第2話 『自動更新』したんだけど……痛い

「……さん……、……イクさん、アイクさん!!」


 名前を呼ぶ声と共に目を覚ますと、目の前を不規則に人々が駆け巡っていることに驚く。


「んああ、寝てたのか……。人が多い……うるさい……」

「アイクさーん!! 報酬が用意できましたよー!!」


 研究所を出禁になった後、俺は王都近くの町“ロレーニア”で冒険者として働いていた。

 もちろんモンスターを討伐した経験などなく、Fランクをさまよい続けていた。

 ギルドに来た当初は出禁になったショックで依頼をこなす気力もなく、一時期は貯金が5ゴールドまで減った。

 今は何とかギルドの依頼をこなして生活できている感じだ。


「お疲れですか? ちゃんと寝てくださいね? それでこちらが今回の報酬です。680ゴールド、お確かめください」

 カウンターまで行くと数枚の金貨と共に受付嬢のフレンの心配そうな顔が待っていた。


 俺のこなしている以来のほとんどは歯車病の治療と魔道機械の整備だ。やっていることは研究所にいたときと変わらない。


「アイクさんがいない間にまた依頼が来ていたんですけどどうします?」

「患者からのを優先的に回してくれ。すぐ行く」


 そう、いい意味でも悪い意味でも変わらなかったのだ。

 モンスターの討伐よりも格段に低い報酬で依頼を受けその日の飢えをしのぐ日々。むしろ、研究所に寝泊まりできない分、衣食住の危機はより深刻になった。


 それほどまでに俺は弱かった。


 来る日も来る日も居眠りしている他の奴らに代わって1日中仕事をしていたのに一向に成果も技術も上がらず、ほんの少しの研究をした彼らだけが昇進し裕福な生活をしていった。

 当の俺は、そんな彼らに蔑まれる存在のまま変わらなかった。


「あいつらと何が違う? 俺には何が足りない? 根本的な部分にヒントがあるはず……!」


 そう思った俺は、自分の左腕や、依頼で出会う患者たちで1から自分を鍛えなおすことにした。

 これまでとは違い、機械部分の改良、改造に手を出してみる。

 今までは引き受ける仕事量が膨大でメンテナンスだけで精いっぱいだったから、改造なんて考える暇もなかった。


 それに、一度、魔道機械の改造をしてみたときに、なぜかマッドに執拗に怒られ、給料がなくなったこともある。


 だが今は俺一人だ。何も恐れることはない。


「うまくいく保証はない。けど、やるしかない……!」


 俺一人で、もっと稼げるようにならなければ……!

 俺がここまで魔道整備士という職にこだわるのには理由があった。

 それは田舎で待っている、歯車病の母の存在だ。

 今は定期的に整備士を呼んでメンテナンスをして何とか生活できているが、整備士を呼ぶにも金が要る。

 俺がメンテナンスしに行くと金を稼ぐ人間がいなくなる。

 自分自身で治すにしても、人を呼ぶにも、俺が強くなることが必須なのには変わりはない。そして、技術を磨くには実戦経験である。


「次は……フレンか」


 まさか自分が冒険者の端くれになるとは思わなかった。

 戦わないにしても緊急事態の時には冒険者として前線に出なければならないこともあるだろう。

 その時に迷惑をかけないためにもやはり強くなっていかなければならない。

 諦めることは決して許されない。


 ◇


「とりあえず、通常のメンテナンスでいいか?」

「はい、よろしくお願いします。アイクさん」


 彼女の手のひらを預かり、隅々まで観察していく。


「『ハッキング』──」


 俺の脳内に彼女の情報が流れこんでくる。

 年齢、性別、病状、能力──。

 マッドたち研究員なら耐えられるほどの情報量でも俺の頭は焼ききれそうになっていた。

「ぐっ……!」


 つくづく自分の弱さに腹が立つ。

 頭痛を何とかこらえながら基本的なメンテナンスをこなしていった。


「ありがとうございました。報酬はギルドのほうから出ますので。それと──」

「ん? なにか?」

「魔道機械の依頼を受けていらっしゃらないのはなぜなのでしょうか?」


 思わず顔をしかめてしまった。

 確かに、魔道機械のメンテナンスのほうが報酬もいいし依頼も多い。だが相手が遺跡から発掘される物であるがためにその情報量が何十年、時には何百年分にもなるため、今の俺ではその情報量に耐えられないのだ。

 まったくよく整備士になれたもんだよ。


 鈍い痛みが響いている頭から病状を引き出して何とかメンテナンスを終えた。


「ほら、終わったぞ。つけてみてどうだ? 違和感はないか? 感触は? 痛みは? 問題があるならすぐに言ってくれ」

「ふふふっ、大丈夫ですよ。アイクさんの実力を信じてますから」


 そう言って笑う彼女に対しても申し訳なさがこみあげてしまう。

 かかった時間はマッドたちの倍以上、仕事の多い受付嬢にとっては相当貴重な時間を無駄にしてしまったことになる。


 何かにつけて自分が嫌になっていくのに仕事はやめるわけにはいかない。

 俺には精神力だけはあるのかもな。


「今日はこれで終わったか……」


 1日かけて20人ほどのメンテナンスを終わらせた。

 しかし全くと言っていいほど時間の面でも技術面でも成長した感覚はない。

 収穫と言えば少しだけ情報の洪水に対する耐性できてきた予感がしたくらいだ。


「あいつらと何が違う? なにもかも納得がいかないんだよ! 俺のほうが働いてる! 経験もある! なんなんだよチクショウ!!」


 ドンッ!!


 壁をたたいた衝撃で左腕の軋む甲高い音が耳を貫いた。


 宿屋に戻ってから俺の感情は大いに荒れ狂っていた。


 あいつらだって元々は俺と同じ時期に研究所に入ったはずだ。それなのに研究員のあいつらだけ成長しているのは才能なのか……。


「クッソ……なんなんだよ……」


“才能”の二文字が頭にちらつく。

 そりゃあ才能のあるやつのほうが成長は速いし努力も身を結びやすい。

 だが、天才は時に努力家に負けるというのが定説である。

 しかしその説は俺には通用しなかった。


「これじゃあマッドたちの言う通りじゃねえかよ……」


 いつまでたっても俺の努力ではマッドたちには追いつけなかったのだ。

 改造、改良に手を加えようにも仕事にとられて時間がないせいでろくに勉強できない。

 俺の場合そもそもの実力が足りないのだ。


「こんな事より……俺のメンテもしないと……」


 その日はそのまま左腕のメンテナンスだけで、夜更けになってしまった。

 そこから泥のように眠る。その日々の繰り返し。

 マッドたちといた頃とほとんど変わらない。変わったことと言えば俺自身もメンテが必要になったことか。


 明日にも少し成長してるといいけど──。


 ◇

 次の日もまた同じように患者をメンテナンスをしていると、脳内に抑揚のない音声が響いた。


『ハッキング』使用回数が一定回数を超えました。左腕自動改良シークエンスを開始します』

「何!? 誰だよ!?」


 ビキッ、ビキビキビキビキッ!!!!


「ぐああああ!!??」


 何っ!? 痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたい!!!!!


 内側からえぐられるような激痛が左腕を駆け巡る。

 それと同時に澱んだ潤滑油や小さな部品が血潮のようにはじき飛んでいく。

 慌てて自分自身を『ハッキング』する。

 するとそこには驚くような情報が書き加えられていた。


「まじでなんなんだよ……!」


 ───────────────────────────

 名前 アイク・レヴィナス

 職業 元魔工整備士

 男 18歳

 歯車病患者(左腕~???)

 左腕:スキル『ハッキング』が『サーチ・スコープ』に変化

    『再生成』←NEW!!

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──────────────────────────────────────

【あとがき】

少しでも「面白そう!」「続きが気になる!」「期待できる!」と思っていただけましたら

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なにとぞ、よろしくお願いします。

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