第16話 突然の暴露

 ランは見知らぬ場所で目が覚めた。

 目の前のローテーブルには、ワインのボトルがたくさん転がっている。

「あれぇ?あー…飲みすぎたか…」

 しかし酒精は抜けていて頭痛はしない。シャールのマントが掛かっていて、反対側のソファで彼は寝ている。アレックスは居なかった。

 そっと起きてお礼を言いつつマントを掛けると、ワインボトルを片付ける。

 換気をしようと窓に近寄ると、怒鳴り声が聞こえきた。

「あ、マズイ、ジゼルだ!!」

 窓を開けると、表でジゼルとアレックスが対峙している。

 ジゼルはとてつもない量の魔力を練っていた。

「ぎゃああ!!大変!!」

 そう言えば、二人はまだ合わせていなかった。というか食堂が忙しくてジゼルの時間が取れなかったのだ。

 慌てて外に出ていくと、剣を構えたアレックスの後ろに頭がボサボサのランを見つけて、目が更に険しくなるジゼル。

「うちの子に何したの!?」

「しゃ、喋った!?…うちの子!?」

「ラン、こっちいらっしゃい!!ケダモノから離れて!!」

 その言葉にアレックスはカッと赤くなって反論する。

「な、何もしてないぞ!」

 その様子にジゼルだけではなくランまでもが、え、という顔をする。

 着衣の乱れがないかつい確認してしまい、アレックスに睨まれた。

「何もしてないと言ったろう!!」

「おだまり!!!」

 ジゼルは怒り心頭で魔法を練り上げ、頭上に雷雲を発生させた。

「ひょぇぇぇぇ!!??」

 被害が大きくなるし、なにより斡旋所が使えなくなる。

 ランは飛び出してジゼルに抱きついた。

「ジゼル!駄目だよ、死んじゃうよ!!」

「いいえ、いいのよ…あんたに害のある男はこの世から抹殺すべきで…!!」

「ラン!そこから離れろ!そいつはオークだぞ!?」

 ジゼルの瞳に、悲しみと怒りが沸き起こる。

「このっ…!」

「待った!…待ちなさい!」

 そこにシャールも現れて、対峙する二人の真ん中に入った。

「シャール、どけ!」

「どきなさい!怪我をさせたくない!」

 ジゼルは魔法使いだ。力を借りている精霊に近しい者に対して攻撃が出来ない。

 シャールは努めて冷静に言う。

「双方とも、剣をおさめて。…アレックス、ランには魔物避けスキルがあるだろう?」

「……」

 シャールの意図がわかり、ジゼルは雷雲を一段階、弱めた。

 アレックスは油断なくジゼルを見据えながら、シャールへ問う。

「そう聞いたが?」

「…彼女には魔物避けスキルがあるのに、避けてない。何も怖がってない、むしろ擁護している。これが意味することが分かるだろう?」

「……」

 アレックスは油断なく構え、ピンク色のオークを睨みながら考える。

 目の前のオークはランを心配して来たようだ。

 上下きっちりと服を来て、巨体に似合わないエプロンに三角巾…そこに描かれたマークには見覚えがあった。

 …それは、黒鹿亭の看板のマークで。

「まさか、お前が。…人間、か?」

 呪いを受けたという友人を救いたい、とランが言っていた。

 その事に思考が辿り着いたアレックスは、すぐさま剣をしまい片膝をついた。

「非礼を詫びる」

「あんた、騎士なの…」

「昔な」

「…そう」

 ジゼルはアレックスの真摯な態度に雷雲を散らした。ホッとするランとシャール。

「もう、心配したのよ!?」

 わしわしと抱きついたままのランの頭を撫でるジゼルだ。

「ごめんなさい。やっと申請出したから飲んじゃって…止まんなくって…」

 はたから見るとその光景は、姉妹のようだ。

 ジゼルが放つ気配は、魔物とは違う。アレックスは見た目だけで剣を抜いたことを反省した。

 そして戦闘態勢に入ったというのに全く疼かない左目を押さえ、夜明け前のことを考えていた。

「”魔物避けスキル”、か。実は万能なのか…?」

 呟いた言葉へ、傍らへ歩み寄ってきたシャールが返す。

「どうだろうね。彼女のスキルは、一般のものと少し違うと感じる」

「どうしてだ?…アイツは王都から来たろう。あそこの魔道具だぞ?」

 シャールは首を横に振る。

「…王宮にあるスキルを視る魔道具だって完全じゃないんだ。大昔の遺跡から出てきたものだし、昔にはなかったスキルや、視えないスキルもあるんじゃないかな」

「では、ランのスキルは?」

「僕個人の見解からすると、魔物を避けられる、じゃなくて、魔物が避けるんじゃないかと思う」

 そう言って彼はアレックスの左目を見た。

 百足が這うような跡が全く無くなっている。

「なるほど…”を”と”が”が違うだけで全然異なるスキルになるな」

 シャールは頷く。

「この町に彼女が来てから、中で魔物を見たことがない。周辺でも」

「!…そういえば」

 魔物が少なくなっていたから傭兵斡旋所は仕事が激減していたのだ。

「だろう?…だから、あながち間違ってはいないと思うんだ」

「”魔物が避ける”スキルか…ん?」

 ランがジゼルを連れて二人の元へやってきた。

 もう顔バレしたから、紹介したほうがいいだろうと思ったからだ。

「この人が、悪い魔法使いに…あれ?アレックス、傷がない!?」

「今更気がついたか」

 苦笑するアレックス。

 傷跡はなくなったが、魔物に数年間乗っ取られていたので、紫色の魔眼のままだ。

「ふぅん」

 ジゼルは目元を視る。少しだけ黒魔法の残滓がある。

(アイツのと、よく似てる)

「…金髪の、金紫オッドアイの魔法使い?」

 彼女がそう尋ねると、驚いたアレックスが頷いた。

「銀髪だったが…瞳の色は同じだ。ガキくさい感じだ」

 ジゼルはため息をつく。

「じゃあアタシたちと同じだね」

「あんたは、人間か」

「そうよ」

 痛ましそうにジゼルを見るアレックス。

「同情はいらないよ!…今はやっていけているしね。…この子のおかげだよ」

 ポンとランの頭を叩く。

「違うよ。そもそも二人がちゃんとしてるからだよ。誠意が伝わったんだって。町の人もいい人ばかりだし」

「その性善説はどこからくるのかな…」

 苦笑するシャール。

「アンタの目は?最近、どうなってた?」

「ここのところずっと痛くなくなっていたんだが…さっき驚く事があってな」

「やっぱり!…この子の近くにいると、衝動が収まるんだよね〜」

 ジゼルが頷きながら言うが、ランは初耳だった。

「なんの?」

「暴れだしそうになる、魔物本来の衝動だよ」

 ジゼルの言葉にアレックスも頷いている。

「満月か?」

「そうそう!同じだね!まったく…」

「???…で、アレックスの傷跡は?」

 よく分からないが収まってるのは良いことだ。ランが新たに質問をすると、アレックスは笑う。

「お前が剥がしたんだぞ」

「はい?」

「かさぶたを剥がすようにな」

「え?私が?」

「ああ、酔っ払ってたが…」

 中に居たのはムカデのような魔物で、粉のように空中に溶けて消えたと説明すると、ランは自分の手を気持ち悪そうに見ている。

「でも、私そんなスキルないよ?」

「魔物避けスキルだよ」

 シャールが助け舟を出すが、ランは首を捻る。

「魔物を避けられるスキルでしょ?」

 しかし、アレックスは問う。

「お前、魔物を見たことないだろう?」

「え?まぁ…うん。見たことない。死んだやつしか」

 素材や道具に加工された物しか見たことがない。

「やっぱり。…魔物を避けられるスキルじゃなくて、魔物が避けていくスキルなんだよ」

 シャールに言われるがピンとこない。

「…そうなると、どうなるの?」

「君がいるだけで、魔物が町に来ない」

 首を傾げるラン。原理がわからない。

「薄い結界が…町の周囲までドーム状に覆っていると思ってくれればいいかな」

「へぇ〜」

 完全に他人事のランだ。逆に感心している。

「聖女と呼べる程のスキルだね」

 そうシャールが言うと、ランは苦笑する。

「そりゃないよ。聖女はもう一人のモガっ」

 ジゼルが口を塞ぐが、アレックスとシャールはランの口元に釘付けだ。

(ありゃ、しまった…)

 チラリとジゼルを見ると、呆れた顔をしていた。

 そして肩をすくめて提案した。

「ちょっと中に入れてくれる?」

「あ、ああ、そうだな」

 二人を斡旋所へ招き入れて、応接室へと入る。箱に入ったカラの酒瓶がたくさんあったのでジゼルは呆れた顔をした。見た目に騙されて、ランがここまで飲んべぇだと思っていなかったのだ。

 ランとジゼル、アレックスとシャールが対面に座った。

「話す?」

「…しかないでしょう!潮時だよ。知ってもらったほうがいいんじゃない?」

「うん」

 ランはチョーカーを外す。

「「!!!!???」」

 アレックスとシャールは口をぽかんと開けた。

 ランの髪や目が、黒く変化したからだ。

「まさか、勇者…いや、聖女か?」

「違うよ。私は追い出されたと言ったでしょ」

 かいつまんで、あの日のことを話す。それほど時間は経っていないはずだが、もう遠い昔になってしまった。

 アレックスもシャールも、あのクソ王子、と呟いていた。

「もう一人いて、その子が心配で」

 シャールがそれなら、と口を開く。

「…その子のことはわからないけど、王女に保護されている人がいるとは聞いたね」

「本当!?じゃあ、きっとそうだ。良かったぁ」

 身を乗り出しかけたランは、シャールのもたらした朗報にソファへ背中を預けた。

「あ、あと、王子は王子じゃなくなったみたいだよ」

「へ?」

「どうしてだ?」

 これにはアレックスもシャールを見る。

「先日、王都の友人に頼んでいた調査結果が届いたんだけど、ついでのニュースに書いてあった。廃嫡されたんだ」

「廃嫡?」

 ランがジゼルを見ると、ただの一市民になるってことだよ、と教えてくれるがライトノベルによくある単語なので知っている。

「そうじゃなくて、よくあることなの?」

「あるわけない!前代未聞、くらいよ」

「そう、しかも普通は臣下に下ったりするのだけど、それもない。…今は城の離れに幽閉中だってさ。町に出たら何をしでかすかわからないからね」

 そう進言したのは切れ者の王女様らしい。

「王女様かー、見てみたかったなぁ」

「ランが王都に居た頃は…たしか別の国へ外遊に行ってたはずだ。功を焦ったんだろう。自分を磨いていればいいものを」

 アレックスの暗い笑顔に、無茶振りとかあったのかな、とランは思った。

「ま、とりあえず私は聖女でも勇者でもないからね」

 ランはチョーカーをつけるといつもの姿に戻る。

「いいのか…?保護は…」

 アレックスとシャールは顔を見合わせて訴えるが、ジゼルの視線が突き刺さる。

「追い出されたと言ったでしょう!連れて行った所で、門前払いだわ。それに、どれだけ時間をかけて調べられることか!」

「そうそうー。だから、ギルド作って実績を積もうと思って」

 悪い魔法使いを見つける事も大事だが、有名になって王城に入れるようになる事も大事なのだ。

「…分かった分かった。お前は影のギルド長、灰緑の髪に、ピンクの目だ。…ギルドがでかくなったら、そのうち王都に凱旋しよう」

 ニヤリと笑うアレックスに、ジゼルもあら!と呟いてニヤリと笑う。

「それならいいわ。気が合うわね!」

「ああ。俺も伊達に5年も魔物を宿してない」

 薄く笑う二人にドン引きしたランはシャールに助けを求めるが、彼は苦笑しながら首を横に振るのだった。

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