第4話 双子

「なにそれ!?アンタも大変だったわねぇ」

「いえ、お姉さんたちほどじゃないです」

「ふふ。気を遣わなくていいのですよ」

 蘭は今、巨大な豚と獣人とは違う犬っぽいなにかと、ダイニングテーブルを囲んでお茶をしていた。

 頭の後ろに出来ていたデッカイたんこぶは、介抱してくれたうちの一人、モニクと名乗ったコボルトが治してくれた。香りの良いハーブティーも彼女が淹れてくれたものだ。

「あなたを攫ったのは貴女を王宮から追い出した傭兵ですね。命令されたのでしょう」

 モニクが手を顎に置きながら推察する。

「…ですねぇ。顔知ってるの、王子と神官と魔法使い?と、そいつらしかいませんから」

「あのクソ王子、まだ廃嫡されてないって事に驚きだわ!!」

 大げさにお手上げポーズをするのは、オークの姿をしたジゼルという名の女性だ。

 オークと言うと凶悪な豚面しか思い浮かばないが、目の前の彼女はピンクの豚?と思えるような可愛らしい風体で、体は薄ピンク色でぱっちりとした青い目、長いまつ毛と頭の上にフワリと乗った髪は濃いピンクブロンドだ。

 体は蘭よりも3回りほど大きいが、ちょこんと背もたれのない椅子に座ってる様子は愛らしい。

 手も足も人間と同じ用にある。紫色の魔道士のようなローブを身につけていた。

「…一応、第1王子ですからね。17歳までに贅沢グセが治らなければ、廃嫡と言われてますよ」

 冷静に言ったのはモニクだ。彼女はピンク色のたぬき系柴犬のような姿で、腕は手首と手の甲まで毛に覆われているものの人間と同じような形をしており、足はすこしふっくらとした犬の足だ。

 大きさはランの鼻くらいまででジゼルと違い靴は履いていないが、漫画でよく見るレンジャーのような格好をしている。

 2人は双子だそうで、モニクもまた青い瞳をしていた。

「チャービルって…あれで16なんです??」

「そうですよ。食べ過ぎ飲みすぎ運動不足で、もう中身は老人だと思いますが」

 さすが薬師らしく、不摂生を指摘する。

「炎で炙れば油が落ちるかも?」

 ブフッと笑うジゼルは、魔法使いだ。

「いや、炙っても誰も食べない…」

 そう言うと2人はそれぞれゲラゲラ、クスリと笑っていた。

「いやー…久々にいい拾いモンしたわぁ」

「ランに失礼ですよ」

「いえ、拾ってもらって助かりました。最初はビビりましたが」

 気絶したあと、2人が住むという森の奥深くにある一軒家に運ばれたランが起きて目にしたのは、魔物の2人。

 やっぱ夢じゃなかったーと思ったが、襲われる素振りもない。むしろベッドに寝かされている状態から、きっといい人?だと思って話しかけてみた。

「アンタ、いい度胸してるわよ」

「そうですね。叫ばれなかったのは初めてですね」

「いやでも、最初に気絶しましたよ」

 正直に言うが、モニクは首を振る。

「あの時は後頭部に相当な腫れがありましたから。…まったく依頼とはいえ罪もないと知っている女性の頭を殴るなど言語道断です」

「しかもあの王子の依頼だもんねー。金払いがいいのかな?」

 ジゼルの言った”金”に反応する。

「あ…そう言えば、手切れ金とか言うのを貰ったんですけど」

「ん?」

 チェストに入れた金貨を収納させられたら、1000枚入ってたと言うと、2人は目を剥いた。

「金貨1000枚!?」

「まったく…!」

「??」

 反応が二通りだ。渋い顔をしたモニクをじっと見ると、一つ頷いた。

「…召喚した者を放逐する際の、違約金ですね」

「違約金?」

「そうです。貴女は異世界より召喚されたと言ったでしょう?その者を王家の都合で保護しない場合、金貨500枚以上を渡さないと召喚者は女神により罰せられます」

 罰の方法は見たことがないのでどういう形かは知りませんが、とモニクは続けた。

「きっと1000枚にしたのは、もう一人の女性の分を上乗せしたのでしょう」

「丸尾さん…」

 王子に気に入られてしまった彼女を思い出して俯いていると、ジゼルが言う。

「そっちの子は大丈夫だって。わがままバカのやる事なんてお見通しのメイドが保護してるって」

「私もそう考えます。拒否されているのに手を出すなど無礼な事をしたら、王子はもう死んでいるでしょう」

「うっわ」

 思わず漏れた言葉にモニクはしれっと返した。

「当然のことです」

 それくらい、召喚した者に気を遣わないと駄目らしい。

(まぁ、当たり前といえば当たり前か…)

 更には、今は騒乱がない時代で召喚など必要ないそうだ。

「…あのバカは何をしようとしたんでしょうか」

 質問をすると、少し思案してからモニクが言う。双子の姉妹だが、考えるのは妹のモニクの役目らしい。

「おそらく、17歳までに何かしないと、という焦りがあったのでしょうね。…それで汚職神官のワロックスを手引し、神具の場所を聞き出して盗み出し、聖女を召喚したのでしょう」

 また聖女だ。

「あの、聖女じゃないんですけど…」

「いえ、加護がありますから聖女でしょう」

「そうなんです??」

 見た目では分からない。

「勝手をしてすみませんが、スキルを視させてもらいました」

 モニクがジゼルを見ると、彼女は肩を竦めた。

「…ごめんね!捨てられた人間って大抵、やばいスキル持ってたりするからさ、自衛のため、ね」

「別に構いませんよ。私も道具があるなら、視てみたいと思うし」

 異世界トリップにありがちな”鑑定スキル”があるなら、目の前の2人もまず”視た”だろう。

「アンタほんっとにいい子ね!!!」

「ゴフッ!?」

 バンバンと背中を叩かれて思わずむせる。

「ジゼル、手加減しなさい」

「ごめんごめん」

「だ、大丈夫です…」

 いざとなれば治癒魔法がある。多少の力強いスキンシップは構わない。

 ランもずっと話していて2人がとてもいい人だと感じたからだ。

 ジゼルは姉御肌で年下なのに年上っぽく頼りがいがあり、モニクは静かに納得を出来る話をしてくれる。

 今、自分に最も必要な人材だった。

「初めて異世界人を見ますが、なかなか普通ですね」

「そうですか?太ってますよ?」

「私ほどじゃないでしょ!!」

 ジゼルがあはは、と笑う。笑っていいのかわからない。種族特性じゃないのかな?と思いつつ、気がついた。

(そーだ。私の髪色って灰色だったっけ)

 目も灰色のはず。それだと珍しくないのかもしれない。

「ええと、このチョーカーなんですけど」

「ああ、それは…」

「呪いが掛かっていたから解呪したわよ!」

「やっぱ呪いだったんですか!!」

 手を後ろに回して外すと、あっけなく外れる。

「とれたァァ!!」

 ガッツポーズをしていると目の前の2人がじっと髪色を見ている。

「あ、こっちが本当です。黒髪黒目」

「…ええ、そうみたいね。歴代の聖女…いえ、異界人はみなそうだから」

 ということは召喚された者は全員日本人なんだろうかと思いつつ、チョーカーを見る。

 紺色のベルベットのような布地で、首の正面に当たる所に灰色の四角い宝石が嵌っていた。

「呪いは解いたけども、その髪色は目立つからチョーカーはしておいたほうがいいと思うわ」

「え〜…」

 ジゼルが苦笑しながら言う。

「灰色が嫌なら、他の色でいいんじゃない?命令すればその色になるみたいだから」

「あっ、そーか!」

 やり方はチョーカーの石部分に手を当てて願うだけ。

 危険は二の次で、ランはチョーカーをつけて紫になれ!と願う。

「あ、わ、わ、紫は駄目よ!!魔物の色だから!!」

「ありゃ?そうなんですか。じゃあ…うーん?」

 この世界の人の髪色は何色が標準ですか、と聞くと、黒、紫色以外なら大丈夫と言われた。

 ちなみに、双子たちの髪色はピンクブロンドだったという。

 そんな派手な色があるなら、なんでも良さそうだ。

「じゃあ…オリーブグリーン、かな」

 すると、間もなくランの髪色は銀の混じったオリーブグリーンになった。瞳の色は濃いめの桜色だ。

 日本から攫われた時に着ていた、服の色。大好きな桜餅の組み合わせだ。

「渋いわねぇ」

「良い色です。落ち着きます」

 気を良くしたランは、自分の好きな関西風の道明寺粉を使った桜餅のことを話すと、2人は食いつく。

 今の風体になってから大きな町へ入れず、甘味は森の中の果物のみと聞いて驚いた。

「ちょっと待ってて下さい」

 収納を確認して、買い込んだドーナツを出す。

「ドーナツ!!!」

「…随分と久しぶりに見ました」

 そう言いながら二人の目は食い入るようにドーナツへと向いている。

 籠も出して盛りつけ、遠慮なくどうぞと言うとジゼルは両手に、モニクは大事そうに両手で一つ持って食べ始めた。

「甘い…」

「美味しいです…」

 少々震えている声に、なんだか不憫に思えてくる。

 食材は大量に買い込んだから、別のものも作れるだろう。

「2人は、食事は?」

「アタシが作ってるわ。得意なのよ!」

 意外なことにジゼルのほうが料理が得意なのだそうだ。薬草加工全般やハーブティーはモニクの領分らしい。

 しかし森の中では材料が限られている。たまに頑張って変装をして町へ買いに行くが、非常に疲れると言っていた。

「あの…食材を提供しますので、この世界のことを教えてくれます?」

 恐る恐る言うと、2人が揃ってぐるん!とこちらへ首を回した。

「ヨロシク!!!」

 そう言ったジゼルの口の端にはチョコソースがついていた。

「…ジゼル、懐柔されるのが早すぎます。ですが、一人の女性を森へ放置など出来ません。魔物の姿をした我々で良ければ力になりましょう」

「とんでもない!…私こそ迷惑を掛けるかもしれませんが…」

 なんと言っても国の王子に目を付けられているのだ。

「大丈夫です。我々も、こんな姿ですからね。たまに森で人間に会うと討伐されそうになりますし…」

「それなら仲介役になります」

 だいたい2人は話せるし、接した感じも柔らかい。必要なさそうだが、この世界の人の感覚は違うのだろう。

 モニクはジゼルをじっと見る。2人は頷きあった。

「…では、交渉確立というこで」

「はい!よろしくお願いします」

「ヨロシクねー!なんかレシピ教えて!」

 こうして、ランの森の中での学校が始まる事が確定した。


◇◇◇


 その夜。

 お互いの寝室で双子はベッド寝転んで会話をしていた。

 話をする時は、壁にある栓を抜くのだ。

「モニク、やっとツキが回ってきたかな?」

「言い方はよくありませんが、そのように感じられます」

「ドーナツ、サンドイッチ、美味しかったぁ…」

 ジュルリと音がする。

「…食べ物のほうじゃありませんよ」

 しかしジゼルがヨダレを垂らすのも無理はない。

 ランが王都で購入したというバゲットを取り出して、ハムやチーズに新鮮な野菜も挟んでサンドイッチを作ってくれたし、香り良いハーブティーも分けてもらった。

 バゲットが熱々だったことに驚いたのだが、ラン自身も驚いていたので、つい笑ってしまった。

「聖女の収納スキルってすごいねぇ」

「それは認めますが…自分のために使わず人に振る舞う、という彼女の本質に合ったスキルですね」

「だよね!!そんなスキルがふつーにあったら、ヤバイ」

「だからこそ、召喚された者にしか付与されないのでしょう」

 収納スキルは聖女、勇者、賢者限定スキルだ。価値観の違う異界人が使うからこそ、その効果が発揮されるのだろうと思う。

 ふと、声を落としてジゼルが呟いた。

「…アイツ、見つかるかなぁ」

「わかりません。今まで通り、焦らずに行きましょう。ランも協力してくれると言っていますし」

 18歳だった3年前、自分たちは普通の人間だった。

 辺境の領にある探索者の団体へ在籍し、仲間とともに様々な物を発見したり調査していた。

 それは希少な薬草だったり、精霊の宿った光る水だったり、魔物のいるダンジョンだったり…。

 辺境伯から直々に名指しで調査を依頼されるようにもなったが、調子に乗って他が断った案件を引き受けたのが失敗だった。

 周囲の心配を笑い飛ばし、とある地点にある魔法使いの拠点の存在確認と対話、という調査に行った。

 場所は分かっているのだが森が深く、何日もかかる。

 幸い、モニクは森の植物や動物に詳しく、ジゼルは魔法が得意で魔物も狩れるし料理も出来る。

 行って帰ってくるだけで金貨10枚という破格の報酬につられて行ったらば、常に不在という魔法使いは出迎えるように拠点の入り口におり、2人を見ると金と紫の瞳を細めて笑った。

 …その後は全く覚えていない。

 気がついたら、2人はオークとコボルトになっていて、自分たちの体を探しても周辺にはなかった。

 彷徨きまわっても魔法使いの拠点はなく、おそらく別の森に捨てられたのだろうと推察したそこからは、森の奥で見つけた放棄された木こりの家を修繕して暮らしている。

 時折、モニクが変装して町へ行き、必要なものを揃えた。

 足を隠せば獣人で通るからと彼女は言うが、いつも見送る時は心配で心が震えたジゼルだ。

 その事をランに話したら、ぐろうじたんでずねぇ、と泣き出してしまった。

 10歳年上の彼女だが涙もろいらしい。本人は年取ると皆そうなる、と言っていたが。

「ねぇ、あの子なら買い物行けるね」

「まだ駄目ですよ。まずは一般知識からです。何も教えてもらえずに王宮を追い出されたのですから」

「でも、街で買い物してるじゃん」

 それはモニクも驚いたことだ。見知らぬ土地で、貨幣で、どうして買い物が出来るが不思議でならない。

「…王都と、地方の町では全く違いますよ。焦らないことです」

 よく調べずに調査へ向かい、自分たちはこんな事になったのだから。

「わかったって。私は何を教えれば?」

「それも合わせて、明日から徐々に訊いていきましょう」

「オッケー!…はぁ、久々にぐっすり眠れそう」

 モニクは苦笑する。

 確かに、ランには人を落ち着かせるような、動じないおっとりさというか…オカン気質がある。

 双子は久々に自分たち以外と話が出来て嬉しかったが、なんとそれは聖女。

 女神がどうにも出来ない自分たちに遣わしてくれた、希望の光としか思えなかった。

「じゃあ眠れる内に眠りましょう。明日から、新しい日々ですよ」

 その言葉に、モニクもワクワクしてるんだな、とジゼルは感じた。

「うん!モニク、おやすみー!」

「はい、おやすみなさい、ジゼル」

 壁の栓を戻し、2人は深い眠りについたのだった。

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