第15話 救い
「場所は?」
「ここを使わせてもらおうと思ってる。…駄目?」
「駄目じゃないが」
「…いいんじゃない?冒険者ギルドができたら、傭兵斡旋所は正直いらないと思う」
今日は傭兵斡旋所の応接室で打ち合わせだ。
冒険者ギルドの拠点には、今、傭兵斡旋所がある建物を使わせてもらう事にする。
(髪、切ったのかな…?)
アレックスがボサボサだった髪を少し整えていた。後ろになでつけていて前よりは顔がよく見える。髭はそのままなので、まだ山賊の親分感が抜けない。
「他の皆は?」
今日は、以前入り口入ってすぐのフロアでゴロゴロしていた人たちは居なかった。
「説明して、残りたい奴だけ残っている」
見た目が悪い、依頼に来た人が怯える、ということで受付人員を残して他は別の建物に待機させていると、先日に説明を受けた。
「それは聞いたよ、それ以外の人は?どうなったの?」
「様子見だな。雪が降る前に他の町へ行った奴もいる」
つい先日、雪がちらつき始めた。
部屋の中の暖炉がありがたく感じる季節だ。あるのと無いのとでは全然違う。
「元々、ここって何の建物なの?」
「元々も何も、傭兵斡旋所だ。町長が持ち主の建物だぞ?」
エドワードは仲介業者だという。
「先日、そのまま貸してくれると言ってたでしょう」
アレックスとシャールが呆れたように言う。
「そうだっけ?…ちょっと色々ごっちゃになってきてて」
「しっかりしろよ?もう少しで申請ができるんだから」
「うん」
話している内にすっかり打ち解け、3人は昔からの友達のような状態で話している。
「えーっと、カウンターが2つ?」
「3つあるよ。受付用に2つしか使ってなかったから閉じていたんだ」
薄い明かりしかないフロアは改装し、隅々まで照らすようにして掃除もしてある。
それだけで入り辛さが激減したと思ったランだ。
「1階は会議室2つに応接室がここ、2階には応接室と物置部屋と仮眠室が1つずつあるよ」
「じゃあ2階にギルド長室と図書室で…1階の会議室は1つを職員室にするね」
紙に間取り描いて、そこへ書き込んでいく。
「図書室?」
「うん。近隣の魔物の情報、ダンジョンの情報、木や草など採取物の情報…とにかくなんでもいいから、情報を蓄積して置く部屋」
アレックスは納得して頷いた。
「…なるほど。口伝だと途絶えるからな」
「そうそう。採取する薬草の情報を職員がいちいち説明するのも大変だし、間違えたらヤバイ」
受付窓口の負担と一組の滞在時間はなるべく減らしたい。
薬草辞典などは、モニクと相談して既に書き始めて貰っているし、エドワードにもお取り寄せしてもらう予定だ。
「魔法の本もあったほうがいい?」
「え!あるの?…それなら嬉しい。エディに取り寄せてもらうけど、私が持っているのは寄付する予定なんだ」
「じゃあ僕の本も置いておこう」
「…俺が持っているのは、兵法くらいだが…」
「そういうのでもいいよ。スタンピードが発生した時に役立つでしょ」
数十年前に一度発生して、町に押し寄せたことがあるそうだ。
この町は壁があったので人的被害はなかったが、畑の作物は食い荒らされたし、近隣の村は壊滅状態の場所もあったとか。
町長は冒険者ギルドの話を聞いて真っ先にその話をしてくれた。
「では寄付しよう。捨てるのは勿体ないが、持っているのも邪魔でな」
「わかる。そういう本って結構みんなあると思うんだよね。食堂で集めようかな」
不要な本を引き取りますと張り紙をすれば、結構集まりそうだ。
その事もメモに書きとめる。
「…そういうのは申請が通ってからにしろ。内容は確認したが、俺は問題ない」
「シャールは?」
「年齢制限がねぇ…12歳は少し若いかな、と…」
「やっぱり?」
「しかし、植物採集くらいは出来るだろう?」
「…年齢により依頼を制限する、としたほうがいいね。地域差はあるだろうけど、採集と罠での小動物の刈りくらいだ。海辺の町だと釣りとか」
「心配なら…親の許可、もしくは後見人の許可…そういう人も居なければ、ギルド長が見定める、でどう?」
「それなら、いいかな」
「じゃあそれで!」
ランは規則の内容を一部訂正する。
「一応、状況により改訂もありますって書いておくね」
「ああ。最初からうまくいくなんて、まず無いからな。ただ、改訂する場合は、届け出が必要だぞ」
「うん、分かってる」
自由に改訂出来てしまうのなら、それこそヤ◯ザのような組織が出来てしまう。
しかし規則はあっても護られていない傭兵斡旋所はどうなのかと、少し思ってしまった。
「申請元の住所は二人が住んでるところ?」
「…借りている家だからな…」
アレックスとシャールは、傭兵斡旋所の裏手にある小さな一軒家を借りている。
雇っている仲間は、町外れに大きな家をアレックスが借りてそこへ住まわせているらしい。
費用は全て、騎士時代の稼ぎが元だ。それも引っ越しなどを経て心許なくなってきたそうなので、早めに家を買い上げるのがいいかもしれない。
「じゃあ、黒鹿亭にしようか?」
あそこなら全員が留守になるという事は、まず無い。
「そうだな。そこにしておいてくれ」
「了解!…これから清書して、明日申請する」
「とうとうだねぇ」
二人の前でやらないかと宣言してから、3週間程経過している。もう12月中旬だ。
「大丈夫かな、ドキドキしてきた」
「新設だからな。俺もどうなるか、分からん」
傭兵斡旋所は、元々ある仕組みだ。
アレックスが王都を出る際に知り合いの伝手を頼って取得した資格だという。
「審査が入るだろうけど…僕たちの名前だから、ある程度は融通が利くと思う」
「うん、エディの名前も、町長の名前も入るし…」
責任者はアレックス、次いでシャール、町長代理のラッドマン、エドワード商会だ。
自分の名前は5番目になってしまった。言い出しっぺなのに申し訳ないが、知名度ゼロなので仕方ない。
書いた名前は、ラン・ゴールドヒル。笑うしかない。金丘の英語版だ。誰も笑ってくれないのがちょっぴり切なかった。
「問題は、誰も判断がつかずに上へ上へ流れて、宰相や王族の目に止まる事だろうね」
「うっわ。アイツだったら絶対却下だ」
「調べたけどチャービル王子は公務をしていないそうだよ。そこは安心して」
シャールがクスクスと笑う。
「まぁ、合格するまで何度も申請すればいい。その考えたほうが、気が楽だ」
「そうだけど…みんなの名前を借りてるから…」
「大丈夫だよ。そう、すんなり行くと思ってないから」
「……。そんなに変な申請じゃないと思うんだけど……」
むしろなぜ冒険者ギルドがこの世界に無いのかと言いたいくらいだ。
「変ではないけど、斬新だよ」
「うぐぐ…」
その日は早々に打ち合わせを終えて、エドワードに用意してもらった上質な紙を使い、会議室でギルド規則を清書する。
申請のための嘆願…というか、説明書きの内容は特別文字の綺麗なシャールに清書してもらい、祈りを込めてメルルに託す。
なお、却下されたらアレックスの傭兵斡旋所をそのまま使い、無認可で営業をして実績を上げて再度申請するつもりだ。
(うまく行きますように…!)
ランの手を離れたメルル。その後は祈るしかなかった。
◆◆◆
王都への申請後、浮かれて乾杯したその夜は、満月だった。
(しまった。忘れていた…)
夜半に起きたアレックスは、窓の外に輝く月を見て呻く。
今まであれほど気をつけていたというのに、ここの所忙しく、そして楽しくて忘れていた。
(…しかし、問題ないな)
以前ほど酷くない、と思う。じわりじわりと微かな鈍痛があるのみ。
王都の神官には呪いに負けないよう気を張っていれば問題ない、と言われてずっとそうしていたが、どうやら違うらしい。
さわって分かるほど傷跡が薄くなっている。埋め込まれた魔物が弱った証拠だ。
(コイツを考えれば考えるほど、育ち、痛みが増すのか…)
今更ながらに気がつく。気がつくのが遅すぎた。
「…ふぅ」
シャールは反対側のソファでスヤスヤ寝ている。元部下の、あんな気の抜けきった寝顔を見るのは久々だ。
(苦労させてしまったな…)
長い寿命なのだからアウトローを体験してみるのもいい、と言ってついてきた。
このあとはさらに、アウトローになるかもしれないが。
ふと、何かの目線を感じて下を見ると、ローテーブルの下に潜り込んで寝ていたランがこちらを見ていた。じーっと左目を見ている。
正確には傷跡を。
半眼で酔いが抜けていないようだ。
(ソファに、寝かすか)
さすがに女性を床に転がしたままなのは寝覚めが悪い。
「おいラン、こっちに寝ろ」
腕を取って軽い体を引きずり出す。
なんだか猫のようだ、と思いつつ太ももの上に乗せたのが悪かった。
彼女はすっと手をのばすと、何気なくアレックスの傷に手を触れて微かに蠢いたそれを、まるでかさぶたを剥がすようにぺりっと剥ぎ取った。
「なっ!?」
「かさぶたとったど〜!!」
長いよ!と自慢げに見せてくる。
「お、おい!ラン!」
その手にはムカデのような魔物がぶら下がり、ピクピクと痙攣していた。
(酔っ払ってるからこれ持ってるんだよな!?)
ムカデを取ろうとするがランはひょいひょい避けてしまう。
どうすりゃいいんだと見ていると、ムカデがついにダランと真っ直ぐになった。
「!」
そして端から霞のように消えていく。
神官にはただの魔物じゃない、と言われたが、こんなのは見たことがない。
やがて消えたそれを探すラン。
「あれー?…取った?せっかく長いのとれたのに〜」
むすぅとした顔で言うラン。酒臭い。
「かさぶたじゃない、あれが何かお前わかって」
「落とした?」
その白い手がアレックスの下半身をペタペタと触る。
「こ、こら、やめろ!」
呪いを受けてからというもの、見た目もあるがその痛みが気になり娼館なども全く行かなくなってしまった。
目の疼きから…体中を蝕む違和感から開放されて、抑圧されていた様々な感覚が戻ってきている。
つまり。
「あ、あった〜…ん?でっかい?」
ランの手が掴むのは、とてもまずいもので。
思わず彼女を掴み反転してソファに押し付ける。自分は覆いかぶさる形だが、もちろん腰は引いている。
いや、引けている。
「ぐっ…」
無邪気で子供に見える時もあるが、子供ではない。そして友人にする事ではないと思った所で首を捻る。
(…俺とランは、一体どういう関係だ??)
目の前のランは目を回したらしく、くったりと気絶していた。
(まつ毛が、長い)
その細い顎やうなじ、半開きの唇は、やっぱり女性特有のまろさを持っていて。
(な、何を考えてる)
慌てて頭を振り、気配を感じて横をみると、ニマニマと口角を上げたシャールがこちらを見ていた。
「ちっ違うからな!!」
「何も言ってないよ?」
「飲みすぎただけだ!」
「だから言ってないって」
「頭、冷やしてくる!」
そのままドアへ走っていく。
「もう、意識し過ぎだよ…」
クスクス笑うシャールの声は、荒々しく出て行ったアレックスには届かない。
のそりとシャールは立ち上がる。
「……」
ほのかに輝く、ランの体。
「…ただの”魔物避け”スキルじゃ、ないって事か」
マントを脱ぎ、ランにそっと掛ける。
「ありがとう、アレックスを救ってくれて…」
そっと額に口づけを落とす。エルフの一族に伝わる祝福だ。緑の光はキラリと光り、額に吸い込まれいった。
「ついでに、あの人を貰ってくれませんかねぇ、婿にでも」
しかし返事はなく、室内にはランの穏やかな寝息が響き渡るだけだった。
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