第3話 探索
「ふぁぁ…意外と寝れたなぁ」
割と図太いとは思うが、ここまでとは思わなかった、と蘭は苦笑した。
窓からは朝日が差し込んでいて今日も晴天のようだ。
春らしい気候で風が気持ちよく、窓を開ければ早朝だと言うのに既に荷馬車が多く行き来しているのが見えた。
「そっか、日が落ちると仕事出来ないからか…」
日本だと夜も明るいからついつい夜中まで働いてしまうが、この世界は日の出とともに仕事が始まり、日の入りとともに終業になりそうだ。
ランプは魔石というものを使っているが、それだってタダじゃないのだろう。
煌々と照らすにはたくさんの魔石が必要になるのかもしれない。
「えーっと、<浄化>」
スーッとした気配が頭から足の爪先まで通り抜けると寝間着を脱ぎ、服を取り出そうとして元着ていたワンピースを取り出してしまう。
「汗くさ!…あ、そっか。浄化かければいいんじゃん」
昨日着ていた一式を取り出すと、浄化を唱えて綺麗にする。
「魔法って助かる…」
再びしまうと、今度こそ古着屋で購入した服を取り出す。
黒の伸縮性のある長袖Tシャツと十分丈スパッツの上下に、モスグリーンの長い貫頭衣を頭から被る。貫頭衣は太ももの両脇にスリットが入っていた。そこへ革のベルトをつければ異世界ファッションの完成だ。
「あ、待った。靴下とブーツも履かなくちゃ」
幸いこの世界には靴下文化があったので古着屋で購入している。
しかしゴムや化学繊維が無いのにどうやってこの伸縮性を出しているのか、と思ってしまう。
(魔物の素材とかなのかな…)
そう思いつつ生成り色の靴下を履いて焦げ茶のブーツを履いた。元の靴はぺたんこローファーなので浄化を掛けて収納してある。
「私サイズがあって良かった」
しかし昨日歩いてみて、自分と似たふくよかな人は多かったから食事情は良いらしい。
今日も美味しそうなものがあったら買おう、と思いつつ身支度をして部屋をスッカラカンにし、階下へ行くと少女が挨拶をしてくれた。
「おはようございます!!」
「おはよう〜。早いねぇ」
「いえいえ、お姉さんも早いですよ。朝食をお作りしていますので、座ってて下さいね」
そう言うと女将に告げるのか、カウンター奥へ去って行った。
蘭は目についた丸テーブルに腰掛けると、鞄から本を取り出して読む。昨日、手を出さなかった宗教系の本だ。ページ一枚が分厚い。
(神様は一人で、女神。名前は、エイレーネ、か)
平和を象徴する光の神と書かれている。
その光の力を飲み込まんとした闇の神である男神アトラースが彼女に戦いを挑み破れたとされている。
彼は罰を受けて世界を支える礎になっているとか。
(…てことは、きっとこの二人が世界を創ってるんだな)
昼と夜は二人のことだ。半々を担っているし、世界を支えているのは重要な役目だ。
信仰にとやかく言うつもりはないが、物事を一点からしか見ない主義はあまり好きでない。
城で見た神官の様子も、教義を疑う事に一役買ってしまっていた。
(だいたいねぇ、目に見える仕事なんて、分かりきってんじゃん。他の人が分からない見えない仕事をやってんのに、いつも何やってんの?ってアホか。よくそれで上司なんてやってるよね!)
つい、一昨日に上司に言われた事を思い出してしまった。
その日は部署の人と一緒にやけ酒を飲んで、昨日は気持ちを新たに出社だ!と思った所でこんな所に来てしまった。
(いや、こんな所というのは良くない。あの王子と神官と傭兵が駄目なだけで、あとは…出会う人はまぁまぁいい)
ちょっと駄目な人の数が多いが、いい宿やいい人に会えたのは自分のスキルである”縁”のおかげなのか…それとも、王都がそういう場所なのかはまだ判断がつかなかった。
「お姉さん、どうぞー」
「あ、ありがとう」
慌てて本をしまうと、少女の持ってきたお盆を受け取りテーブルに置く。
「夕飯はどうしますか?」
「うーん、まだ来たばかりで街のご飯食べてないのよね。だから今日は無しで」
「分かりました。お昼くらいまでは変更出来るので、気が変わったら教えて下さい」
ニコリと笑って去って行く。
(いや〜、やっぱ良い子だわ…)
結婚してればあんな子が居たのかな、と遠い目をしかけたが美味しそうな香りが鼻に直撃して思考が中断する。
「いただきます」
手を合わせてスプーンを取ると、スープをすくう。
日替わりらしいが、今日の朝食メニューは根菜スープにベーコンエッグ、全粒粉パンだ。
昨日もバゲットを買った時に思ったが、異世界によくある黒パンじゃないんだなぁ、と蘭は思った。
日本で売られている黒パンはまだ食べやすいが、本場の黒パンは中々顎が疲れる。
香ばしい香りのパンをスープに浸して食べると、なお柔らかくなって美味しかった。
(卵はちょっと大きいかな)
購入して収納に入れてあるが、一つが大きい。鶏卵のMサイズの2倍くらいある。一つで十分オカズになる大きさだ。
パンにベーコンと葉物野菜と一緒に挟んで食べると、野菜にかかっていた甘みのあるビネガーソースがマッチしてとても美味しかった。
(美味い〜!…丸尾さんもちゃんと食べれてるといいけど…)
城に居るのだから、あの厳格そうなメイドに保護してもらえさえすれば、悪いようにはされないだろう。
王子の婚約者とかに虐められてなければ…と考えた所で、アイツに婚約者なんていないか、と頭を振った。
なお、昨日の内にメモ帳とペンを買って、仲間である丸尾のフルネームや王子と神官の名前、チョーカーの事も書いてある。
説明できるチャンスが回ってきた時に、名前を言えないと信じてもらえなさそうだからだ。
どういう経緯で外におん出されたかも事細かに書いてある。
こんなの頭で覚えるからいいよと言った先輩がいつも覚えてないのを見ているし、当然のように聞いてくるので、メモをしっかり取らないと駄目だ、と新人の頃に悟ったのだ。いわば癖かもしれない。
「さて、と」
食べ終わり見回すと上から続々と宿泊客が下りてきた。
少女にギルドのことを聞こうとしたが、忙しそうなので外で聞こうとお盆を下げて宿を出ていく。
「おお…」
昨日は少々テンパっていて周りを見る余裕が無かったが、やはり異世界である。
通行人は皆、中世ヨーロッパ風の出で立ちだが髪の色や長さは男女様々だ。髪をロングにして後ろで束ねている男性もいれば、ショートボブよりも短い女性もいるし、スカートっぽい服を着ている男性もいる。
そこら辺はあまりこだわりなく自由なのかな、と蘭は思った。
「えーと…観光案内所なんて、あるかなぁ」
道の脇に設営し始めた露店の店主に聞いてみると、泊まってる宿で聞いたほうが早いと言われてしまった。
あてもなく歩いていると、昨日、宿の窓から見た風体の男たちとすれ違った。大変、酒臭い。
(うわ〜朝まで飲んでんだ…)
千鳥足で大声を出しながら歩いて行く。街の人は皆、そちらを見ようとしなかった。
(評判通りだね)
蘭も無視を決め込んで歩き出す。
通りは庶民用の商店街のようで、食材から金物まで幅広く揃っている。そのうち一人暮らしする時に必要になるだろうと、片手鍋や両手鍋、包丁に菜箸やお玉などの調理器具も買って収納にしまった。
(ピーラーはないんだな…)
ここは東京のかっぱ橋ではないのだ。が、刃の構造は分かる。そのうち鍛冶屋にでも頼んで作ってもらおうかと考えた。
途中、砂糖を買おうと寄ったお店で買い物がてら、ギルド系の場所を聞くと通りを一本南に行ったほうだよ、と教えてもらったので早速行ってみると、鍛冶屋や武器防具屋、靴屋などの職人系のお店や、ギルドなど人がひっきりなしに入る大きな建屋などがあった。
(あれは…商業ギルドとか、かな)
荷車が前にいたり、異国の衣装を着た人もいる。みな一様に知的な感じで目的を持って入っている感じだ。
通りを端まで歩き、反対側に渡ってまた端まで歩く。
「いや、そんなハズは…」
危惧していたことが現実味を帯びてきた。
(マジで…?)
さっき砂糖・蜂蜜を売るお店の店主に聞いたのだが、なにそれ?という顔をされてしまった。
(冒険者ギルドが、ない…?)
魔物を狩ったり、街の人から依頼を受けたり…と言うと、それは傭兵だね、と言われたのだ。
(いやいやいや、なんで下水処理施設があるのに、鉄板の冒険者ギルドがないの!?)
そう叫びたい気分だったが、心を落ち着けるためにドーナツとミルクを買って木陰のベンチに座る。
改めて道行く人を観察するためだ。
「…うーん…」
ギルドや職人のお店通りを歩いていて思ったのだが、異世界トリップでよくある大剣を背中にしょった剣士や杖を持った魔法使い、際どい衣装をした格闘系な猫獣人などはサッパリ見なかった。
座って見ていても、やっぱりいない。
いや、猫獣人はいるが、普通の服しか着ていない。大型の猫系獣人や犬系獣人で鎧を着ているものはいるがそれは傭兵か、制服のような物を着ているので宿の少女が言っていた街の警備隊なのだろう。
Sランク冒険者のようなキラキラしている鎧を纏っている者は皆無だった。
(まさか、本当にない?)
思い切って混雑していないギルドに入って聞いてみたが、”冒険者ギルド”という名前には首を傾げる反応ばかりで、こういう仕事と説明をすると一様に”傭兵斡旋所だね!”と笑顔で言われてしまった。
10軒目のお店で諦めがつき、トボトボと街を歩く。
(ねぇわ〜…)
探索者という職業の人たちが山・海・川・ダンジョンが多くある地方にはある、という情報を商業ギルドに出入りしていた異国風の人に教えてもらったが、大きな町や王都にはいないらしい。
(詰んでるな…)
レーズン入り蒸しパンを買うとベンチに腰掛ける。
よーく見ているとたまに濃い紫色のローブに薄い金の刺繍が刺されたちょっと高貴そうな身なりの人はいるが、杖は持っておらず何かの腕章をつけているのだ。
2人しか見ていないが同じ腕章なので、国の機関に勤める魔法使いかな、と思う。
そんな人はきっと貴族だろう。
国家機関に自分が入れるとは思えないし、彼らに師事することも叶わなさそうだ。
(はぁ〜…)
王宮に入って直談判をしたいところだが、門前払いが関の山だろう。
せめてチョーカーが外れてくれれば”黒髪黒目は異界人のみ”という有利なカードを持てるが、いくら試しても外れない。呪いの装備らしい。
「ん?」
蒸しパンを食べ終わり、一度宿に戻ろうと思った所で喧騒が聞こえてくる。警備隊と彼らに掴まれた人が、口論となっているようだ。人だかりができている。
なんだろうと思いつつ巻き込まれたくない気持ちが勝ち、乗合馬車のターミナルのような場所へ行く事にした。
(望みは薄いけど、隣町に行ってみるか…)
絶望的に大雑把な地図は商業ギルドで購入できた。王都周辺の町の名前と規模、そして街道が簡単に描かれているだけのものだが、無いよりはマシだ。
そこでようやく、国の名前がリフタニアだという事を知った。
聞き込みをしている間に、国王の名前がゼナンで、賢く人気のある王女様がソフィアという事も勉強出来た。
なお、チャービルの名前を出すと、大抵は困った顔やあざけりの顔をされたので、そういう事らしい。
「おお、馬いっぱいいる〜」
乗合馬車のターミナルにはこれから出ていくであろう幌馬車を引いている馬と旅人が多く、活気で溢れていた。
(馬の脚ふっとい)
テレビで見る競馬の馬に比べて体も大きいし、足も太い。しかし艶はよく御者にブラシを掛けてもらってご機嫌そうにいなないていた。
早く行こうよ!と言っているようだ。
(うん、出るか。別の町を少し回って冒険者ギルドがなければ諦めよう)
その後はその時に考えよう、と思い踵を返す。
「失礼。お嬢ちゃん」
「…はい?」
(お嬢ちゃん??)
ターミナルから出て歩きながらチュロスを食べていると、横から声を掛けられた。
振り返ったらばそこにいたのは警備隊2人。
手元の羊皮紙と蘭を見比べているようだ。
「どうされました?」
丁寧に話すと、違うなぁと首を傾げつつ訊いてきた。
「只今危険人物を捜索中です。出身は?」
「エッ…えーと、メルラ、です」
とっさにさっき地図で見た遠くの町の名を言う。警備隊の男はまた違う、と息を吐き出した。
「いやね、またあの王子が、邪教徒を捕まえろなんて言うから…」
「絶対に嘘だよなぁ」
口々にぼやく男たちの手元の資料を見せてもらえば、太っていてニキビだらけの顔面に醜悪な目付きの悪い女性像、そして灰髪灰目と書かれていた。
(あの野郎…!!)
心のなかでチャービル王子の顔にボウリングの球を投げつつ、一人の顔に目を止めた。なんだか頬が腫れている気がする。
チョットイイデスカ、と断って頬に治癒魔法をかけると瞬く間に腫れは消えた。
(おお、うまくいった!)
自分は怪我をしてないので、唱えても効果が分からなかったのだ。
人体実験とは全く思わずに警備隊は礼を言う。
「ありがとう。さっきギルド通りで声を掛けたら男でね、殴られてしまってねぇ」
「そうそう。調査内容にも腹が立ったようだ」
そりゃそうだわ、と思いつつ大変ですね、頑張って下さいと言って別れた。
ゆったり歩きつつ宿へ向かう。
(あんにゃろめ…税金の無駄遣いだよ!!)
なぜ自分を探しているのか分からないが、処刑されそうなほど最悪な罪状だ。証拠隠滅を図ろうとしているようにしか思えない。
(さっさと王都を出よう)
野営用の準備はまだしていない。大慌てで野営に必要なものを聞いて揃え、マントを含めた丈夫そうな服も買い足して宿通りへ戻ろうと路地裏へ一歩踏み出した途端、意識が途絶えた。
「う…」
次に目が覚めたのは森の中。
頭を殴打されたのか痛いし、目がかすむ。
起き上がれずにぼうっと空らしき方向を見ていると、何かが視界に入った。
「…?」
目をこすりたいが腕が上がらない、何度か目をパチパチしていると焦点が合ってくる。
「…!!!!????」
倒れた自分を覗き込んでいたのは、人ではなかった。
ピンク色の巨大な豚に、犬っぽいのが自分を見下ろしている。
どうやら攫われて捨てられたらしい。
焦っても体は動かない。
もうダメだ、と蘭は再び意識を手放した…。
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