朝井リョウ「正欲」書評
朝井リョウの「正欲」を読了しました。
「いつか読まねばなるまい」と読む頃合いを吟味していましたが、ちょうどいいタイミングが来たのもあり一気に読了しました。
はじめに冒頭では児童ポルノで逮捕された3人の情報が出てきます。
3人は「パーティ」と呼ばれるグループ名をつけて、小児愛者達が猥褻画像をやり取りしていたと言われており、秘匿性の高いグループの活動内容が週刊誌の記事風に描かれていきます。
それから(おそらくその日にたどり着くまでの話が)検事や大学生、会社員等の視点から群像劇で描かれていきます。
本作では昨今よく聞く「多様性」というテーマが取り扱われており、検事の不登校の息子が始めたYoutuberの活動や特殊性癖を持つ大学生の視点などから、さまざまな人間の有りようが描かれていきます。
ただ、本作は安易に群像劇でいくつもの多様性を描いていくというところには留まっていません。
異なるアイデンティティーを持つ彼らが見せる根幹にある繋がり。現代社会への鬱屈や息苦しさ、ややこしさを作品を通じてこれでもかと突きつけてきます。
個人的な所感ではありますが、朝井リョウは人間の持つ嫌~な部分を的確に表すのが非常に上手だと思います。それは直木賞を獲得した「何者」でも存分に発揮されていたかと思います。
本作のすごいところってねえ、「多様性多様性って言ってるけど本当はお前ら何もわかってねーだろ?(怒)」っていう問いかけを、ある種露骨なまでに読者へと投げてくるところですね。
私自身読んでいて何度も「自分はどちら側の人間なんだろう?」と考えさせられたし、我が身の振る舞いを反省させられた場面が多々ありました。おそらく多くの読者がそうなのではないでしょうか?
本作が「大人が学ぶべき道徳」って言われたら、素直に信じてしまいそうな気さえしました。それだけ読者に考えさせる作品であるかと思います。
本作に出てくる「マイノリティ」の人たちの言葉が結構刺さるんですよね。
私達が理解を示しているものって、結局ちゃんと名前が付いていて、誰でも理解出来るものなんです。
それはしょうがないんですけど、そういったマイノリティの中にいるマジョリティっていうのは大は小を兼ねるみたいなタチの悪い冗談めいた要素も孕んでいて、その母数の大きいマイノリティにマイノリティ中のマイノリティがひとからげにされてしまう危険性がある、というか実際にそういう事が起こっていると思うのです。
文章が長くなって分かりにくいので(笑)もうちょっとかみ砕いて言うと、世間一般の人っていうのは(良識的と呼ばれる人ですら)自分が理解出来るマイノリティしか理解しようとしないのではないかと。
そうなると彼らは不当な評価を受けて、実際には何も理解されていないのに理解された風に扱われてしまうのです。生きづらさという実態は何も変わっていないのに、です。
で、実際に「乱暴な扱い」を受けているマイノリティは変わらず位場所が無いわけで、物事の有りようはより変な方向へと複雑化していくという……。そんな悪循環があると思うのです。
あと、「彼らは別に理解されたいなんて思っちゃいない」という視点はハッとさせられるところがあったかなと。
「多様性を理解しよう」と人は言いますが、実際には全然理解していないわけです。それでいて人間のテンプレートのようなものを無自覚に押し付けてくるので、結局マイノリティはあきらめてしまい、「もう誰にも理解されなくてもいいし理解してほしいとも思わない」と心を閉ざしてしまう。
ある意味流れ的には太宰の人間失格の換骨奪胎というか、それはコンビニ人間でも見られた「どう頑張っても人間のテンプレートに収まれなかった人達」の心の叫びであり、そういった要素は一見うまく生きているように見える私達も共通に持ちうる危うさなのかなと思ったのです。
最近自殺で騒がれた某タレントがいましたが、その本当の原因はどちらかというと誹謗中傷そのものではなく、こっちの方だったのではないのかとも思うのですよね。
結局乱暴に解釈され、元来のアイデンティティで生きていく事が永遠に許されない。
そんな社会で生きていく事を考えたら、さぞ絶望が深いであろうなと思います。まあ、これも憶測の部類なんですけどね。
で、思ったんですけど、あくまで私の結論としては、彼らを理解出来なくてもいいんじゃないかと。
理解出来ないものを理解出来ないと言う事は何もおかしくはなく、ただそれが社会に害悪をもたらすので無いのであれば放っておけるだけの寛容さが必要なのかなと。
たとえば変な性癖を持つ人が性犯罪を犯すのは許したらまずいですけど、変な性癖を密かに楽しむだけの時間や余裕は彼らに与えられるべきだなと。そこに「お前はこうあるべきだ」が入ってくるからおかしな事になるんだなと。
だから理解出来なくても相手の存在性を尊重してあげる事がこの無間地獄から抜け出す鍵になるんじゃないかと思うのです。
言葉が通じなくても外国人と仲良くする事は出来るでしょう? そんな感じですかね。理解は出来なくても相手を尊重する事は出来るなと。
それも作者から見たら「全然違いますけど」と鼻で笑われる危険性はありますが(笑)。
とにかく色々と考えさせられました。ぜひ本作を読んでもらって、自分なりの正解を見つけてもらえればと思います。
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