4.解決編・2



 怪談の本といえば、表紙が黒だったり紫だったり。

 ともかく不気味さや、こちらの恐怖心を刺激してくるものを思い浮かべる。

 かくいう私もそうである。

 現物は見たことはないけれど、きっとそういった類の表紙をしているに違いない。

 何せ怪談話。

 それが子供用であれ大人用であれ、明るい話であれ暗い話であれ、一目で『ホラーの何か』だと分かるような装丁をしているに違いないだろう。

 そう、思っていたのだが。

「あ……れ?」

 天地さんが持ってきたのは、私の想定していた装丁ではなかった(ギャグになりそうなので口には出さなかったが)。

 おどろおどろしい怪談の本――――ではなく。

 むしろ白を基調とし、黒い字体がパリッとした印象を引き立たせている。そんなシンプルな表紙だった。

「これ、は……」

「ビジネス、書……? いや、ノンフィクションジャンルですか……」

 表紙の感じから、本屋さんも疑問に思ったのだろう。困惑の色を見せている。

「天地くん。そもそもこれ、ホラーものではありませんよ?」

 そんな私たちからの言葉をよそに、彼女は指を振って得意げなリアクションを見せた。

「んなこと分かってるっての。……ほら」

 差し出された書籍を手に取ってみる。

「タイトルは……、『不可解な会談』……?」

 その瞬間。私の脳内に一本の線が通った。

 これまでの様々な点が、一本の太い線になっていく。そんな感覚。

 怪談……、会談……。私は急かされていて、急いでいて……、閉店時間に追われて焦っていて……、それで……、

「あっ……!?」

「お、アタリみたいだな?」

「そうだ! これです! これでした、タイトル!」

「えぇ!?」

 驚きの声を上げる本屋さんだったが、私は探し求めていたものを手にできた喜びが勝ってしまい、それを脇に置いて本を眺めてしまう。

「見出しにも、『オカルト界に衝撃走る! 有識者たちによる不思議な密談の全て!』と書かれてあります!」

 ページをめくってみると、会議中に話していた内容と一致する項目を発見した。

『地球に発生した文明は全て海底人による置き土産だった!?』か。うん、とても興味深い内容だ。そしていかにも上司好みの記事だった。

「オカルト……」

「いやあ、本当に助かりました!」

 若干呆け気味だった本屋さんは再び調子を戻し、歓喜に震える私に質問を投げてきた。

「ということはもしかして、読みたいと言っている上司というのは……」

「あ、はい。うちの編集長です」

「編集長?」

 そう言えば身の上を明かしていなかったことに、今更ながら気づく。

「申し遅れたのですが、私、オカルト雑誌『ミームー』の取材班でして……」

 私からの名刺を受け取りつつ、彼女は得心がいったという声を上げた。

「なるほど……。だから、ホラーの方の『怪談』だと思ったんですね……」

「日ごろ耳にしている単語が、そっちの意味の『怪談』だったので、てっきり……。

 編集長が、記事のウラを取りたいから、今すぐこの本を調達してこいって急かすんですよ。それで、焦ってしまったのもあって……」

「ははぁ、だからタイトルもうろ覚えだったんですねぇ」

「面目ない……」

「『献本』という単語を知っていたから、そのときに何か引っかかりを覚えてはいたんですが、出版関係の方だと気づけばよかったですねえ」

「あぁ……」

 そういえばあのとき、少しだけ間が空いたのが気になっていたのだ。

 確かに出版に関わっていない人間は、献本――――出版社から作家に送られてくる製品本の存在なんて、口にはしないか……。

「しかしすごいですね天地くん! どうしてこの本だと分かったんです?」

「んー? まぁ、なんとなく覚えてたんだよこのタイトル。最近あのあたりの棚、整理したからかもだけど」

 頬をかきながら、やや照れくさそうに彼女は言う。もしかしたらあまり褒められ慣れてないのかもしれない。

「それに、店長が分からなかったってのが、やっぱどうしても引っかかってさ」

「え?」

「どうせお人よしの店長のことだ。うちの検索システムだけじゃなく、普通のネット検索もかけたんだろ? けど、それでも出てこなかった」

「まぁそうですねえ。普通の検索も行いました」

 私も気になりましたしねと、彼女は続けた。

 こちらが呑気に晴太郎コーナーを見ている間に、そこまでしてくれていたのか。何だか申し訳なくなってくる。

「だろ? それならたぶん、『不機嫌な怪談』なんて本、この世に存在しないんだよ」

「はぁ……」

「存在、しない……とは」

 また大きく出たものだ。

 けれど、彼女の本に対する造詣の深さを鑑みてみると、そう言いたくなる気持ちも少しだけ理解できる。

 それくらい信頼しているということでもあるのだろう。本屋 店子という人物を。

 もしくは。

 彼女の、本に対する情熱を、かもしれないが。

「ま、まぁ、存在しないは言い過ぎかもだけど」

 天地さんはコホンと仕切り直し、「ともかくさ」と続けた。

「それならきっと、情報のほうが間違ってるんじゃねーかって思ったんだよ」

「情報の方が間違ってる、ですか」

「私もしょっちゅうタイトル間違えるからなー。特に子供の頃に読んだヤツなんて、じいさんの本でも間違えて覚えてるぜ」

「確かに。さっきの『むしばみタランテラ』も、ずっと『タランチュラ』と繰り返していましたからねぇ」

「だって子供の頃なんだから、タランテラなんて単語知るワケねーだろ?」

 タランチュラも、子供はあまり知らないと思うけれど、そこは突っ込まないでおいた。

 でもまぁ分かる。

 私も『虫の知らせ』と『虫の息』を同じ言葉として使っていた時期があったし。というか、そもそも今も勘違いを犯したばかりである。

 私がそんなことを考えていると、天地さんは「さて」と仕切り直した。

「それじゃ、話しはまとまったくさいな?」

「おっと、そうですね」

 彼女の言葉で、私も本屋さんも、はたと我に帰る。

 時刻はすでに十九時五十分を回っていた。これでは早めに閉めようとした彼女らに申し訳が立たない。

「ソレ、買うなり借りるなりで持って行きなよ。店長、まだレジは閉めてないんだろ?」

「えぇ、そうですね」

「あ、あぁはい。では買わせていただきます」

 頷く彼女へ金額を支払い、今度こそ、私はその場を後にすることにした。

「ありがとうございました! 本当に助かりました!」

 玄関のドアを開けて礼をする私に、店灯りと共に、二人の視線が応える。

「こちらこそ、お買い上げありがとうございました。またのご来店を、お待ちしております」

「ま、今度は時間あるときに来るんだな」

「こら天地くん! 最後までちゃんとしなさい」

「へーへー。またのゴライテンをお待ちしてマース」

「あは、は……。それでは!」

 本屋書房。

 貸本屋、兼、ブックカフェ。

 海沿いの田舎町にあるあの本屋には、どうやら私のように、厄介ごとを持ち込んでくる人も多いようだった。

 土地柄のせいなのか、はたまた、二人の人柄がそうさせるのか。

 ともかく。

 こうして、私と、一冊の本と、不思議な書店の話は終わりを告げたのだった。

 街の灯が消えていく中、私はちらりと買った書籍を見やる。

 窓から入る冷えた海風とは裏腹に、私の心は暖かな気持ちに包まれていた。






 後日談として。

 件の本屋書房のことを編集長に伝えたところ、私が経験した逸話が大そう気に入ったらしく、うちからもオカルト本を何冊か提供することになった。

 新しい本が増える! とは、本屋さんの言。

 面倒ごとが増えなきゃいいけど。とは、天地さんの言。

 はてさて。

 あの、何かが起こりそうな土地に、新たなる本が舞い込むのだ。

 それがどちらに転んだのかは、私の口から語るのは野暮というものだろう。



                         本屋書房の事件簿小説版 第一話

                                     END

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