葉真中顕「ロスト・ケア」書評

 葉真中顕の「ロスト・ケア」を読了しました。


 同氏の著作である「絶叫」でコミカライズ作品まで追うほどの大ハマリをした事もあり、そもそもの期待値がとても高い作品でした。


 いざ読んでみたらこれがまたとんでもねえ作品というか、読みだしたら止まらなかったですね。


 本作のあらすじを簡単に紹介します。


 物語は43人もの人々を殺害した凶悪犯の視点で始まります。日本だと2人も殺せば死刑が求刑されるので、この人数になるとまず死刑は免れないでしょう。ですが、〈彼〉とだけ記された犯人は、なぜか被告席で微笑みを浮かべています。


 彼の死刑判決を巡り、主要な登場人物達の視点から、さまざまな物事の見え方が提示されます。各登場人物の心情に共通するのは、残虐な殺人犯に対しての憎しみや怒りとは違う、言いようのない感情でした。


 物語は5年前へと遡ります。検事やシングルマザー、介護現場の視点からどのように〈彼〉が生まれていったのか、そしてなぜ〈彼〉はそのような凶行に手を染めていったのかが次第に明らかになっていきます。


 と、だいぶ簡易的にはなりますがあらすじはこんな感じになります。


 本作では日本の抱える社会システムの欠陥というか、見えてはいたんだけど一生懸命みんなで見ない事にしていた闇の部分に目を向ける事になります。


 介護現場が大変な割に実入りが少なく成り手がいないみたいな話はよく聞くかと思いますが、いざ当事者になったら本当に大変なんだなと思いながら読んでいました。


 これは昨今で話題になっている、安全地帯からかざす正義感の孕む危険性についても触れており、いわゆる正論という奴が逆に人々を救いの無さへと追い込んでいる側面も物語を通じて体験する事が出来ます。


 おそらく本作ほど同情されるというか、犯行動機について思わず首肯してあげたくなる犯人ってそういないと思われるのですが、何をする事が本当に救いになるのか、自分の中で考えてみようと思わせるきっかけになる作品だと思いました。


 本作では聖書の話が出てくるのですが、犯人は自らが犠牲になってでも人々の目を社会の暗部へと向けようとしたのかもしれません。


 聖書というモチーフがあった事もあり、犯人は自らの「殉教」を通じて現代でキリストのした行為の換骨奪胎というか、彼なりに社会を教化しようとした側面もあるのではないかと思うのです。犯人が明確にそう意識していたかどうかは分かりませんが。


 昨今は宗教について嫌な話ばかり聞きますが、宗教の持つ本来の目的は人の精神性というか、心の安寧を与える事で救いを与える事だと思うのです。(実態がどうかはさておいて)


 日本人は無宗教で一見自由な精神性を謳歌しているように見えますが、では現代がどんどん生きづらくなっている側面についてはどう説明するのか。


 そして、何人もの人が精神科に通い、自ら命を絶っている地獄絵図のような現状は本当に望ましい世界なのか。そういった事についても色々と考えるきっかけを与えてくれる作品かと思います。


 本作を通して、人を救うとは何なのか、人々はもう少し真剣に考える必要があると思いました。読み物としては秀逸で、おそらく一気読みしてしまうのではないかと思います。


 これはオススメです。

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