そんな声が夜風にまぎれて聞こえた気がしたが、幻聴だろう。
緊張でこわばった脚で俺は夜空を駆けていった。
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【あとがき】
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