魔道整備士のアップデート~研究所の実験動物にされた俺は『自動更新』で成り上がる~
紙村 滝
第1話 実験動物にされ追放される
「無能頑固魔工整備士アイク・レヴィナス、お前をこの研究所から出禁にする」
偉そうに胸を張ってそう言ったのはギアーノ研究所所長のマッド・ギアーノ。
一応、俺の上司。
「理由は? 正当な理由がないなら即刻、国に抗議するが?」
「あるから言ってんだよ。全部言わねえとわかんねえか? つくづく頭の回らない奴だな」
一度鼻で笑うとマッドは続けた。
「一度しか言わねえぞ。お前が何の成果もあげないからだ。一体何枚のレポート書いた? 一枚もないよなあ? だから出ていかされるんだよ。ちまちま俺らをいじっているだけの奴なんていらねえんだよ」
「待て! 俺は魔工整備士だ。あんたたち研究員とは役割が違うだろう! どれだけ歯車病の進行を抑えてやってると思ってんだ!!」
確かにマッドの言う通り研究レポートは一枚も出していない。
だがそれは魔工整備士という職業柄仕方のないことである。
魔工整備士はこの世界に散らばる遺跡から発見された魔道機械と人間の身体が機械化してしまう“歯車病”のメンテナンスをする職業だ。
この研究所の人間たちは魔道機械に触れ続けているからか“歯車病”患者が多いためそのメンテナンスで一日が終わることも多い。
「普通はさぁ、メンテナンスなんてすぐに終わるでしょう? それなのにいつまでも機械をいじって研究をおろそかにするなんて……」
「メリッサ、あんたまで……!」
マッドの援護射撃に現れたのは研究主任のメリッサ・ユイル。
確かにメリッサの言う通り俺は業務として一日中魔道機械を触っていることが多い。しかし歯車病を研究するこの場所では至極まっとうな行動だし、いつも所長室にこもって居眠りしかしてない奴と、ずっと髪をいじっているような奴よりよっぽどましだ。
「誰があんたらを生かしてる? 誰が研究材料のメンテしてると思ってる? 全部俺だ。あんたらがぶっ壊したやつすべてを俺一人でだ!」
「だから何だよ? メンテナンスだけで成果を何もあげないから無能って言ってんだろうが!」
「クソが……!」
「お前にメンテされても何も変わらないんだよ! ごたごた言ってんじゃねえよカス!!」
こいつらは何もわかっていない。進行する病気において何も変わらないことが最善なのだということを。
確かにメンテナンスの傍らで研究していたから成果は出しにくい。
だが毎日の仕事を完璧にこなしてもただいるだけの奴らに追放されることになるとは……。
働いている奴が働いていない奴らに蔑まれるとは、本当に世の中は理不尽だ。
「それにそもそも、あなたを雇ったのは国の意向で、実際いらない役職なんですよ」
「はあ……?」
俺の存在そのものを否定したのは技術官のルイ・バーゲストという男だ。
「人の研究成果と身体を盗み見るだけのネズミが逆によく雇われていましたよね」
「歯車病のメンテが整備士の仕事だ! 被害妄想が激しいんだよ! 無能は証拠も提出できないあんたらだろうが!」
「んだとテメエ!!」
激昂したマッドが俺の胸倉を締めあげる。
歯車病によって機械化した彼の腕の力に生身の人間が敵うはずもなく、俺は無様に釣り上げられた。
病によって力が手に入るとはなんとも皮肉だ。
「無能はお前だアイク」
「ぐっ……!」
「口だけ達者だなあ、おい!! 成果も力も権力も! 何一つない無能が偉そうに俺様に指図してんじゃねえよ!!」
気管が閉まり俺の口からはかすれた音しか漏らすことはできない。
本来は歯車病を治すべく、ともに研究し成長していく仲間だったはずだ。
ただ職業が違うだけでこれほどの差が生まれてしまった。
「もう出禁は決定事項だ。最後のはなむけだ。お前にとっておきをやるよ。ありがたく思えよ?」
マッドは片手で俺を壁に貼り付けにすると成り行きを見守っていた下っ端研究員に何かを取りに行かせた。
「このとっておきでお前もやっと俺たちの役に立てるんだぜ? うれしいよなあ!! 実験動物になるのうれしいよなあ?!」
何とか脱出を試みるが、俺の手は冷たいマッドの腕の上で滑るだけで何一つ事態は好転しない。
それにしても彼の病状は進行していないのに機械腕はけた違いの力を放っているんだが……。
まるで彼自身が強化されているように。
普通の人間では全身が機械化してもここまでの出力はないだろう。
それだけ彼が魔道機械に対して適性があるということ。
「ほら、抵抗してみろよ? じゃないと実験動物に成り下がるぜ? それともお前の首が締まるのが先かあ?」
マッドは必死にもがく俺を見て嘲笑った。
「さあ実験開始と行こうかぁ!! 失敗してもいいぜ、お前の代わりの奴なんて掃いて捨てるほどいるからなあ!! お前のようなゴミの使い道なんざ俺たちの捨て駒くらいしかねえんだよ!!」
「俺はあんたらの……思い通りには……!」
マッドの右手には人差し指サイズの注射器。当然のようにその針は俺のほうを向いていた。
「さて、これをぶち込まれたらどうなるんだろうなぁ? 死ぬかもなぁ! あははははは! ほらぶっ刺すぞ!」
「ぐはっ……! あああああああ!!!」
表情がゆがむほど激しい苦痛の中、視界に映ったのは俺の左胸に深々と刺さった注射器。
何一つ抵抗も反撃もできなかった。
本当に悔しくて、情けない。
何一つ評価されず、人格を否定され、実験動物にされてしまった。
俺の元に残ったのは手厳しい現実だけだった。
「くそ……! 歯車病もあんたらも絶対許さない……!」
──こうして、俺は機械となった左腕を抱えながら研究所を追放された。
だが、俺たちはとんでもない勘違いをしていたことに、あとから気づくことになる。
俺の左腕によって、彼らは墜ちていくことになるなんて──。
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名前 アイク・レヴィナス
職業 元魔工整備士
男 18歳
左胸から腕にかけて歯車病が進行。
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【あとがき】
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