第14話 母と子 2

「ようこそ、エドワード商会へ!」

「こんにちわ、エドワードさん」

 エドワードはモニクの重そうな鞄をすぐに預かった。

「モニクさんですね、はじめまして。噂はかねがね…本当にお可愛らしい」

(私と態度違くない?)

 初対面と先程の接待とは全く異なる、柔らかい笑顔に態度。

 もしかしたら、"獣人の獣より"設定にしたモニクに親近感を覚えて、以前から気になっていたのかもしれない。

 ランよりも少し背の低いエドワードが、更に拳2つ分くらい小さなモニクを気遣うようにエスコートして、鞄を持って先頭を歩く。

 ムッとするよりは、微笑ましく思ってしまった。

(でもごめんよ〜。モニクは人間なんだよ〜…)

 少し申し訳なくなってしまったランだ。

 モニクは歩きながら状態を尋ねている。

「お母様は、具合が悪くなられてどれほどでしょうか?」

「もう…そうですね、4年になりますか。王都の屋敷にいた時からでしたから…」

 という事は誤診ではなさそうだ。一体なんだというのだろう?

 廊下や階段を歩きつつ、モニクはエドワードに母親に関する食生活や嗜好、今までに行った治療などを聞いている。ランは邪魔にならないように無言でついて行った。

 エドワードが2階にある居住区の一室のドアをノックすると、どうぞ、と儚い声がする。

「母上、薬師の方をお連れしました」

 母親はベッドの上で大きな枕を背に起き上がっていたが、モニクを見るなり頬に赤みがさした。

「まぁ!可愛らしいお嬢さんね!」

(ひょっとして、女の子とか連れてきた事ないのかな…?)

 なお、背後にいるランは風景のようだ。

(つーか、めっちゃ美人〜!)

 パッと見た感じで日本の漫画に出てくる、お色気のある美女の姿が定番の九尾の狐を思い出してしまう。

 白くなめらかな肌に薄い金色のストレートの長い髪、黄金の尖った耳。布団の隙間からはやっぱり黄金のフサフサとした尻尾が見え隠れしていた。エドワードと同じで先っぽが白い。

 かなり痩せてしまっているが、肉がついたらもっともっと綺麗になるのだろう。

 ボリュームのあるガウンを着ていて、それがとても様になっている。

「わたくしはグレースと申します。エディ…エドワードの母です。…まぁまぁ、貴女が先生なのかしら?」

「いえ、薬師ですので…モニクと申します」

「それでも凄いわ。女性なのに」

 裁縫・料理・お世話系以外で手に職を持つ女性は珍しいそうだ。

「2人とも、少し後ろを向いていて下さい」

「あっはい」

「分かりました」

 おそらく肺の病と聞いているので、胸元を診察するのだろう。2人は慌てて回れ右をした。

「あら、耳を当てて音を聞くの?」

「はい。聴診器はございませんので…申し訳ありません」

 おそらくケモミミを胸にあてて当てて肺の音を聞いているのだろう。

「大丈夫よ。こうしていると、エディが子供の頃を思い出すわぁ。なかなか乳離れが出来なくってねぇ」

 その会話にいたたまれなくなったのか、エドワードはイカ耳になり、更に両手を上げて耳を塞いでいた。

「いっつも甘えていて私の後を、尻尾を掴んで歩いていて…将来は私とけっ」

 なんとなく聞いてはいけない気がして、ランも耳を塞いだ。

 しばらくして、モニクが少し大きな声で「もういいですよ」と言ってくれた。

「どうかしら?」

「そうですね…肺病にあるはずの音はないですね」

「あらまぁ」

 おっとりした声でグレースは呟いた。

「王都の高名なお医者様が誤診というのは無いと思いますので、もしかしたら、肺病が治った後に別の病に移行したのかもしれません」

 その言葉にバッとエドワードが身を乗り出す。

「そ、それはなんの病気ですか!?薬は!!」

「…エディ、落ち着きなさい」

 母親にたしなめられて、エドワードはハッとする。

「す、すみません」

「いえ。…食事内容や、嗜好から考えまして、脚気ですね」

 日本でも歴史上に度々出てくる病だ。

(ほぉ〜…てことはハリーも?)

 ハリーは一見人間にしか見えないが犬獣人の親を持つ。そして目の前の女性は狐獣人。

 もしかしたら獣人がなりやすいのかもしれない。

「かっけ?」

「はい。牛肉、お酒がお好きなようですし、パンもよく精製された白いパンを食べていますよね」

「え?は、はい」

 急に食事のことを指摘されて、エドワードは戸惑ったように頷く。

「航海をする方たちに多い病で、限定した食生活を行っているとなりやすいです」

(なるほど…)

 魔物になる前、ジゼルとモニクは港町に居たという。

 そこでモニクは知識を培ったのかもしれない。

「獣人や彼らの血が入っている方で、嗜好が偏よるとなりやすいのですよ」

「私もですか…。で、では治療法は…?」

 チラリとモニクがこちらを見る。

 ランは頷いた。病気の治療を駆け引きには使いたくない。

「…食事療法が主ですね。それと、グレース様は日に当たり散歩された方が良いかと。骨も細く弱くなっています」

「あらまぁ」

 自分の診断なのにグレースは口元を隠しただけだ。

「ええ…そんな…」

 エドワードの方がショックを受けている。

「だから過保護だと言ったのに」

 治るまでは部屋を出さないようにと、エドワードはメイドに伝えていたそうだ。

 逆効果とも言える指示に、グレースは責めもせずコロコロと笑っていた。

 モニクはエドワードに、豚や猪系統のお肉と、魚、野菜、果物を満遍なく取るように伝える。酸味のある食べ物と全粒粉の穀物を使ったパンも良いと言うと、彼は真剣に聞いてメモをしていた。

「私が分かる範疇で良かったです」

「…本当にすみません…お手数をおかけしました」

 耳が垂れしょんぼりしたエドワードにモニクは言う。

「お母様を大事に思う気持ちはよく分かります。大切な方ほど、判断がし辛いですから」

(うんうん)

 モニクの言葉に置物と化していたランも大きく頷く。

 飼っていた犬の晩年は、母が好きな物を食べさせまくって太らせてしまい、獣医さんに非常に怒られていたのを思い出したからだ。口が裂けても言えないが。

「そうですね…母と話し合うべきでした」

「ええ。それと、分からない事は…不安に思う事は、相談すべきです。他者を頼ったほうが現状を変えられる。…私は元、人間でした。これは、コボルトの姿」

「…え?」

「モニク!」

 ランは思わず叫んだが、モニクに手で制された。

 エドワードは細い目を見開いて、琥珀色の揺れる目をモニクに向ける。

「ジゼルとともに、ある魔法使いによりこの姿にされたのです。以来、森に隠れていましたが…2人の世界では、すぐに限界が来ます。他と関わり合うのは大変勇気が必要とする事ですが…しかしそこへ、彼女が現れた」

 モニクは真っ直ぐにエドワードの背後にいるランを見た。

「彼女は不思議な人ですよ。巻き込まれると、もれなく楽しくなります。忙しくもなりますが、儲かりますよ?」

 ニコリと笑うモニクに、ランは思わず苦笑した。

「モニク…」

(確かに巻き込んだし、儲かってはいるけど…)

 エドワードはモニクとランを交互に見た。

 次に母親を見てから、一つ頷いた。

 最後にランをじっと見る。

「…分かりました。診察して頂いた謝礼もございますし、名をお貸しいたしましょう」

「貸す??」

「王都への申請の際は、私の名前を入れて下さい。これでも、財務や産業を担う省庁に名前は知られています」

「えっ、凄いね!」

 微笑みつつエドワードは暴露する。

「…凄くはないです。高等学校の先生がそちらにおられるので…」

「いやいや、そういう人に習ってたんでしょ?凄いって」

「…ありがとうございます。私の名があれば、子供の遊びとは思われないでしょう」

「!」

(…冒険者ギルド発足って、そんなに現実からかけ離れてた?)

 そう思っていると、エドワードは苦笑した。

「王都の方は保守的なのですよ。上に行くほど…財力があるほど、現状で満足してしまっていて…新しい事に手を出すのを恐れる。とってつけたような理由をつけて、潰す」

 彼の父親のことを言っているのだろうか、エドワードは少し顔を伏せた。

「行商は楽しいのですが…そろそろ限界を感じていました。私は…僕は、母上の側に、居たい」

「エディ」

 見守っていたグレースが驚いたような、嬉しいような声を上げる。

(そっか…お母さんも…エドワードさんに一緒に居てほしいけど、そう言えなかったのかな)

 4年前からと言っていたから、エドワードが15歳の頃から、彼が自分のために薬代を稼ぐ姿を見ている。

 二人共、お互いを想ってずっと我慢していたのだろう。

「それに、申請が通ってから参加するなど…男らしくなかった。ですから、挽回させて下さい」

 エドワードはニッと笑った。

 これは断るなんてとんでもないと考えたランは、負けじとニカッと笑う。

「じゃあ、商談成立ですね!申請、頑張りますよ!」

「ええ。損はさせませんよ」

 ニヤリと笑うエドワードは、とても楽しそうだった。

 少し行き違いがあった親子はこれから話し合いをする、との事なのでモニクはフルーツベースのハーブティーを置いて、ランと共に商会をあとにする。

 黒鹿亭に戻る道すがら、ランはたずねた。

「…言っちゃってよかったの?」

「はい。以前はこの姿は嫌いだったのですが…貴女や皆に褒められるうちに、そうでもなくなってきたんですよ。むしろ愛着が湧いてきました」

 コボルトの姿にされ、もう二度と町の中で…人の中で生活など出来ないと思っていたと言う。

「お互い、"それとは見えない"とは言っていたのですが、勇気がなくて…やはり第三者の意見は必要です。その事を伝えるためにも、本当の事を言いエドワードさんに伝えたかったのです」

 ギルド発足の手伝いまでしてくれるとは思いませんでしたが、と言う。

「…そうだ。冒険者ギルドって、そんなに非現実的だった?」

「はい。聞いた時は突拍子もない、と思いましたが、最近はそうでもないです」

「マジかぁ…」

「大丈夫ですよ。停滞した狭い世界から抜け出したい、と思っている方は存外に多いです」

「まぁね〜…黒鹿亭も然り、傭兵斡旋所も然り、エドワード商会も然り、か…」

 それを取り巻く人たちもだ。

「それと、町長も恐らく」

「え?」

「…聞いた話では、代替わりする理由が、過疎を止めるためだそうです」

「うっわ、久々に聞いたその言葉!」

「あちらでもありますか?」

「うん。あるある。どこにでもあるんだねぇ」

「ここは農業と牧畜が主ですから…冬場は仕事の手も止まりやすい。出稼ぎに出た者が戻らないそうです」

「だろうね」

 冬に小銭を稼ぐ場所もなければ、溜め込んだ金を使うカジノのような遊ぶ場所もないし、お姉さんのいる店もない。長閑で静かだが、若者には退屈な町なのだ。

 働く人が減り、一世帯の収入が減れば、税金という名の収入がどんどん減っていく。

 このモニクの話通り、後日にアレックスシャール、そしてエドワードを連れて町長の屋敷へ事前説明に行ったが、春に代替わりするという次期町長のハツラツとしたラッドマンから「申請にはぜひ自分の名前も載せてくれ!」と言われたのだった。

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