第27話 それぞれ

「ギルマス、手紙届いています」

 ヤギ獣人のトーマスが手紙を差し出してくれた。ギルド用のメルルに届いたようだ。

 黒ヤギの頭をした彼だが、当然、紙なんて食べない。

「ありがと。2階にいるね。お茶はいらない」

「了解です」

 手紙を受け取り、2階にあるギルドマスターの部屋へ行く。

 途中にある図書室では、数人が熱心に本を読み込んでいた。

(よきかなよきかな)

 セイからは魔物に関する書物も送られてきて、図書室はかなり品揃えが良くなっている。

 本はシャンメリーにより複製され、各地のギルドへ送った。もちろん、シャンメリーの貸出不可の魔法は各地のギルドにも伝授されているので、持ち出すともれなく呪いが発動して動けなくなり、捕まる。

 地域特有の記録簿は王都にも複製を送っていたから、伝承は途切れなくなるだろう。

(シャンメリーかな、それともエディのおかげかな)

 ギルド員もそうだが、職員側に獣人が多い。特に獣寄りの頭を持つ獣人は他のギルドに比べて圧倒的に多かった。

 彼らもまた、偏見があり職につくのが難しかったという。

 ギルドの規約に”人種差別は絶対にしない、行わない”と盛り込んでおいて良かったと思った。

 なおランは知らないが、異形のシャンメリーや獣寄りの獣人のエドワードを見た獣人が冒険者ギルドに興味を持ち、なおかつエドワードが優秀な獣人をスカウトしている事も、ギルドに獣人が多い理由だ。

「よいしょっと」

 大きな革張りの椅子に、若干よじ登るように座った。

 それを見たアレックスとシャールにたいそう笑われたが、座り心地が良いので結局座っている。この世界の普通の椅子は人間工学に基づいた高尚な椅子ではなく、素朴な真っ平らの木製が多いのだ。

 長時間座っているとお尻も腰も痛くなる。

「おっ、セイからだ」

 手紙は丸められた羊皮紙ではなく、日本でよく見る封筒の形に封蝋をした手紙だった。

 最近はこちらがスタンダードになりつつある。

「あ、スマホの番号だ。家にも通信鏡を置いたのかな」

 中には20桁くらいの番号が書いてあるだけ。ここにかければいいらしい。

 ランは大きな机の隅にあった、A4サイズの楕円形の鏡のようなものを引っ張ってきて自分の前に設置する。

 この鏡もシャンメリーが開発したものだ。声と画像を届ける遠隔通話の魔道具である。

 ランがスマホの説明すると、昔もありましたね、とサクッと作ってくれた。

 本当に魔導文明は便利だが怖い、と思ってしまう。

(もう昔のことだけど…)

 シャンメリーももう記憶が薄れているから気にしないとは言うが、親がきちんと彼女を育てていれば、魔導文明の賢者にもなったのでは?と思ってしまう。

 異界の話を楽しそうに聞いてくれて、色々と実現してくれている。

 ちなみにこの魔道具の名前はスマホだ。事務員がスマホというとちょっとニヤけてしまうランだった。

「ていていていていっと!」

 番号を叩くと、りりりり、という鈴虫のようなコール音が鳴った後、鏡の中にセイが現れる。

「ランさん!こんにちわ!」

「こんにちわー。セイも元気そうだね」

 肌艶もよく、今日も綺麗だなぁ、と思う。

「はい!先日送って頂いた、コラーゲンクリームが良かったですね」

「ああ、あれね。すごい評判で、商会もてんてこまいだよ。今度、町の外で養殖する事に決めたよ」

 森の川に生息する鱗魚と呼ばれる可食部位が非常に少ない魚の鱗が元で、鱗だけ取ってよく洗い高温で熱すると溶けて液状になる。鱗魚が少し持つ治癒の魔力も相まって、切り傷くらいなら治せるのだ。

 ”猟師の傷薬”と呼ばれていて少々生臭いのだが、焚き火ではなく火の魔法などで、より高い温度で熱すると臭みが消えることが分かった。

 そこへ食用のバラの精油や馬油などを混ぜて女性用のクリームにしたのだ。

 初めはラベンダーの精油と馬油で傷薬として販売する予定だったが、エドワードの母グレースが女性のお肌に使えるのでは?と実験した所、とてもモチモチの肌となり、傷薬用と化粧品用と分けて販売することになった。

 なお、エドワードは冒険者ギルドの保証人だが、ランもエドワード商会の保証人となっている。

 今ではウィンウィンの関係だ。たまに忙しすぎてモニクとの時間が取れないと恨まれるが。

「夜会で皆に聞かれて宣伝しておいたけど…早かったですか?」

「大丈夫!…だと思う」

 鱗魚は繁殖力の強い魚だ。シャンメリーが堀を作ってくれたので、あっという間に増えるだろう。

 今は魚を狙ってくる大型の蛇や鳥をなんとかしなくては、と協議中だ。

「あ、本をありがとうね。他にも商売のネタになりそうな魔物がいそうだよ」

「本当ですか?良かったぁ」

 セイが聖女ばりの眩しい笑顔を振りまいている。

 今ではもう隠していない黒髪黒目に、薔薇色の頬、薄くリップを縫った唇。さすが婚約者がいるだけあるなぁと感心してしまう内側から輝くような美しさだ。

 身に纏っているのは、首元にリボンをあしらった白いブラウス、そして薄いグリーンのフレアスカート。

 上下別の衣服は組み合わせが無限大で、貴族にも好評だと聞いた。

「ん?どした?」

 セイが背後を向いて、何かを言っている。

(また、ガーディか)

 彼女の私室に宰相のガーディがいる理由は、結婚間近の恋人同士だからだ。

 彼がヤキモチを焼くくらい、手紙や物品のやり取りをしているので、いつもこうして会話中に一度は横槍をいれてくる。

 少し前に婚約したと聞いたのに、相変わらず嫉妬深い。

 2人はきちんと話し合い、今ではガーディがだいぶ日本通になっている。

 セイとは別で、日本の女性が喜びそうなプレゼントを教えろとこっそりメルルが来てたりした。

(……今日は長いな)

 思い出話に浸っていたのに、まだセイを離してくれていない。

「おい、ガーディ、いい加減にしろ。用件がまだ済んでない」

 苦情を言うと、チッという舌打ちが聞こえてきた。

「ガーディ、失礼よ」

「彼女も失礼だからこれでいい」

 そんな会話が聞こえてくる。

 ガーディは37歳の執事風イケメンだ。見るだけならとても冷静で冷ややかそうに見えるが、内心は非常に嫉妬深く俺様的な性格だ。

 だからランはアレックスの口調を真似て対応することが多い。

「ごめんなさいね」

「婚約が決まったのにねぇ」

「その…聖女だからと、いつとられるか分からないと牽制していて」

「王家公認なのに」

「ねぇ…」

 セイもため息をついている。

「で、何の連絡だった?」

「あ!そうなんです、あの、結婚式が決まりまして…」

「…それなのに、アレなの?」

「はい…」

 セイは恥ずかしそうに俯いた。

「婚約したと思ったら、もうかぁ」

 一体誰が聖女を取るんだろうか。神聖王国の神官たちの二の舞いになるというのに。

「で、いつ?」

「彼が忙しくて…来年の初夏頃です」

「ああ…まぁその、ごめんね」

 忙しいのは国の宰相という要職のせいもあるし、冒険者ギルドのためにかなり奔走してくれたからだ。

 もちろん、ランではなくセイのためだろうが。

「聖女と宰相の結婚だったら、王都は話題で持ちきりかな?」

 恥ずかしそうに顔を隠すセイ。

 かわいいーと思いつつ、気になってたことを聞く。

「そうだ、王家って…継ぐのは王女で?」

 少し前に、以前の王家の怠慢を持ち出してきた貴族に、セイが担ぎ上げられそうになったのだ。

 当然の如くガーディがその火を打ち消して、更に滅多打ちにしていたが。

「ええ。弟君もいらっしゃるけど、姉上が相応しいです!って言ったそうなの」

「へぇ〜。弟はちゃんとしてるんだね」

 ランが王都に行った際には他国に留学中で会えなかったが、とても可愛らしい男の子らしい。

 クスクスと笑うセイだ。

「でも、お兄様も…ちゃんとしたって言うのかしら?」

 困ったように言うセイ。

「いいんだよ、あれで。死ぬより…いいんじゃない」

 チャービル改めチャーシュウは、猛勉強しているし徐々に細くなっていっているとか。

 預けられた伯爵家では、元がチャービルとは誰も思ってないらしい。

「ちょっと浄化が怖くなったけど…」

「ええ、人にやるのはもうこれっきりにしたいです…」

 ほぼ、洗脳だ。二人で遠い目をする。


 やはりランとセイのスキルは召喚特典で規模が違うらしい。

 掃除からアンデット浄化、心の浄化まで幅広いセイのスキル。

 ランの魔物避けは、魔物が全く近寄れない結界を任意の範囲、場所、大きさで展開するというもの。

 常時発動で、ランがいる場所…家なら家、村なら村、町なら町の範囲は護られる。

 無敵の要塞だとシャールは称したし、王様が王宮に留めたかったのもわかると思ってしまった。


「結婚式は、どこで?」

「聖女認定を受けた大聖堂です。…そんな大層な式にしなくていいと言ったのに」

「そりゃあ聖女で王族だからねぇ」

「ランさんもですよ!」

「私はそう”見えない”から」

 痩せても背は低いし、相変わらずグラスランナーと間違われる。

「過去には異界人が王位を継いだ人もいるっていうから、ガーディとセイの子供が」

「そっちには渡しません!」

 セイが思わず叫ぶ。

 2人はもちろん、王位継承権を放棄してただの王族…という言葉は変だが、縛りのない王族となった。

「…日にちが正式に決まったら、教えてね」

 ペガサスは育休中になるから動かせないのだが、シャンメリーの魔法を使えばそこそこ時間を掛けずに行けるのが助かる。

「ええ。もちろん。…ドレスは?」

「報奨金を貰った時のやつにする」

「駄目ですよ!」

 怒られてしまった。

「じゃあ聖女認定の時のやつ」

 とてもヒラヒラした真っ白なトーガのようなものだ。しかしそれもセイに渋られる。

「私が作ってもらえるんだから、やっぱり作りましょうよ」

「いやいや、あと6ヶ月しかないし」

 この世界のドレスは糸、布からしてお手製だ。彼女のドレスも実は1年前からガーディが極秘に用意させてたという。

 聞いた時は、セイが断らない前提だよね!!と思いっきり言ってしまった。

「昔の王女殿下と体型が似ているからお直しすれば大丈夫。殿下にも許可はとってあるわ」

「ええ…」

 どうやらケチくさい性格も見抜かれていたらしい。ランは降参した。


 その時、扉を叩く音がする。

「ギルマス!!ギルド内で喧嘩っす!!」

「あーもう…」

 ランは頭を抱える。やっぱり起きる時は起きるものだ。

「ふふ、忙しそうですね。アレは役に立っています?」

「うん。大助かりだよ!」

 そう言って収納から杖を出して構える。

 先端に翼のある女神像のようなものが虹色の玉を掲げている白い杖だ。これは聖女が浄化の力を籠めたもので、各地のギルドマスターに配布されている。

 これに魔力を流すと、周囲の人や魔物たちの荒ぶる心が落ち着くという大変素晴らしいアイテムだ。

「じゃあ行ってくるね!」

「ええ、ドレスは近い内に採寸に伺いますよ!」

(うわ、忘れてなかった)

「…了解」

「では、また」

 セイが手を振りスマホの通話を切るとランも切った。

 下からドスンバタンと言う音。壁のほうが頑丈だから、人のほうが怪我するな、と思いつつランが階下に下りると、騒動はほぼ終わってた。

「アレックス、シャール、戻ったんだ」

「おう。なんだこいつらは」

 アレックスが掴み上げていたのは、有望株の青年だった。

 床に尻もちをついている少年は若葉マークがついているから新人で、青年を睨みつけている。

 最近よく目にする光景だ。

「…分配で喧嘩になったみたいだね」

 パーティ内でランク差があると、いくら討伐に尽力しても低ランクの者に配布される報酬が少なくなる。

 わざと低ランクのものを入れて報酬をぶん取る者がちらほら出てきた。

「君は…Dランクの子だね」

 騒動を起こした冒険者を見ると、目をそらした。

 そろそろCランクにあげようかと議題に上がっていた実力者だ。その子達がこんな事をしているのにがっかりする。

 というか、こういう事をしているから装備も良く、活躍しているように見えたのかも知れない。

 性善説ではないのだ、自分もまだまだ勉強が必要だなと思う。

「さて…」

 ランはこめかみをグリグリしたあと、裁決を言い渡した。

「君等は当分の間Dランク据え置き。またこんな騒動を起こした場合はランク降格もありえるよ」

 そんな、という声が聞こえたが無視した。

「双方の話し合いと、今まで不当な配分をしていた内容を調査し、差を埋めよう。…シャンメリー、あとをヨロシク」

 その言葉には諸々の内容が含まれている。

 従わない場合や暴れた場合は実力行使もオッケーということだ。

「わかりましたぁ」

 ニッコリ笑うシャンメリー。

 浄化魔法を使われて”優しい人”になった…というか幼少時に受けた不遇により蓄積された攻撃性が一旦削ぎ落とされた彼女だが、それが元々の人格であったらしい。今は新しい生活を送っているため、別の人格が生まれつつある。

(やっぱり、ドSなんだよな)

 黒い笑みを浮かべたシャンメリーに後を任せて、アレックスとシャールと相談のためにギルドマスターの部屋に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る