第29話 デート?

 森を探索するレンジャーのような軽装備で、杖を持ったランを連れてアレックスは南の街道沿いを歩いていた。

 と言ってもまだ石畳ではなく、石や木の根を掘り起こし土を固めたものだ。

 街道は王都のある北の方から順に整備されている。

「これでも…歩きやすくなった?」

「ああ」

 以前は石だらけの狭い道だし、踏みつけても潰れないような逞しい草も生えていたが、町長が冒険者に依頼をして隣村まで整備した。

 そのお陰で、馬車が通れるようになり隣村の特産の蜂蜜が手に入りやすくなり、価格も下がってくれた。 

 定期的に草むしりや魔物・獣避け薬を撒く依頼が来るので、冒険者で低ランクの者にはやりやすい仕事だし、子供の小遣い稼ぎにもなる。

 そのうち隣村から更に南下した場所にある町までの道も、整備する予定だ。

「これが石畳になるのかぁ」

「相当、あとだぞ?」

「でも寿命長いじゃん?きっと見れるよ」

 2人でテクテク歩きながら雑談をする。馬車がすれ違える広さなので、魔物が出てもわかりやすい。

 また、傭兵と比べると安く良心的で裏切られる心配のない冒険者に護衛を依頼して旅する者も増えていた。

 だいぶ安全な道になったと、隣村の村長さんが感激していたのを思い出す。

「その杖は?」

 ランが持つ杖は、ロッドよりは長いが、ステッキよりは短い。

 マットな青銀色の棒に、アイスブルーのブリリアントカットの宝石が先端についている。

 アイスロッドという振れば目の前の敵を氷漬けにできるものだ。材質は知らないが、シャールがミスリルでは?と青い顔をしていて、シャンメリーはあっさりとミスリルですね!と言っていた。

「セイからお揃い!って送り付けられてきたよ」

 何かにつけて彼女は贈り物をしてくれる。それなのに逆は要らないという。

 そんな訳にもいかないので、手作りのお菓子とともに自分の業務日誌を送っているが、今では楽しみにしてくれているそうだ。やはり、ライトノベルを読んでいた同志である。

「給料が違うから何も言わずに受け取って!って言い張るんだよ…」

「まぁ、そうだな。宰相補佐なら、一人で王都に屋敷が持ててなおかつ使用人も雇えるるほどの給料だ」

 いくつか開始している公共事業で、国内は経済的に回り始めて非常に潤っているという。それを立案した者となれば、報奨金が大量に出ているだろうとアレックスは言った。

「いや…たぶん、ガーディのお給料があるからって、事業に回してる気がする」

「さすが聖女だな」

「だよね〜。そう言ってるんだけど、違う!!って言われちゃうんだよ」

「…お前もな」

「見た目、違うでしょ?あっちは綺麗なんよ。ドレスとか様になるし」

 事実、王都にたまに行ってセイと歩いていると「あの子供はお付きの子?」とコソコソ言われた。

 レーベの町でも「これから大きくなるの?」とよく子供に質問されているのをアレックスは知っている。

 しかしシャールの助言を思い浮かべながら、アレックスは頑張った。

「そうでもない。着飾ったら…いや、そのままでも、可愛い」

「!」

 驚くランの顔が赤い。

「…ありがとう」

 にへっと笑った頭をくしゃりと撫でる。

「あ、こ、ここだ」

 木につけた目印を見て、街道を反れて草を刈りつつ森の中に入る。

(何か話さねば…)

 しかし恋人いない歴イコール年齢だ。話題が全く思いつかない。

 焦りを感じていると、ランがふと思いついたように話しかけてきた。

「そういやさ、騎士団にいた時は王都にいたんだよね」

「あ、ああ。タウンハウスにいた。王都で行事があると両親や兄弟も泊まる家だ」

 男爵家だからそれほど大きくはないが、平民の家に比べたら大きい。

「使用人とかもいたの?」

「もちろんだ」

 貴族は自分で身の回りの事をしない。

 そう、育てられてきたが…。

「だが、騎士団に入ると野営なんかもあるからな。次第に使用人に頼らなくなる」

 少しのことで使用人を呼ぶことが面倒だと思うようになった。

「やっぱりそうだよね。…普通に暮らせてるなって思って」

 叙勲で王都に行った時に、これでもかとメイドに囲まれた。貴族にはこれが普通なのだとも、セイに教えてもらった。

 しかしアレックスやシャールは自分の事は自分でやるし、広くもないアパートで一人暮らしをしているのを見て、疑問に思ったのだ。

「そうだな。騎士団をやめて最初の一年は少しだけ戸惑ったが、今のほうが気楽だな」

「ねー。下がってていいですって言わない限り、ずっといるもんね、メイドさんとか」

 主の一挙手一投足を観察し次の行動を予測し、手を差し出す。

 自分には到底できないし、やりたくもないし、させたくもないと思った。

「食事は黒鹿亭だから…洗濯は?」

「簡単なものはアパートの裏庭にある井戸近くに洗い場があるからそこでやる。あとは洗濯屋だな」

「あ、そっか。増えたもんね」

 冒険者特有の悩みだが、魔物の返り血を浴びた服は少し臭いし落ちにくい。

 エドワードに相談したら「王都には洗濯専門のお店がある」と言い、レーベの町にも作ってくれた。

 牧畜や鍛冶屋などの特定の職業や、収入が増えた町民も利用しているのだ。

「あちらではどうだったんだ?貴族はいないのか?」

「うーん…」

 皇族の事をどう話そうかと考えたが、それを説明するとなると戦前から語らねばならない。

 ランは早々に放棄した。

「いないよ。裕福な人がいて、使用人を雇ってる人はいる」

「貴族ではなくて、裕福…商人か?」

「そんな感じ。私はそういう人に雇われてた」

「エディの所のような?」

「ざっくり言えば、そう。店には出ないけどね、内部で仕事してた」

 こちらの世界では成り上がり以外は、王族や貴族が社長およびパトロンだ。

 学校が普及しだした今、そういった垣根がゆくゆくはなくなるのかも知れない。

「事務のような仕事か」

「事務…とは少し違う。職人だよ」

「えっ!」

 アレックスが目を見開いている。ランは苦笑した。

 あちらでも見た目と職種が一致しないと言われていたからだ。

「プログラマって言ってね…そうだなぁ、こっちで言えば魔道具の仕組みを考えて構築する感じ」

 ランはハードは作れないが、定年間際やシニア社員の人は今でも”はんだ”を使って作れるよ、と言っていてすごいなぁと思ったものだ。

「それは…凄くないか?」

「そ、そう?」

 魔法使いに説明すると、魔道具に溢れていた魔導王国時代の職種のようだ、と言われる。

 シャンメリーに話した所「あれは仕様纏めとユーザ対応に日程を取られて実際の構想・作成期間にしわ寄せが来て納期がきついんだよねぇ」と愚痴を言い出して、どこの世界も一緒だと笑ってしまった。

「凄いって言ってくれると、嬉しいな」

 挿げ替え上司にはいつも「何してるの?どうしてすぐ出来ないの?」と言われて何十回も繰り返し説明していたからだ。そろそろ理解したかなと思うと、次に替わってしまう。

 毎度毎度、説明の度に時間が割かれる。自分たちには引き継ぎをちゃんとやれと言うなら、上もそうしてほしい、仕事の邪魔をしないでほしいと思ったものだ。

「どうした?」

 アレックスが心配げに顔を覗き込んできた。

「あ…なんでもない。あっちのこと、思い出してた」

「良い思い出ではなさそうだな」

「上司がね、ちょっとね」

 少しだけ説明をすると、彼はクスリと笑う。

「…どこも一緒だな。騎士団には分隊があるんだが、嫌な隊長がいる部隊に配属されると酒が増える」

「あー、わかる!私はそれと甘い物!」

 だから太っていた。「痩せたらキレイなのに」と言われたらいつも「仕事減らして」と言っていた。

「甘い物、塩っけ、辛い物…しょ…どれかに逃げる」

 娼館と言いそうになったが、それは避けた。

「アレックスはどれが一番?」

「俺は酒と塩っけ、だな」

「へぇぇ。…あ、そうか。醤油が美味しいって言ってたもんね」

「ああ。アレは最高だな!」

 思い出したのか舌なめずりしている。

 醤油をセイに送ってもらい最初にやったのは、ステーキに垂らすこと。

 黒鹿亭の面々とアレックスとシャールを呼んだが、皆、うまいうまいと食べてくれた。

「そのうちいっぱい流通するようになるよ。そしたらエディに取り寄せてもらおうね」

「ああ!…そうだ」

「うん?」

「そのうちだが、二人の家を買おうと思っていてな」

「!」

 ランがびっくりして止まる。アレックスは怯まず続けた。

「食料庫は大きめにしよう。酒樽がおける地下もあるといいな」

「…う、うん。みんなも呼べる部屋もあるといいね」

 今までずっとシェアハウスのような状態だったので、急に二人きりの話をされると照れてしまう。

 つい、知り合った人々の顔を思い浮かべてしまった。

「本当にこちらへ来て数年足らずの人間とは思えないな。俺より友人が多いんじゃないか?」

 言われて、そう言えばそうだ、と思う。

「そうだねぇ…神様は、順応性が高い人を選んだのかも?」

 あちらでは毎日事務所に籠もって画面ばかり見ていたので自部署の人以外とはあまり会話がなかったが、メールでのやりとりなら百人は越えると思う。そして、こちらでは毎日誰かに話しかけられる状態だ。

 アレックスはくしゃっとランの頭を撫でた。

「無理はするなよ?聖女様」

「してないよ!…ん?」

 彼が腕を差し出しているのだ。

「エスコートだ」

(なんで森の中…)

 とは思ったが、町中では人の目があり腕など組んだことがない。

 こちらの恋人は普通にそうしているが、2人は”生まれてからずっと恋人がいなかった”、”恥ずかしがり屋”という少し残念な共通点があった。

(そっか。誰も居ないところなら…ん?)

 チラリとアレックスを見ると、耳の先が赤い。どうやら頑張ってくれているようだ。

(よし!)

 ふんす、と気合を籠めるとアレックスの腕ではなく、手を取った。

「ん!?」

「こっちがいい。歩きやすいよ?」

 照れつつ大きな手をキュッと握ると、嬉しそうに握り返してきてくれた。

 勢い余ったのか、若干、痛い。

「そ、そうだな!よし、このまま行こう」

「うんっ」

 鬱蒼と生い茂る森の中を、一組のカップルがニマニマしながら歩いている。

 それは少々、異様な光景なのだが二人はそれに気が付いていなかった。

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