第17話 来訪
待ちに待った知らせが来たのは、3ヶ月後の事だった。
もう4月が目前になり、春の芽吹きを感じられる頃に使者が来るとメルルで先触れがあった。
「うう、ソワソワする」
今は昼の後の休憩時間だ。
「落ち着いて下さい。…今頃、アレックスさんたちが門で出迎えてくれています」
そして黒鹿亭まで連れてきてくれることになっている。
席を用意してお茶や菓子も用意している。用意はバッチリなのだが、落ち着かない。
今回は、使者と護衛の計2名来る予定だ。
もう一度テーブルの上の品を確認していると、ジゼルとモニクの耳が上がる。
「来た?」
「来ましたね」
「あ、アタシは奥にいるよ!」
「私も…」
ジゼルとモニクはランの「大丈夫」を振り切って、キッチンに引っ込んでしまう。
ハリソンが慌てて後を追い、ハリーはカウンター裏で待機すると言って席を立ってしまった。
(緊張するのはわかるけどさ〜)
一人残されたランも思わず隠れたくなってしまった。
なお、準備段階で散々走り回ってくれたエドワードは今日は予定が悪く、後日に結果をお知らせする予定になっている。グレースからは、「祈っているわ」とメルルが届いた。
カランコロン。
「!」
黒鹿亭の表の扉が開く。
髭を剃って髪をきっちりと整え、騎士らしい風格が増したアレックスが入ってきた。
(アレックス…)
目が合うと真剣な顔で頷いてくれる。
なお、外見を整えたのはつい先日だが、一瞬彼だと分からずに通り過ぎてしまって怒られている。
(来ちゃった、来ちゃったよ〜)
アレックスが扉を支えてシャールがエスコートして入ってきた人物を見て、ランは思わず椅子から立ち上がった。
「まさか…?」
その人物がランを見ると、驚く周囲を置き去りにして半泣きで駆け寄ってくる。
「金丘さんっ!!!良かっだ!生ぎでだぁぁぁぁ!!!」
報せを持ってきた使者は、もう一人の聖女だった。
護衛が慌てて追いかけてくる。
「わっと!」
「ご、ごんなにやづれでっ…」
抱きついてきた、久々に見る彼女の背中を優しく撫でる。金髪と青い目は変化し、銀髪に落ち着いた焦げ茶の目になっている。血色は良いから、無体な目には遭わなかったようでランはホッとした。
そして説明する。
「これは、普通に痩せただけだよ。丸尾さんも元気で、良かった…」
自分の苗字を、漢字やイントネーションがわかって呼んでくれる言葉に、更に泣き出す清子。
なんとかなだめて座ってもらい、彼女から手を握られたまま、話を聞いた。
「わ、私は…あのあとすぐに騎士と筆頭メイドさんに保護してもらえて…淑女教育をされたんです。チャービルがたくさん妨害をしてきて、攫われそうにもなりましたが…王女様が予定を切り上げて帰ってきて下さって…」
その後は王女に手厚く保護されるというか、半ば隠すように匿われたのだとか。
少しして王が戻り、王子は大変な勝手をしたとの事で廃嫡。臣下にもならずに幽閉中となった。
ここはシャールに聞いた内容と同じだ。
「自分は…この世界にはない知識があるので、宰相の補佐官をしていたんです」
そこでは清子ではなく、セイと呼ばれてたと教えてくれた。
「凄いじゃん!補佐官て」
「全然、凄くありません。守られていましたから」
そこで仕事をしていた時に、宰相の部下が困って上に上げてきたランの申請書類を目にして、魔法の判子のデザインを見て、生きてた!!!と飛び上がったそうだ。
「まぁ、これは日本人なら気がつくかぁ」
セイは赤くなってしまった目を細めて、クスリと笑う。
「そうですよ、これはこの世界にありません」
所属する者に付与される魔法の判子のデザインはもちろん、ランが行った。
桜の花びらの形に、花びらと花びらの間には黒く塗った花びらの影。
ど真ん中には、たいへんよくできました、としたかったが、いかんせん格好悪い。
だから"嵐"という一文字を入れた。
絶対に日本人にしかわからない言葉だ。
この世界に嵐を起こしたいのではなく、単に好きな漢字だからだ。
もともと父親は生まれる子供にこの漢字をあてようとしていたが、女の子だったので母親に止められたらしい。
決して某アイドルグループのことじゃない。少し悪戯好きなMCが出来る子が推しだったけども。
「はい、これをどうぞ。申請内容の受理結果になります」
セイは軽く巻かれた羊皮紙を、左手から取り出した。やはり彼女も"収納"を持っているようだ。
「うん、ありがとうございます」
緊張しつつそれを受け取り、封蝋がしてあるそれを解くと。
「ええっと………」
……文章が大変長い。アレックスとシャールも背後から覗き込んできた。
結果はどこだ、と焦って読んでいると後ろからシャールがここだよ、と指さしてくれる。
"許可する"
その4文字を見て、ランは飛び上がりのけぞったアレックスにしがみついた。
「うをっ!?」
「やったーーー!!」
驚くが受け止めるアレックス。ちなみにシャールは直前に一歩下がっていた。
ランの様子に、我が事のように嬉しそうにパチパチと手をたたく清子。
「魔法印はこれです」
セイは右手に手袋をつけてビー玉を3つ出した。
「これは?」
「管理者が許可を出した者の、体のどこかに印を刻むものです」
「ああ、あれ!判子じゃないんだね」
その言葉に笑う清子だ。
「持ち運びしないといけないのは不便ですから。…3人まで登録が可能です。どなたに?」
ランは、アレックスとシャールを見ると、頷いた。
3人は前に進み出て、そのキラキラと光る魔法印を受け取ると、染み込むように溶けた。
利き手の甲に桜マークのギルド印が現れる。場所は魔法印を持つ者だけが任意の部位へ移動出来ます、と教えてくれた。
「この印をつけた者に、冒険者ギルドが依頼を受けた仕事を託すことが可能になります」
「傭兵斡旋所と同じか」
「ええ、そうなります」
ギルドが受けた仕事をギルド員ではない者が行った場合は、処罰や罰金等を課すことが可能になる。
その償いをしない者は門衛のいるような町へ入る時に止められるし、監視対象になる。最悪投獄だ。
一応アレックスから説明を受けたが、中々怖い広範囲の魔法だ。国の認可が必要だというのも頷ける。
清子はため息をつきながらランへ伝える。
「冒険者ギルドがなかったなんて…私も初めて聞きました」
自分と同じように召喚されたから、何がしかの能力を持って冒険者になって無双しているのだとばっかり!と続けて言われた。ライトノベルでよくある、”追い出されたほうが聖女”というやつだ。
「いやいや、丸尾さんが聖女でしょ?」
「違いますよ!もう、みんなそればっかり」
モニクはカウンター裏で苦笑する。ランと全く同じ反応だ。
二人で押し付け合っている。
「私の”浄化”はお掃除にしか役に立たないスキルですし…私は金丘さんが…素晴らしい行動力といい、聖女だと思ってたんです!」
「いやいやいや。私は魔物避けくらいだから…。無双できるなら最初に王子をぶちのめしてるし!」
「…え、じゃあ一体私たちって…?」
両者の頭にはてなマークが揃ったところで、町の警鐘が鳴り響いた。
「うひゃっ!?」
「えっ!?」
護衛は厳しい顔で清子に近寄り、奥からジゼルとモニクも飛び出してきた。
「な、なんだっけこれ」
ランがアレックスを見上げると、彼は鐘の音を聞きながら答える。
「警鐘だ。この鳴らし方は…町の外に、何か来ている。おそらく、魔物だ」
「ええ!?」
どうやら魔物が押し寄せてきたらしい。
(魔物避けスキルなんじゃなかったの!)
そう思いつつシャールを見る。彼は探索魔法が使えるのだ。目を閉じてじっと集中している。
「…かなりの数の…そこまで大きくない魔物が町を取り囲むように来ているよ」
「じゃあ、ダークウルフだ。森の中に群れが点在しているからな。ここら辺で数が多いのはアイツらだ」
と、いつの間にか出てきていたハリーが言う。
「なんで、この町に…?」
「誰かが、率いている。魔力量からしてかなりの使い手だね」
そこでシャールは目を開けて、北東だ、と告げる。
セイの護衛は厳しい顔で言う。
「まさか、聖女様方を狙って?」
しかし「やいやいや、違うから」と二人して手を目の前で振っている。
「ランがいるのに、なんでよ?」
「ええ、明らかにおかしい。ただ、外壁と農地は避けていますから、ランの”魔物避け”は機能しています」
「見ないと分からんな。行ってくる」
アレックスが言うと、モニクとジゼルも声を上げる。
「私も行きましょう」
「アタシも!!」
一般人のハリー&ハリソンはお留守番で、それ以外の5人が黒鹿亭を飛び出して、ひとまず東の門へ向かった。
ドォン!という光と音が空から聞こえてくる。まるで落雷だ。
「空から魔法弾を撃ってるわね!」
「しかし弾かれている。”魔物避け”というより、もはや結界ですね。常時展開なんて、どれだけの魔力量か…」
シャールが少し呆れたようにランを見ていた。
「いいじゃん、アレがこないなら」
「そうだ。お前のスキルはかなり凄いぞ」
慰めるようにアレックスがランの頭をポンを叩く。
目をキラキラさせて清子も言った。
「凄いです!やっぱり聖女は金丘さんじゃないですか!」
「いやいやいや、違うから…」
まるで自覚のないスキルなのだ。なぜ魔法弾を弾いているのか原理も分からない。
空を見るモニクが結界を観察しつつ、考えながら言う。
「…おそらくですが、環境により形を変えた…スキルが成長したのではないでしょうか?自分を害する何かを、近寄らせないと…」
「うーん?」
「この町に来て、どう思いました?」
少し考えてから、ランは言う。
「このまま、この状態が続けばいいなって思っただけだよ」
ジゼルとモニクがやっと人らしい生活を送る事が出来たのだ。
絶対に、それを壊されたくなかった。
「では、それですね。異界人は特殊なスキルを持つと言われています。スキルが成長しても、おかしくはない」
「なるほど」
という事は。
ランは清子を見た。
「はい?」
「お掃除…浄化魔法だっけ。ひょっとして、これも化けるかも?」
モニクは頷いた。
「かもしれません。通常はアンデットの浄化ですから、可能性はあります」
「え?…え?」
空を見ていた面々は、近づくに連れてその人型に気がついた。
「あれって!」
ジゼルもロッドを構え険しい顔だ。可愛らしい顔が台無しになっている。
空を補助なしに飛び回り、魔法弾を打ち込んでいるのは。
「オッドアイ、か…」
金と紫の瞳が異様に光っている。
今になって現れた、アレックスが探していた人物だった。
(いや、好都合だ)
ジゼルとモニクがまだ呪いから開放されていない。
その時、一際大きい音が響き渡った。
門衛の姿が目に入ると、アレックスは叫ぶ。
「ジャック!!」
「大丈夫だ!…もう少し北寄りだ。そちらを頼む!」
閉じられた分厚い木の門も、外側で何やら硬質な音がする。
「分かった!」
皆が門から少し離れた場所の外壁へ辿り着くと、とてつもなく大きな岩があり外壁が崩れていた。しかし、魔物は中に入ってこない。いや、入れないのだ。
「…ハリーの予想通り、ダークウルフですね」
ガウガウワンワンと吠えてはいるが、見えない何かがあるようで嫌そうにしている。
むしろ遠ざかりたい気配も感じられたが、支配している者がそれを許さないようだ。
『ここか!…まったく、なぜ入れない!!』
黒い人影が近寄ると、崩れた壁の穴に手を伸ばすがバチッと弾かれた。
「<ライト>!!」
ランが光球を掲げると、その姿が顕わになる。少し吊り目の美しい細身の女性だ。
長い銀髪が魔法弾を撃ち込む都度、爆風に揺れている。
「な!!!!」
ジゼルが目を見開いていた。モニクもだ。
「まさか…?」
おそるおそるジゼルに聞くと、わかりやすく地団駄を踏んだ。
「よりによって!!なんで、私の体なの!!!あいつが持ち去ってたの!?」
「えっ!?」
アレックスとシャールが彼女たちを見る。
(あ、そっか。呪いって説明してたっけ)
「二人は、呪いというか…体をあの魔法使いに取られちゃってて…私も初めて見たけど…」
「そんな事が可能なのか!?」
「わかりません。しかし、現に、あの体は…ジゼルの姿です。私たちは双子です、見間違いはしません」
モニクは悔しげに言う。
昔は銀髪をポニーテールにしていて…今は下ろしているが、見慣れた姉の姿だ。
青い目は金と紫のオッドアイになっている。
「なるほど。俺が会った時は、この姿ではなかった。もっと若い姿だったが…」
「体を替えているとは、探しても見つからないはずです」
シャールも憎々しげに呟く。
そして二人は魔法使いへ近寄る。もちろん、ジゼルとモニクもだ。
流石に戦闘経験がないランとセイは、無事な建物の影に隠れるように言われて、そうしている。
音が怖いのか、セイは座り込み彼女を守るように護衛が立ちはだかっていた。
(うを〜…歯がゆい…)
セイの言った台詞ではないが、召喚された者はチートなスキルで敵をやっつけるんじゃないのかと、自問自答する。
(だいたい、体乗っ取るってどういう事?仕組みどうなってんの?)
こんな早くに魔法使いが現れると思っていなかったので、討伐方法をまだ真剣に考えていなかった。
「そうだ!」
考えていたランはセイを見る。
「浄化って…元は、対アンデッドの魔法ですよね!」
「え、ええ、まぁ」
セイもそう習ったと言う。王女の取り計らいで、魔物の前に出たことは無いので実戦経験はないが。
「あの悪い魔法使い、人の体を渡り歩いているんですよ」
「えっ!?」
「あの体も、友達の…前にいるピンクの豚の姿をしたジゼルの体みたいで」
ジゼルたちが悪い魔法使いに体を乗っ取られた話をする。
「酷い…女性を、豚さんに入れるなんて!」
当然のことながら、セイは憤慨している。
「で、人の体を渡り歩くってことは、アンデッドなんじゃ?って話したことがあって…」
森の家に居た時に、少し会話したことだ。
双子も知らない魔法だし、ランはライトノベルの知識からしか話せないが、アンデッド説が一番有力だったのだ。
「ありったけの魔力で、あの魔法使いを浄化出来ないかな?と…」
本当かどうかは本人しか分からないが、生きてる人間がそうスイスイと人の体を渡り歩くような術があるとしたら、それこそ大問題だ。この世の倫理に反している。
攻撃魔法はジゼルの体を傷つけるので駄目だが、浄化なら大丈夫な気がする。
言わんとしたことは伝わったらしい。
セイは、ジゼルの体でなんとか結界内へ入ろうと足掻いている魔法使いを見た。
「…そうですね…」
そしてジゼルと、モニクを見た後、ランを見て頷いた。
「やってみます」
「…ありがとう!」
ぎゅっと手を握るランに口を引き結び、頭を小さく横に振る。
これまでランが過ごしてきたであろう辛い日々を思うと、厄介な王子がいたとはいえ王宮で衣食住に不自由せず、ドレスを纏って過ごしてきた自分だ。何か彼女のためにしてあげたいと思う。
それに自分も召喚もされた者なのだ。
なにか出来ると信じたい…いや、やらねばならない。
「行きましょう」
セイはすっくと立ち上がると、護衛に説明をする。
当然、彼は難色を示したが、聖女に「やらなければならないんです」と言われて引き下がる。
(さすが聖女パワー)
よく分からないが、そんな事を思いつつ、ランはセイと一緒に結界まで近寄っていった。
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