第20話 軋轢
「貴様らが運べ! 誰のせいで私が歩かなければならなくなったと思っている!」
なんでだよ……!
目の前で繰り広げられていたのは白衣姿の壮年の小言に冒険者たちがただ黙って耐えている光景。
立場の高い人間の理不尽に立場の低い者が無抵抗で耐えるしかない関係。
「なんでいるんだよ……」
文句をとうとうと連ねているのはマッドの部下だ。
それもマッドが正しいと信じてやまない奴。
マッドに命令されて俺とシルヴィアを連れ戻しに来たのか?
はたまた偶然か?
どちらにせよバレたらマッドがまた面倒ごとを起こしてくることになる。
俺とマッドのトラブルに2回もシルヴィアを巻き込むわけにはいかないのだ。
音を立てないようすり足で彼らから遠ざかっていく。
当然だが草原には身を隠すような遮蔽物などない。
ただ気づかれないことを願うのみ。
一歩。冒険者たちは頭を下げたまま動かない。
二歩。背面に視線を向けるとただ丘陵が広がっているのが目に入った。シルヴィアの姿はこちらからは見えない。
三歩。リーダーと思われる冒険者と目が合った。
「馬鹿がっ……」
説教を受けた腹いせなのか屈託のない笑みを浮かべながら俺に駆け寄ってくる。
まずいまずいまずい! あの研究員に一度でも振り向かれたらアウトだ。俺の顔は知られてんだよ!
「先ほどはありがとうございました! 危険を顧みずレッドワイバーンを相手に一撃! かっこよかったです! あ、僕はマルテル・ゴートです!」」
「あ、ど、どうもありがとう……ハハ。えっとー、先を急いでいるのでこの辺で……」
「ロレーニアに戻るんですか? でしたら一緒に──」
お前ら依頼の途中だろと拒絶しようとした矢先、遠くから声がかかった。
責め立てるような声に反射で振り向くと、研究員がこちらに歩いてきていた。
「何をしている! さっさと出発しろ! お前たちのせいでどれだけ貴重な時間を無駄にしたと思ってる!」
目が合う。
その瞬間研究員の瞳がまるで獲物を見つけた狩人のように細められた。
「そちらはアイクじゃないか! 私だ。ルートヴィヒ・ナメルングだ。元気に郊外で暮らしていたかね?」
「何の用だ」
明らかに胡散臭い笑みを浮かべながら歩み寄ってくる研究者。
目的はなんだ? ただの嫌味か? だったら穏便に片づければそれで終了だが、何かを我慢しているかのように強く握られた拳と引きつった頬の筋肉を見るにただ事ではない雰囲気だ。
「こちらは大変だったよ。君のせいで執り行っていた実験がすべてめちゃくちゃだ」
「そうだろうな。どうせあんたらメンテナンスしてないんだろ? 何? 俺を追放したことを謝りに来たの?」
小馬鹿にしたようにフンッ、と鼻で笑う。
すると突然人が変わったかのように俺の胸倉をつかみ怒鳴ってきた。
「貴様のくだらない小細工のせいで我々は失敗したのだ! 機械病にされたくらいの報復でマッド研究所の研究員全員を地に落としたのだぞ!」
「はぁ? 言っておくけど俺は何もしていない。履歴ログを見てみろよ。魔道機械一つ一つに俺が操作した履歴なんてないはずだけど? あんたらがちゃんとメンテナンスしていなかった結果だよ。ざまあみろってんだ」
「嘘つけぇ!! メンテナンスごときで我々の試作品が壊れるものか! 細工したとさっさと白状しろ!」
あーあ、本性出ちゃってんな。
実際、俺は何も細工なんてしていない。それどころかあの研究所に俺の私物が残っているほど突然に追放されているのだ。細工する時間などあるはずがない。
「ま、まあ落ち着いてくださいお二人とも。先を急ぐんですよね。ね?」
「貴様は黙っていろ!」
なだめに入ったマルテルを張り倒し、なおルートヴィヒは俺に詰め寄ってくる。
「これは俺とあんたら研究所の問題だ! マルテルは関係ないだろ!」
お互いに胸倉をつかみにらみ合う。
俺たちの口論は結論、ただの内部トラブルでしかない。
そんな普通、内部だけで片付ければ済むだけの話にマッドたちは他人を、シルヴィアを巻き込んだ。
それも彼女の人生を変える形で。
「他人? 何を言っている? 実験動物にされた無能の分際で守護者気取りか? 調子に乗るのも大概にしろ」
「てめぇ……! そうさせたのはあんたらだろうが!」
「ふん、されるだけ貴様に落ち度があったというわけだよ。あ、そうそう。貴様、シルヴィアという娘を知らないか?」
やっぱりシルヴィア狙いで来たのか!
シルヴィアと出会った当初、実験に協力しようとしたという話を聞いてなんとなくは予想はついていた。
もう俺たちの問題にかかわらせたくない。
「あんたに言うと思うか? 頭の中に花でも詰まってんのか?」
「貴様ぁ、私を愚弄する気かぁ!」
視界の端からルートヴィヒの拳が飛んでくる。
が、俺の顔面にあと髪の毛1本というところで腕ごと霧散した。
「へっ……? あ、あ、ああああああああ! 私の腕があああああ!」
『オーバーホール』で機械腕を分解され、ルートヴィヒは白衣が汚れるにも関わらずのたうち回った。
もうあんたらに無抵抗でいるほど弱くはない。
失禁して気絶したルートヴィヒを呆れて眺めながら、もう一度『オーバーホール』を発動し、彼の腕をほとんど元の状態に戻しておいた。
「マルテル、こいつを元居た街に帰らせてくれ。もちろんこの依頼と、こいつの輸送以来の報酬は払うから」
「は、はい! いってきます!」
呆けた顔のままルートヴィヒを引きずって走り去ったマルテルを見送ったのち、俺は何事もなかったかのようにシルヴィアの待つ木陰へと戻っていくのであった。
今日はおとなしかったな?
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【あとがき】
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