第28話 裏方
「…もう少し分配についての仕組みを見直したほうがいいですね」
「うん。見えてないだけで、他もやってるねコレ」
今はランク差で分配の割合を決めている。高ランクになるほど高い。戦闘における貢献が高いから、という事で設定したのだが。
「逆にしようか」
「うん」
シャールとランが話し合っていると、アレックスが口を挟む。
「それだと低ランクのやつがパーティに入れてもらえないのでは?」
「…大丈夫。高ランクの者は、低ランクの者を育てないといけない、という規約があるから」
シャールが答えると、ランが意見する。
「高ランクに上がる条件に、低ランクの評価もこっそり入れよっか」
「ああ、それはいいね。低ランク者を何回入れたか、面倒見たかも加味しよう」
「町中での素行も入れれば、いいかな」
「それと、他の町や冒険者ギルドで起こした問題は例のブラックリストに載せて共有しよう」
「……」
アレックスはソファに座る。こういう場面では、ほぼシャールとランの独壇場だ。
彼は時折疑問に感じたことを言うのみ。
自分とて貴族の家に生まれて高等教育を受けたつもりだが、異界人の賢さに驚かされる。
もう一人の聖女は宰相と婚約をしたという。学校に病院、職業斡旋所なる仕組みをどんどん構築中でそれもまた納得だった。
ランにこんな事をしてるそうだぞ、と教えると「あっちにあったよ」とアッサリ言われてしまう。
2人の聖女は住む土地が全く違うというのに、ほぼ同じような知識を国民が有しているらしい。
召喚が乱発したら恐ろしいなと思ったが、チャービルの行った召喚は数百年魔力を溜めた…溜めきっていなかった神器で行われたと聞いた。もう一度召喚するにはまた数百年が必要だそうだ。
それまでに世界のどこかで眠っているという魔王が復活しないことを祈るばかりだ。
「アレックス?」
「隊長、ちゃんと話を聞いてます?」
いつの間にか2人も立ち話から移行してソファにいた。
「あ、ああ、聞いてる聞いてる。しかし、俺が隊長か…。貴族だが名家でもない、役職持ちになるとは思わなかったな」
今は試験的に警察隊というものをこの町に置き、冒険者ギルドとの役割の線引き、犯罪者の取締、王都の警備隊との連携方法などを模索、構築中だ。
こちらにも元傭兵の人がいたりする。自由度ではなく、堅実な収入と目に見えた犯罪を赦したくない人入隊していた。要は真面目な人の集団なのだ。
冒険者ギルドが出来て少々勘違いしたあらくれ者が町に来たりするので、そういった人の抑止力になったり既存の犯罪が減っているのでありがたい。
「似合うよ。制服とか」
「…支給品だ」
王都の警備隊と似たようなデザインで、明るい紺色のジャケットとズボン、そして黒いブーツだ。
日本の警察というより海外の兵隊さんの衣装のよう、とランは思ったりしている。
これを着るとかっこよく見えるので、警察隊の人は町の女子たちには非常に人気だ。
シャールが思い出し笑いをしてアレックスを見る。
「そうそう、隊長に手紙を渡そうとした女の子がいたよ」
「へぇ!?」
「やめろ。…断っただろうが」
自分はもう半分人間ではない。寿命があと500年あるのだ、とシャンメリーに改めて視てもらった所、そう言われた。
「別にいいじゃん。とっかえひっかえでさー」
「お前、何言ってるんだ!?」
「ぶっ…はっはっはっは…」
シャールは笑う。
(まだまだ、”恋愛”に発展しなさそうだなぁ。何かキッカケがないと)
2人は恋人同士になったと言うが、手を繋いで歩いているとか、甘い雰囲気になるとかが全くない。
ランの身分容姿関係ない分け隔てない接し方のせいで、彼女の真意が全く見えないのもある。
(いや、そんなもの無いのかも知れないけど)
雑談したことのあるギルド職員は「元の年齢からして結婚を諦めてたのかも?」とか「アレックスさんの態度が煮えきらない。見ててイライラする」などと言っていた。
(ここは手助けを…)
シャールはどうしようかと考えていると、アレックスがランに話しかけている。
「そうだ、蛾が増えてる」
「見回りしてきたんだ?ありがとう。どこらへん?」
色気のまったくない話に乗り、地図を出すラン。
ゆくゆくはスマホのマップのように、自分たちがどこにいるか分かるような魔道具を作りたいと思っている。作るのはシャンメリーだが。
「西の山際だ。近くに街道があるからな。討伐依頼を出したほうがいいだろう」
「了解!蛾かぁ…ちょっと上のランクのほうがいい?」
蛾といってもハンドボールくらいの大きさの、白い蛾だ。和紙のように力強い羽を持ち軽くはたいても落ちない。
「いや、トリモチなんかを使えば狩りでもいける。鱗粉は薬になるから…12歳以上、だな」
痺れ蛾というそのまんまな名前の蛾は、鱗粉を吸い込むと全身が少々しびれる。
完全に麻痺するわけではないので、子供でも数人でやれば小遣い稼ぎに狩れる。
むしろ、こういう地元密着の魔物は、昔から魔物を見ていて特製を知っている地元民が対処するほうが早かった。
「じゃあそれで。薬は対モンスター用?」
「それもあるけど、痛みが少々遠のくので怪我の治療をするまでの対処療法で使えるよ」
「へぇ、なるほど〜」
ランがメモ書きしている。
こういう地方特有の細かい情報は、この世界は全くと言っていいほど記録されていない。
知識のある医者や薬師、猟師などは知っているが口伝のみだ。
毎日聞いたことをメモしていて、既に3冊は本にしてギルドに置いている。
魔物辞典、武器辞典、防具辞典、などなどと合わせると、30冊以上にのぼっていた。
印刷技術はないが、転写魔法はある。高度な魔法なので1枚ずつコピーが出来る人と、シャンメリーのように一冊丸ごとコピー出来るものもいる。
彼女の蔵書もあり、おかげでギルドの図書室はなかなかよい品揃えになってきた。
ちなみに人工生命体を作れてしまいそうな危険な書は、王都の禁書庫に入れてもらっている。
「ん?どうぞー!」
コンコンとノックの音がしたのだ。ランが許可を出すとジゼルとモニクが入ってきた。
今朝のまま、ジゼルは人型でモニクはコボルトの姿だ。
「おかえり!」
「ただいまぁ」
身体を取り戻した二人は、前以上に素晴らしく活躍してくれた。食堂はもちろん、冒険者ギルドにも所属してくれて人材育成をしてくれている。
自分を育ててくれた事でわかってはいたが、双子は教えるのがとても上手なようだ。
(美人に教えてもらいたいもんねー)
新人たちには非常に人気で、予約が空くとすぐに埋まるほどだ。
「さっき沼でうなぎを仕留めたから、夕飯楽しみにしてな!」
「本当?やったぁ!」
セイから国内では王宮でのみ作られている醤油を貰ったのだ。
照り焼きにして食べれると想像すると、早速ヨダレが出てきそうになる。
「うなぎ?」
「アレを食うのか…?」
シャールとアレックスは渋い顔だ。
「遠征で止むに止まれぬ状態で食ったことがあるが、酷い味だったぞ」
泥臭くて泥沼魚とも呼ばれている。大きさは日本で見た物の100倍くらい大きい。
「アンタたち、下処理してないでしょ!?北側の養殖池の空きで泥抜きしてるよ。まぁ、見てなさいって!」
ニヤリと笑うジゼル。
「あれって…捌くには、でかすぎない?」
「まぁ、そこは…変身するからさ!」
変身した後のジゼルの姿はもうこの町の風物詩だ。
オークは通常人語を解さず流暢に話すこともないが、シャンメリーが魔物の身体の声帯をいじったおかげで普通に話せるし、何より薄ピンクの巨大な可愛らしい豚にしか見えない。
人の姿は美しく、豚になっても可愛らしいと評判の彼女を一目見ようと来る人もいる。
そして黒鹿亭に来た人たちの胃袋を掴むのだ。
食事の美味しさも相まって、この町に来たら一度は食べないと!という有名店になっている。
「じゃあ、夜にね」
「ええ、ヤマト国の酒もあるわよ。仕事も程々にしなよー」
「マジで!!うん、さっさと切り上げる!」
ヤマト国とは、昔、召喚された勇者だった者が目的を果たした後に、魔王が居た土地に起こした国だ。
日本っぽい食材があるのでセイが宰相にお願いして積極的に国交を行っており、最初は絹織物や装飾品だった輸入も食品が入り始めている。もちろん、味噌や日本酒などもあるので手に入れたら送りますね!とセイが言ってくれた。
「ラン、これを」
後ろでニコニコしていたモニクがはい、とランに何かをくれる。
「これは?」
小瓶の中に、小さめのビー玉のような丸い粒が入っている。色は琥珀色でとても美しい。
「エディと進めていた養蜂が成功しましてね…薬草と混ぜた蜂蜜飴が出来たんです」
「あー…疲れがちょっと飛ぶってやつ?」
「そうです、あれです」
「すごい」
疲れたから甘いものが食べたいーとしょっちゅう言っていたら、今度作ってみますと言っていた。
こんなに早く出来るとは思っていなかったが。
今日、エドワードが戻ってきたのもコレをモニクに渡すためだったようだ。
「味の感想を教えて下さい。私たちは食べすぎてよくわからなくなりましたので。その中に数種類入っています。よく見ると色が違いますから」
中身を出すと、ふんわりと蜂蜜の濃い香りが漂ってくる。宝石のようにも見えた。
「きれいだねぇ。ありがとう。レポート出すね」
「ええ、よろしくお願いします」
そう言って2人はギルトマスターの部屋を後にした。
「…相変わらず、お前に貢物が多いな」
「言い方!」
事実だが、言い方が良くない。
はたと思いだいしたシャールが言う。
「アレックスも負けてられないよ」
「なんで俺が張り合わなきゃならない」
「ほら、あれ、あげないのかい?」
「え、なに!?」
ランがキラキラした目を向けてくる。
「いや別に…」
アレックスは言い淀む。
美味い食事に、薬効のある美しい飴。拾ったものを渡すのが申し訳なくなってきた。
(どうせならもうちょっと綺麗なものを…)
「見せて!」
「うっ」
興味で目を輝かせたランの顔に、折れた。
2人の聖女は歴史上に描かれているお淑やかな聖女と違い、知的好奇心が強いらしい。
王都からもよく書物や様々な素材をエドワード商会経由で取り寄せている。
「これだ。川で、拾った」
腰につけたポシェットから取り出したのは、親指の爪ほどの石。
表面に傷はあるが、美しいすみれ色だ。
「わ、綺麗!!アレックスの目みたい!」
目の輝きで嘘じゃないことが分かる。
「見ていい?」
「プレゼントするつもりだったから、いいよ」
「どうしてお前が言うんだ」
「ありがとう、アレックス!」
ランは石を手の上に取ると、じーっと見る。
「これは…アメジストだね。てことは、近くに粘土層がある…深成岩かな…もしかしたら晶洞があるかもしれない…」
ブツブツ言っている事がよく分からない。
「洞窟なら川の上流にあったぞ。ダンジョンではなかったな。街道から遠いから、低ランクの者は行けない」
そう言うと食いついた。
「よし行こう!」
「えっ」
「うまく行けば一儲けだよ!ギルドの貯金が増える!」
低ランクの者に貸し出す武器防具も揃えられるしー、と、もう買い物リストが頭の中あるようだ。
「よし、エディのやつから金をせしめるか」
今では冒険者ギルド専属の商家となり左うちわだが、そんな時間を堪能する暇がなく国内を駆け回っている。グレースと過ごす屋敷をこの町に建てたが、週に一日居ればいいほうだった。もう半年すれば店子も増えて落ち着くと言っていたが、グレースは「性分だから」と諦めている。
「今から言ったら…夜には戻れるか」
今はまだ9時半くらいだ。昼食を持っていけばいいだろう。
「うん」
「じゃあ僕はこの規約を清書して更新しておこう。宰相殿に送って了承を得たら、各ギルドにも送っておくよ」
きっと同じような問題は発生しているだろう。
「お願いしていいの?」
ランが申し訳無さそうに言うと、シャールは笑う。
「いいよ。今日は早朝から歩きどおしで疲れたから」
「…アレックスは?疲れてない?」
彼女はギルド職員の疲れを非常に気にする。ギルド員についても、無理はしないできちんと休憩をとり、いっぱい食べて眠りなさい、とまるで母親のように繰り返している。
「大丈夫だ。これくらい、騎士団の鍛錬の比じゃない」
鎧を着たまま朝から晩まで演習を行ってたあの地獄の日々に比べたら、まったくもって自由で素晴らしいとさえ思える。
「分かった!じゃあ準備するから、ちょっと待ってて」
着替えのためにランが隣の部屋ーギルドマスターのプライベートルームへ行くと、シャールがニヤリとアレックスに言った。
「ランは鈍感だから、分かるように言うか行動したらいいそうだよ。…デート、頑張ってね」
「なっ…違う!!」
違うと言う割には耳先まで真っ赤になった、アレックスだった。
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