2.本屋書房・2


 背の高い棚の角を抜けると、そこにはこれまた、独特の空気を持つ洋棚を発見した。

 単純な切り出しのように見えて、細部には上品な掘り出しが描かれている。モダンなアンティークのようにも感じられる一品だった。

「もしかして、かなり年代物なのか……?」

「あぁ。じいさんの代からあったモノだからな」

 私の呟きに対して、後ろから声が聞こえてくる。

 振り返ると、先ほどの狂犬――――確か、『天地くん』と呼ばれていた女性だった。

 どうして『くん』づけなのかは分からないが、くんづけで呼んでいると、どことなく探偵助手みたいにも思えてくるから不思議だ。

「天地……さんだったっけ。じいさんっていうのは?」

「あぁ。この家の、前の家主だ。生きてりゃ八十後半くらいになるかな?」

「なるほど……? その方の生前からあったということは、相当古いものみたいですね」

 まじまじと見ていると、どうやらこの棚丸々が、一人の作家の特集コーナーのようだった。名前は――――

「天地 晴太郎(てんち はれたろう)……。あぁ、あの大作家の」

 確かミステリーやハードボイルドモノ、冒険活劇モノなど、幅広いジャンルを恐るべきペースで出し続けていた作家だったと記憶している。

「って、ん? 天地?」

「あぁ。それがじいさんだ。ここの元家主」

「ということは……、きみもしかして、お孫さんなんですか!?」

「まぁそんなところだ」

 そっけなく返事をすると、そこで会話は終わりと言わんばかりに、彼女は再び後片付けの方へ戻って行ったようだった。

「しかし……、なるほど……」

 改めてアンティークめいた本棚を見上げる。

 天地 晴太郎と言えば、普段そこまで一般文学を読まない私でも目にしたことがある。

 通称・天晴れ太郎と呼ばれ、文学界をけん引してきた大作家の一人だ。

 没後も書籍は売れ続けており、書店の名作コーナーにはだいたい一作以上は置かれていたり、フェアの棚にはだいたい帯がかけられ並んでいる。

「そうか……。N県出身だったんだなぁ……」

 というかこんな近くに住んでいたのか。もしかしたら子供の時分には、県内のどこかですれ違ったりしていたのかもしれない。

 上を見ると著者近影のような写真が飾られている。

 うん。いわゆるイケジジイというやつだろう。伊達男がそのまま年を取ったような顔つきをしており、人を引き付ける顔立ちだ。

 勝気な、どこか江戸っ子のような豪快な笑顔を見せており、皺の一つ一つにも年輪を感じさせた。

「すみませんお客様、お待たせいたしました~」

 本を手に取ろうとした瞬間、レジカウンターの方から、本屋さんの声が聞こえる。

「読むのは今度だな。というか、読みに来てみるか……」

 私はアンティーク調の棚に背を向け、再びスタート地点へと戻るのだった。





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