第7話 町へ
その日、ランは町へ来ていた。レーベの町という名だ。
こぢんまりしているが、生活するのに支障ない程度の店も揃っている。
森の中の家からは片道3時間ほど。同じかそれ以上遠い他の町や村も一度確認しに行ったが「ここだ」とランは感じた。
魔物の襲撃から町を護るようにレンガ造りの壁がぐるりと外周を覆っているし、門衛もきちんといて、その人物からして人が良かった。だからモニクも買い物をする際はここへ来ていたらしい。
町の外にある畑と牧畜と、森の恵みでなりたつ静かな町。
(ダンジョンってのもポイントが高い)
町からそう遠くない森の中にダンジョンがあり、一部の人がそこに潜って生計を立てているようだ。
そんな人がいるなら、ギルドを立ち上げたら取り込めるかもしれないと考える。
決意してから5ヶ月。召喚されてか6ヶ月が過ぎており今は10月だ。駄目でも大丈夫、と双子に言われているが冬は積雪がある地域だそうで、森の実りもないし動物も眠りにつく。
冬になり雪が降る前に町へ…双子とともに住みたいと思っていた。
「まずは、空き家がないかなっと」
町の真ん中に広場があり、放射状に伸びた路に対して店や家が立ち並ぶ。
北側のどんつきに町長の屋敷があるがそこまで大きくない。権力を振りかざすような人でもなく、余所者でもきちんと家代を払えば届け出なく住める、と門衛が親切に教えてくれた。
(痩せたからかな…)
双子は可愛くなったわねぇ、と言うが鏡がないので今ひとつ分からない。
あれだけあった体の余分な脂肪が削げ落ちて、筋肉がつき始めているのだ。王都で購入した服はブカブカになりモニクに詰めて貰った。その時は「もう太れない」と思ってしまったが。
今日は伸ばしたままの髪をモニクが結ってくれて、頭の後ろに纏めてある。もう既に見慣れたモスグリーンの髪色だ。
「やっぱ好条件の物件ないなぁ」
空き家は管理している人がまちまちのようで、建物自体に札が掛かっている。
よさそうな建物は”商談中”と上から板が貼り付けられていた。
(お金はあるから高い家も大丈夫だな)
家の価格は広場に面した場所ほど高い。金貨1枚のボロボロのワンルームから、2階建てのしっかりした家が10枚くらい。貸家ももちろんある。町長の屋敷の周囲も高価だが、訪ねてみたら町長の家を警備する人がいるから治安がいいらしい。なるほど、と思ったランだった。
「こっちはお店通り…あ、食堂ある」
店が多いからお店通りらしいが、他の通りにもお店はある。
この通りには古くからある店が多く、建物もそこそこ大きいようだ。
食堂らしき店には、”黒鹿亭”と看板が掛けられていた。
「……食堂、だよね」
広間に面しているのに、閑古鳥が鳴いている。
古いが掃除はきちんと行き届いているし、そっと中を伺えばテーブルも多く一人向けのカウンターもある。
なぜだ、と思い興味に駆られて入ってみる。
「いらっしゃいませ」
少し長い赤毛を後ろで結わえた、20代くらいの男性が嬉しそうにこちらを見た。店員は彼しか居ないようだ。
しかし食堂によくある、”良い匂い”が全くしない。
「旅の者ですが…今日のおすすめはなんでしょう?」
無難に聞いてみると、青年が困ったように言う。
「すみません、今はそれやってなくて…固定で、スープとパンとサラダです」
「じゃあ、それをお願いします」
空いているテーブルに座るが、隅のテーブルに一組いるだけだ。
しかも食事は既に終わっていて水だけで話し込んでいる。座る場所だけに使われている、完全に駄目な食堂の典型だ。
(店構えはいいのに…?)
少しすると、青年がお盆に食事を乗せてやってくる。
「……」
至近距離でも、良い匂いがしない。むしろムワッとした何かが迫ってきた。
「ごゆっくりどうぞ」
接客は申し分ないのに、食事がダメそうである。
食堂なのにパンは既製品っぽいし、スープは野菜と肉のごった煮だ。
しかも手順を間違えてそうな予感がする。
「……っ!」
(ま、マズイ…)
スープを一口食べたが、駄目だ、と瞬時に脳が判断した。
(たぶんあれだ、肉を後から入れたな。油を削げてない)
ぐにゅっとした噛み切れない固まりを歯が噛んだ。
この世界の肉は少々臭みがある。きちんと血抜きしてハーブや塩をつけて、先に炒めたり煮るなりして油を落として野菜と一緒に煮込むのに、これは肉を後から入れたような感じがした。
黒パンも酸っぱくて硬く、非常食か!と思ってしまった。
サラダだけは大丈夫だろうと思ったが、葉物はともかく、根菜類が薄くない。食べると口の中でゴリゴリ音がする。
(ラディッシュ分厚くてかっらい!!!)
思わず水を飲んで流した。
こんな事なら町の外の森で待機している双子と一緒にサンドイッチ食べるんだった、と思う。
しかし残すともったいないオバケが出てくる。必死に食べていると、隅に居た客が帰ったようだ。青年がありがとうございました。またのお越しをお待ちしております、と声を掛けていた。
本当に接客は丁寧だ。掃除も行き届いている。しかし味が最悪というのがおかしい。
(こんな大きい店なのに…)
テーブルも椅子も、使い込まれてツヤツヤになっている。放置された物が持てない輝きだ。
片付けをしていた青年に思い切って尋ねることにした。
「あのー…今って時間ありますか?」
「え?あっ、はい!これを下げてから来ますので少々お待ち下さい」
青年の顔には疲れが見える。なにか理由がありそうだ。
少ししてフルーツを持ってきてくれた青年がランにたずねた。
「旅人さん、これはサービスです。ご要件はなんでしょう?」
(やっぱり良い店だ。もったいない)
「私はランといいます。あの、口が悪くてすみませんが、大きい食堂なのに味が良くないですね」
きっぱりと言うと、青年はしょんぼりする。明るい緑の瞳が陰ってしまった。
「やっぱりそうですが…」
自分でもマズイと思っているらしい。じゃあなんで提供するんだと思うが、理由があるのだろう。
「理由を聞いても?」
青年は周囲を見回し、客が居ないことを確認すると失礼しますと言ってランの対面に座った。
「僕はハリスンです。この黒鹿亭は父と一緒に切り盛りしていたのですが、父が数ヶ月前から寝込んでいまして…」
父の名はハリーと言い、料理を作っていた。ハリスンは仕入れ、接客、掃除、皿洗い担当だそうだ。
父と一緒に料理をしていた母は流行り病で亡くなり、なんとか2人でやっていた所に、まさかの急病で今のような状態になったらしい。
「料理はあなたが?」
「はい。知り合いの猟師に捌き方から教えてもらったのですが、父の味とは遠くて…」
(だろうよ)
思わず心の中で相づちを打ってしまう。
猟師飯と食堂の飯を一緒にしてはいけない。新鮮なお肉と時間の経ったお肉では調理方法が違うし、食材のごった煮など言語道断だ。これでは潰れるのは時間の問題だろう。
「お父さんの、薬は?」
すると先程以上に、しょんぼりとした顔になる。
「薬は高額で…町の薬師は原料を取り寄せれば出来るというのですが、商人さんに聞いた所、金貨1枚と言われてしまいまして」
「珍しい病気?」
「いえ、薬があるくらいですから」
「じゃあボッタクリだ」
「やっぱりそうですよね…」
確実に足元を見られている。
食堂を売れば薬代も払えるし生活費も出来るが、父がそれを許さないと言う。
治っても職を失うし、治らなかったらすぐに貯金が底をつく。
「お父さんは、上に?」
「はい。上が自宅なので…」
毎日閑古鳥が鳴く食堂だ、気が気じゃないだろう。そんな状態では治るのが遅くなりそうだ。
「僕には料理の才能がありませんから、手際も悪くて。常連がなんとか来てくれていますが、毎日赤字です」
(だろうよ)
本日2回目だ。
頂いた食事は銅貨5枚。素材を考えると妥当な値段だが、味が酷いので逆に高いと思ってしまう。
その時、バタンと乱暴な音がして集団が入ってきた。
狐頭の背の低い獣人と、その護衛らしき男が5人。物々しい雰囲気を纏っている。
(魔法で吹っ飛ばせるけど食堂が壊れるから駄目か)
物騒なことを考えていると、ハリスンが立ち上がり、お辞儀をした。
「エドワードさん、わざわざご足労いただきすみません。もう少しお待ちいただけますか」
(おいおいおい、丁寧やな)
狐頭は細い目を更に細めた。
「いや、こちらも慈善事業じゃないんでね、ハリスンさん」
(悪役のド定番の言葉だね!)
思わずツッコミをいれた後で考える。
(…これは、アレか。助けろってことかな)
自分にはちょうど金がある。ランは口を開いた。
「こちらの方は?」
「あ…商人のエドワードさんです」
紹介されたエドワードは口角をあげた。ニコッではなく、ニヤリ、という感じだ。
狐だからそう見えてしまうのかもしれない。
「エドワードと申します。旅人さんですか?何かご入用なものがありましたら、ご用意いたしますよ」
少し高い声でゆっくりと伝えてくる。見た目よりもきちんといた人のようだ。
「ところで、何の代金?」
言いよどんだハリスンに変わり、エドワードが伝える。
「税金ですね」
「それを、商人が?」
エドワードは微かに眉の位置にある白い毛を押し上げた。
「代行してるんですよ。町長に依頼されて。数字に強い人間は中々いませんから」
「そうなんだ。若いのに、すごいですね」
褒めると、エドワードは少しだけドヤ顔をした。
(なるほど、若いんだ)
計算は普及してない、そのことはモニクから聞いている。
「ええ、ありがとうございます。…それで、ハリスンさん。明後日までに、金貨1枚、お願いしますよ」
またもや金貨1枚だ。
「それは一ヶ月?」
「いえ、滞納金も含めた3ヶ月分です」
とはいえ高すぎやしないか。代行しているからといって割増している気がする。
「一ヶ月の税金は?」
「…大銀貨1枚です」
エドワードが言わないので、ハリスンが言う。
(やっぱりぼったくりじゃん)
「滞納金とは、制度で決められているんです?」
「それは…」
ハリスンに聞いてみれば、エドワードが少し苛ついたように遮った。
「こちらも慈善事業ではないのです。取り立てに来る人件費などもありますから」
そう言いながら事業主自らが取りに来ている気がするし、払いに来いと言われればハリスンは自ら行くだろう。
道理が通ってない。これは町長に申し立てしたほうが良さそうだ。
幸い、このお店は古くからある。町長も知っているだろう。
「…では、金貨一枚、私が払いましょう」
「ほう?」
「ランさん!」
立ち上がったランをハリスンが遮ろうとするが、ニコリと笑ってそれを止める。
「領収書を下さい。それと、このあとに町長に申し出ます」
「…なにを?」
「税金の緩和措置、ですね。食堂の主が病により動けなくなったのです、お目溢しがあるでしょう。返金をもらおうと思います。大銀貨7枚と少し、ですかね」
ついでに領収書を見せて商人が上前跳ねてるぞ、とチクることを匂わせる。
あとから来たような商人と、古くからいる住民。周囲の人の助けも借りれば、どちらの手を取るかはこの町の穏やかさから言うと、後者だと思われた。
少ししてから、エドワードが微かに舌打ちをした。
勝ったらしい。
「…大銀貨3枚でいいでしょう」
「ハイこれ」
ハリスンは後ろで黙って口を引き結んでいる。
領収書を貰うとニッコリと笑顔でお礼を伝えた。エドワードもぎこちないながら、笑顔を返してくれた。
「では、来月は滞納のないようにお願いしますよ」
そう言って取り巻きを引き連れて、去って行った。
扉が閉まってから、ランは言い放つ。
「どっちにしろチクるけどね!!!」
少しくらいなら良いものの、明らかに取りすぎだ。
「…彼も、父親から放逐されて気が焦ってると聞きました」
「はい?」
酷い扱いを受けたと言うのに、なぜかハリソンはエドワードのことを話しだした。
「エドワードさんのお父さんは人間です。王都でも手広くやっている商人なのだとか。美しい狐獣人のお母さんとの間に出来たお子さんのようですが、頭が完全に狐なので、相当苦労して育ったようです」
なぜかハリソンのほうが苦しげな顔をしている。
(ヤバい。この人、超がつくほどのお人好しだ)
「頭が人間でも狐でも関係ないと思うんですけどね。…高等学校まで通ったそうですが、父親から家の仕事を分けて貰えなかったそうで、家から名を消して母親ともども飛び出したと聞きました」
さすが食堂。噂話もここであっという間に広がるし、それを耳にする機会もあるのだろう。
「…お母様がご病気だそうで」
「いやいや、君のお父さんも病気でしょう!」
ハリソンはくしゃりと笑った。
「…ですから、お金を稼ぎたいという気持ちも分かるのです」
「とは言ってもねぇ。ボッタクリは良くない」
「はい。…ランさん、立て替えて頂いたのに申し訳ないですが、町長に言うのは待って下さい」
「どうして?」
ランはハリソンをじっと見るが、彼は顔をそらさなかった。
「…おそらくですが、きっともうしないと思います。先程のような税金の対応なども、町長に申し立てられる、と僕みたいな学のない者でも理解しましたし」
そうなればあっという間に広まるだろう、無茶はしなくなるだろう、と彼は言った。
「…君がそうなら、いいよ。その代わり、ちょっとお願いがあるんだけど」
ハリソンが少し身構えたので、苦笑する。
「変なお願いじゃないですよ。そうだなぁ、どっちにしようかなぁ…」
一つは食堂を買い上げ、住み込ませたままハリー親子を雇う・もしくは共同経営にする。
もう一つは、余っている部屋に住まわせてもらい、労働力を提供する。
(前者の方がいいんだよな。彼らは纏まった金が出来るし、家を失わない。私たちは自分の家なのだから追い出されない)
後者は彼らに給金を払う余力がなさそうなので、難しい。
カウンター奥を見るとキッチンがありそうだが、食堂からは見えないのもいい。ジゼルが奥で調理していても誰も気づかないだろうし、1階がこれだけ広いのだ。2階はモニクの作業部屋を作れるくらい広そうだ。
(この場所を逃したくない)
ランは真剣な顔でハリソンに告げた。
「ハリソンさん、お願いというか、取引をしませんか?」
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