第8話 実験からの裏切り【マッド視点】
中庭に仮設で建てられたステージにメリッサと共に上がる。
正面には日光を反射して輝いている試作品2号。そしてその隣には俺の胸ほどの高さの木箱。
先ほどの発表とは違いどよめきすらも起こらない。
全員が伝説の証明を見守ろうとしていた。
「準備が整いました! さあ、伝説の証明をいたしましょう!」
俺が手を振ったのを合図に部下が試作品を起動させた。
かすかな駆動音と共に回路が明滅する。
「今回実演いたしますのは自動追尾スキルとボウガンの合わせ技でございます! 王都郊外から打ち上げられた的を人間の調整なしですべて完璧に撃ち落として見せましょう!」
国王までもがかたずをのんで見守る中、試作品はその矢じりを天高く上げ、発射体勢に入った。
照準が定まったのを合図に、王都の外から的が撃ちあがる。
肉眼では豆粒程度にしか見えない。
ギリギリギリ……!
鋼鉄の弦が引き絞られる。
そして一瞬の静止の後、発射される──
その時だった。
「なにっ!?」
「ほう、これが自動追尾か……!」
「違う!! こんなこと想定していない!! 国王様も感心してないで、早く逃げろおおぉぉ!!!」
順調に的に向かって放物線を描いていた矢が突如軌道を変え、ご主人様を待っていた犬とばかりに突っ込んできたのだ。
ドゴオオォォン……!!
国王の出席する会に魔道機械を持っていくことは禁止されている。
つまり、この場にいる誰も防御手段、対抗手段を持っていないということだ。
土煙の奥で、何人も地面に伸びている。
俺は……失敗、したのか?
国王に選ばれた俺が? こいつらの前で?
喉からはかすれた吐息しか出てこない。
「うわあああぁぁ!!」
そして気が付いた時には俺は右腕を抱えて地面をのたうち回っていた。
くそ……! これから、俺の伝説が始まるってのに……! どうしてこうなった!?
先ほどの矢が直撃し右の二の腕から下が外れてしまっている。
機械化しているほうでよかった……! まだ治せる……!
「くそ……! なんでだよ!! 繋がれ! 戻れよ!!」
取れた腕を接合部にこすり合わせても、うまく歯車がかみ合わない。
だめだ、このままでは俺の右腕は、なくなる。
メンテナンスをしていなかったからだ。前から不調を感じていたくせに。お前も、あの試作品もな。
俺の研究員としての直感がそう告げる。
「うるさいうるさいうるさい!! そんなはずがない!!」
「うるさいのはお前だマッド!! 我の城をよくも……!」
ありえない!! たかがメンテナンスで俺の右腕とこれからの人生が消し飛んだというのか!?
「おいマッド!! 聞いておるのか!?」
そうだ、この場をどうにかしないと、俺の首が飛ぶ!!
何とかして言い訳を……。
「皆さん大丈夫です! 撃たれた矢に人を殺める威力はありません! その証拠に直撃した俺はまだ生きています! それに最初に申し上げたようにこの魔道機械はまだ試作品段階です! まだ不具合を起こす可能性は残っているものです! さあ次の実験で最後です。どうか、どうか最後まで俺の実験を見てくれえええ!!!」
喉奥から振り絞るように声を張り上げると、しぶしぶといった表情で観客たちが中庭に戻ってくる。
くそ……こいつら劣等者の前で恥をかくなんて!
なんとしてでも次の実験は成功させる!
完全な失敗に終われば俺たち研究所の恥だけではなく俺たちを指名した国王にも恥をかかせてしまう。
それだけは避けなければいけない。
国王、この国の中枢の面子がかかっているのだ。
それだけではない、もし王城を破損させたら、その弁償には莫大な金がかかってしまう。
国民が崩れた王城を見て俺たちの失敗を知ってしまう可能性もある。
そもそも中庭での実験を許可してくださったのは俺に対する絶大な信頼があったからだ。
国王は俺なら絶対に失敗しないと思ったのだろう。
実際、俺もそのはずだった。
成功するのは当然だと思っていた。
それなのに、あいつだ。アイクがいなくなってから狂い始めたのだ。
もしかしてアイクが何か細工を……?
「ねえマッド、大丈夫なんでしょうね?」
「うるさい! もうやるしかないだろう!!」
メリッサも日和ってやがる。もう俺たちに選択肢は残されていないんだ。
何とか胸を張り、俺は声を一層張り上げた。
「続きましては全く新しい試みをいたします! 国民の皆さんを悩ませている奇病、歯車病を兵器、ツールとして活用する試みであります!」
中庭の中央に木箱が設置される。
研究員たちの手で慎重に木箱の中から取り出したのはまだ年端も行かない少女。
彼女は実験のことは何も知らずに眠らせている。情報漏洩の心配がない絶好の実験台だ。
「今回実験に協力していただいたくのは辺境の村で買った娘であります! 魔道機械との親和性が高く実験には最適! さあ早速実験開始と行きましょう!」
メリッサから注射器を受け取り、木箱の上ですやすやと眠っている娘に近づいて行った。
「この注射器には、各地の遺跡で検出されているナノマシンを含んだ液体を入れてあります! 私たちはこのナノマシンに歯車病を引き起こす作用があることを突き止めました! そして、この液体を魔道機械に親和性がある人間に投与することで機械化部分にスキルが追加されるのです!」
遠くにも見せびらかすように娘の右腕を持ち上げ、針を差し込んだ。
ギチギチギチ!
キュイィィン!
「うわああああ!?」
俺の左腕が細かな粒となって崩れ、地に落ちる。
「マッド!? あなた、大丈夫なの!?」
聴衆も俺の身体に起きた現象に息をのんでいた。
もはや俺を助けに来る者はいない。
機械化した娘の右腕は黄金の光を放ち続けている。
「お、おい!! お前、これは何なのだ!? 危険ではないのか!? 馬鹿者め、なんという恐ろしいものを生み出したのだ!!」
「ぎゃあああああああああああああ!!!!! 俺の!!!! 俺の腕があああああああああ!!!! いでええええええええええええ!!!!」
肩から滝のように血を流し、俺はあまりの痛みにのたうち回った。
どれだけ傷口を抑えても、痛みも血液も止まらない。
くそ……また失敗するなんて。
実害が出るほどの失敗なんてしたことがなかったのに……。
アイクだ……! アイクのせいで俺の伝説が……名誉が消え去った!!
「うわ! こいつ漏らしてるぞ! 気をつけろ! 汚物まみれになるぞ!」
「ぎゃあああああああああ!!!! くそがあああああああ!!!! アイクうううう、許さねえぞおおおおおお!!!!」
俺はなりふり構わず暴れまわった。
もはや自分が失禁していることにすら気づかない。
それどころじゃないくらい、痛みとアイクへの憎しみでいっぱいだった。
救護に来た兵士に抱えられ、俺は中庭から退場されられたのだった。
運ばれる途中、国王の顔が目に入る。
「あのクソガキ……!! よくもやってくれたなあああ……くうううううう……!」
もはや国王はモンスターのような顔になっていた。
怒りも侮蔑もこもったような目で俺を一瞥した後、国王はやってきた兵士のほうへと消えていった。
俺は……失敗したのだ。一生に一度のチャンスを、逃してしまった。
そこから先の記憶はない。
あとで聞いた話によると、その後、娘は行方不明になったそうだ。
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【あとがき】
少しでも「面白そう!」「続きが気になる!」「期待できる!」と思っていただけましたら
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なにとぞ、よろしくお願いします。
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