染井為人「黒い糸」書評

染井為人の「黒い糸」を読了しました。期待通りの面白さで、やはり一気読みでした。


■あらすじ


あらすじをざっと紹介します。


物語の冒頭は主人公の平山亜紀ひらやま あきが後輩の土生謙臣とき けんしんと顧客を訪問するところから始まります。


亜紀は千葉県松戸市の結婚相談所で、婚活アドバイザーの仕事をしているシングルマザーで、夫とは家庭内暴力が原因で別れていました。現在は息子の小太郎と同居して、時々子供と会う時間を取るといった状況です。


さて、物語冒頭のお仕事は社会人にとってなかなかトラウマを刺激される展開をしていきます。


未婚のまま47歳を迎えた息子を結婚させようと、顧客の女性が亜紀の勤める会社のアモーレにコンタクトを取り、直前になって息子へと面談を通知しました。そうしないと息子が「やらねーよ」となって話が進まないからです。


息子からすればだまし討ちのような形になりますので、「よけいなことをすんじゃねえっ」と穏やかでない台詞を吐きながら亜紀の方へとやって来ます。亜紀の立場を自分に置き換えたらなかなかテンションの下がりそうな展開です。


ですが、そこはベテランのシンママ(←そこは関係ない)。亜紀は巧みに場をコントロールして結婚へと興味を持たせる事に成功します。おそらく母親が会費を払うであろう結末で、その日のお仕事は終わります。


物語を通じて要所要所に婚活ビジネスに関する「あるある」が出てくるのですが、ある日に江頭藤子えがしら ふじこという会員に出会います。


この女がいわゆるモンスターカスタマーというか地雷というか、なかなか強烈なお方です。


40を目前にした江頭藤子の目的は出産で、初めて会った見合いの場で相手に家庭の家事分担から始まり、マナーやルール、性生活の頻度にまで及ぶ話をします。その見た目もよろしくないので、当然のこと男性会員からはことごとく敬遠されます。


ですが本人に異性を遠ざけている自覚は無く――余談ですが、これは自分もそういうところがあるのかもと思いながら反省して読んでいましたが(笑)――亜紀はこの江頭藤子にキレてしまいます。


そのあたりから、亜紀の家には無言電話がきはじめて……。


一方で、子供の小太郎が通う学校ではクラスメイトの少女が失踪する事件が起こっていました。


前任であった飯田美樹という名前の教師は失踪した両親の厳しい叱責にあったせいか休職してしまい、精神を病んでコンタクトが取れない状況となりました。


担任を引き継いだのは長谷川祐介はせがわ ゆうすけという男性教師でした。


失踪した児童の両親もなかなかクレーマーというか、24時間体勢の警護を警察にさせようとしたり、教師にビラ配りを強要したりと尋常ではない好意を強要するタイプなので、あんまり関わりたくない感じの人々です。


祐介はそんなモンス……じゃなくて強烈な両親たちとも折り合いをつけながら、卒業間近となった生徒たちと残り少ない学校生活を過ごしていきます。


そんな中、小学校ではまた事件が起きます。


同じクラスで児童の失踪に続き、(おそらく男子の半分以上が好きな人である)クラス委員長、クラスのアイドル、倉持莉世が何者かに襲撃されて意識を失います。


その襲撃事件の裏には、色々ときな臭い噂が……。


一見まったく関係ないように見えるこれらの出来事は、実は意外なところで繋がっていて……という話です。


■感想


本作は良い意味で染井為人らしい作品で、次々と救いのない出来事ばかりが起こります。


出来事だけ羅列していくと荒唐無稽の一言で片づけられそうなものばかりなのですが、それらは登場人物の人となりや巧みな伏線、および展開を通して語られていくので、実にスムーズに物語へと没頭できるものでした。


ネタバレ防止のために詳しくは話せないのですが、同じ本を読んだら思わず語り合いたくなるような場面も多々あり、本当にあっという間に読み終わりました。


犯人についても考えていた方向とは違う角度から真実が出てきて、その際に「あれは伏線だったのくぁあああ!」とまた見事にミスリードに引っかかるオッサン全開で読んでいました(笑)。


巧みなミスリードに翻弄はされたものの、だまされて気持ちの良い楽しい時間でした。仕事中も本作の事を考えていて軽くミスったほどです。


個人的に良かったのは「悪い夏」等で見られるような(笑っちゃう部分もあるんだけど)救いの無さで今回も終わるのかな~と思っていたら、「あ、そっち行きます?」みたいな方向で物語の掉尾を飾ったところでしょうか。


もちろん詳細は言えないんですけど、本作の後味はいいんじゃないかと思われます。


余談ですが、染井為人は病んでいる女性というか、壊れている女性を描くのが異常に巧いので、彼も色々と苦労した事があるのかなと変な共感を持ってしまいました(笑)。


個人的にはシンママに人生で2回ほど手痛い目に遭わされているので(笑)、変な感情が入らないように一生懸命引いた視点で読もうと思っていましたが、それでも物語に没頭させられるだけの吸引力がありました。


間違いなく面白いので、ぜひ読んでみて下さい。

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