沢木耕太郎「春に散る」書評

今回は沢木耕太郎著「春に散る」を読了しました。


本作が映画になるという事で書店に平積みされており、見事TSUTAYAの目論見通り購入いたしました(笑)。


ストーリーを簡単に説明します。


物語の序盤は広岡仁一という元ボクサーが40年ぶりに日本へと帰って来る話が中心になっています。かつて真拳ジムの四天王と呼ばれたうちの一人である広岡は、海外でビジネスに成功しましたが、心臓に爆弾を持っています。


その昔、広岡は日本タイトルマッチに挑みましたが、疑惑の判定で敗北したのちにボクサーとしてのチャンスを掴むためにアメリカへと渡りました。


海外のリングでも獅子奮迅の活躍をする広岡ですが、ある事をきっかけに挫折します。それから長い時が経ちました。


40年ぶりになぜ帰国しようと思ったのか、それは広岡自身にもよく分かっていません。ただ、胸を開いて心臓の手術をする前に何かするべき事があるのではないか。そんな思いを胸に日本へと戻ってきます。


帰国した広岡は、不動産屋の佳菜子の助けを借りて新居を手に入れますが、昔の真拳ジム四天王を訪ね歩くうちに、四天王を集めてシェアハウスを始める計画を思いつきます。


久しぶりに集まった四天王は新たな人生を楽しんでいましたが、そんなある日、四天王と佳菜子は飲食店でチンピラに絡まれます。


竹原慎二に不良がスパーリングを申し込むような流れで始まった展開の末路は……推して知るべし(笑)。


ですが、その事件をきっかけに、広岡達はあるボクサーと運命の出会いをします。


黒木翔吾――高校3冠でデビューしたプロボクサー。デビューから7連勝していましたが、ある事をきっかけにリングから離れていました。


もうリングに黒木翔吾は戻って来ないと思われていましたが、数奇な運命の巡り合わせで黒木と4人の老人達は再びリングへと舞い戻る事になります。


広岡の抱える病気。四天王の過去。佳菜子の抱えた呪い。それぞれが絡み合って物語は思いもよらぬ方向へ……と、かなりざっくりですが、簡単に説明するとこのようなストーリーになります。


本作は文庫本で2冊ほどでかなりのボリュームではありますが、あっという間に読み終わります。一度読み始めたら止まらない感じですね。難しい単語もそれほどなく、読みやすいです。


個人的な心象としては、本作はボクシングの描写そのものは比較的あっさり目というか、ボクシング雑誌の感情をあまり入れていない描写が近いのだと思います。


本作のキモはやはり広岡を中心とした、夢破れた者たちの生きざまではないかと。


ネタバレ防止のために詳しく触れられないのですが、本当に一人一人がすごく重たいものを背負っていて、ボクシング以前に人生とはやはり嫌でも闘いに出ないといけない事があるなという事をまざまざと再認識させられたというか、夢が叶おうが叶うまいが生きている限りは自身の人生に向き合わないといけないなと思い知らされた感覚ですね。


お気に入りのエピソードは星ですかね。あれは泣けますね。ネタバレ防止で言えないけど(笑)。


たとえば広岡の抱えている心臓の爆弾にしても、メインキャラの抱えている愛する人の喪失にしても、「つらいけど起こっちゃったらどうしようもないじゃん」っていう事って人生に多々あると思うのですよ。文句を言おうが何だろうが、それには個々で向き合っていかないといけない。


だからこそどう生きるかを考える必要があるのかな、と思いました。


ちなみに私自身がド底辺プロボクサーであり、才能が無いながらも他のボクサーと同様に世界チャンピオンに憧れたりもしましたけど、悲しいかな少しもかすりもせずにグローブを置く事になりました。ボクサーあるあるですね。


じゃあボクシングをやらなかったら良かったのかと訊かれると、それはとんでもない。


逆に私はこう答えるでしょう。「ボクシングがあったからこそ今の私がいる」と。


これは真面目に競技に取り組んでいたボクサーなら大小共通して持っている感覚なのではないかなと思うのです。あれだけ何かに一生懸命になれる事ってそう無いと思うのですよ。


本作は特にある程度年を取った読者にとってかなり熱い展開なのではないかと思います。


過度に悲劇に耽溺する事もなく、且つ人生の厳しさや喜びについて考え直す事が出来る。そんな作品だったと思います。きっとこの本を読んだ後、読者は多かれ少なかれ生きようと思う事でしょう。


ちょうど本作は映画で観れるようになるそうなので、都合をつけて行って来ようかと思います。


ちなみに、本作の(男の登場人物全員にとって)ヒロインにあたる佳菜子は、当初は脳内再生でめざましテレビの井上精清華っぽいイメージで読んでいましたが、橋本環奈がその役をやると知って脳内の映像を差し替えました(笑)。


それはどうでもいいとして(笑)、名作です。ぜひ読んで下さい。

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