探知不能

葉舞妖風

探知不能

 ある日の暮、公園を散歩していると白髪で痩せこけていた老人ががらくた市を開いていた。見るからに胡散臭いため普段なら敬遠していたであろうが、老人の前を過ぎ去る時に「お前さん、とんでもない額の借金を抱えておるじゃろ?」と声を掛けられてつい足を止めてしまった。図星だったのである。

 「ど、どうしてそれを」

 「お前さんの放つオーラが尋常ではなかったもんだからの」

 老人は不敵に笑っていた。人を小馬鹿にしたようなその表情は俺の頭を冷やし、自らの過ちを気づかせた。

 おそらく道行く人全員に同じように声をかけていたのではないだろうか。「借金があるじゃろ?」と声をかけられても、たいていの人間は一笑に付すだろう。しかし心に余裕のないものにはズシリと響く。そうして俺のような反応をする人間が釣れるのをこの老人は待っていたという訳だ。

 「そんなお前さんに是非ともおすすめした商品があってだな……」

 絶対に変な商品を売りつけられる。そんな予感が走ったが、散歩のつもりで家を出てきたので財布を持ってきていない。いざとなれば持ち合わせがないと逃げ切ればいいと思い、話だけは聞いてやることにした。

 「『欲望の羅針盤』と言うんじゃがの」

 そう言って老人は懐中時計のようなものを差し出した。受け取って蓋を開けて中を覗くと、そこには数字ではなく方位が刻まれていた。円盤の上の針もどっちつかずに揺れるという、時計の針にはあるまじき挙動をしていた。

 「羅針盤って……コンパスのことかよ」

 無駄に格好つけやがって、と心の中で毒づく。

 「そっちの方が客のウケが良いんじゃよ」

 俺の心の中の声を聞いてか聞かずか、老人がそう返してきた。身も蓋もない話だ。

 「別に方角なんて教えてもらわなくても困らん」

 「話は最後まで聞くんじゃ。たしかに普通のコンパスは北を指し示してくれる道具じゃが、これが指し示すのはそんなちんけなものではない。所有者の欲望を満たす存在のありかを指し示すんじゃ!」

 老人は力説するが、そんな話俄かには信じがたい。付き合うのも面倒臭くなってきたので『欲望の羅針盤』とやらを老人に押し付けてその場を去ろうとした。

 「考え直してくれ。所有者の欲望が深ければ深いほど真価を発揮するんじゃ。お前さん以上の使い手はもう二度と会えないかもしれん。出世払いでいい。いや、それを貸してやるから使ってみてほしい」

 あまりにしつこいので俺は渋々受け取った。乗り気ではなかったものの、受け取ったからには試してみたい。そうして導かれた場所に向かうと馬券が落ちていた。

 「3連単とか当たるわけねえだろ」

 落ちていた馬券を一瞥しながらそう呟いたが、競馬の結果を検索するなり俺は驚きに打ちひしがれた。

 「し、信じられん。当たってやがる!」

 『欲望の羅針盤』は一瞬にして数十万の儲けを齎したのだ。その威力を目の当たりにした俺は早速それを使い倒した。針が指し示すままに歩くだけでお金が湧いて出た。落ちているものは現金だったり、好事家しか垂涎しないよくわからないものだったりした。失踪したはずの富豪の娘と出くわしもした。兎も角それで借金を完済でき、俺のような人間でも一生遊んで暮らせるような貯蓄があっという間に出来た。


 「疑って悪かった。すごい代物だな、これ」

 「そりゃそうじゃろ」

 後日会った例の老人は上機嫌だった。

 「それで代金の話じゃがの」

 有耶無耶のままに済ませられるかもという淡い期待が打ち砕かれて俺はぎくりとした。とんでもない額を吹っ掛けられたらどうしようか。

 「お前さんがそれを使って今まで稼いだ額の1%と言うのはどうじゃろうか」

 老人の請求額を聞いて俺はほっとした。1%とは言ってもとんでもない額なわけだが、これからもこれを使って稼げるのだとしたら安い買い物だ。相応の金額を預金した口座を作って、その通帳を渡してやった。

 「毎度どうも。」

 老人は通帳に刻まれた額を眺めて笑っていた。

 「今更ですまんけどな、実在しないものを望んではならんぞ。あの時のお前さんの視界には金以外なかったから言わんかったがな」

 「例えばドラゴンとか?はは、そんな馬鹿な真似するもんか。」

 「ならいいんじゃがの。壊れてしまうからな」

 「肝に銘じておくよ」

 そう言って別れて以来老人とは会っていない。


 俺の成り上りたいという欲望は底が知れなかったようで、その後も『欲望の羅針盤』は様々な財貨の在処を指し示した。しかしある時ふと独り身であることに嫌気がさした。女なんて金さえ払えば風俗でいくらでも抱けるが、それだけでは満たされないものがあったのだ。

 「そうだ。これで探せばいいじゃん!」

 思い立ったが吉日。すぐさま『欲望の羅針盤』に俺のことを好きになってくれる女と願った。するといつもはピタリとある一点を指し示すのに、針はぐるぐると回転し始めて一向に止まる気配を見せなかった。

 「おい、どうなってるんだよ」

 その後いくら俺が泣き叫んでも羅針盤の針は止まらなかった。

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探知不能 葉舞妖風 @Elfun0547

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