「六人の嘘つきな大学生」書評

 最近文庫版が出て話題になっているのと、過去作が面白かったのもあり「六人の嘘つきな大学生」を読みました。


 先に言っておくと、とんでもない作品でした。


 本当に何度溜め息をつかされたか分からないほどに巧みな伏線回収があり、ストーリーの起伏の中で登場人物への心象の変化がめまぐるしく変わる、素晴らしい作品でした。


 ストーリーを簡単に説明すると、2011年にIT企業「スピラリンクス」で行われた最終選考にまつわる話で、タイトル通り最終選考には6人の学生が残りました。


 当初はチームで仕事を進めていき、場合によっては6人全員の採用もあるという事で、それぞれの良い面が発揮されて、傍目にも「ああ、こんな奴らと新卒で働けたら楽しいだろうな」と思えるくだりが続いていきます。


 いわゆる、理想の職場でしょうね。


 が、そのさなかでいきなり「東日本大震災の影響で採用は1人に絞る」という旨の通知が各自にメールで届きます。


 そこから、人間の嫌な部分が出てきます。


 最終選考はうって変わって、6人だけを一つの部屋に閉じ込め、グループディスカッションで行われる方法となります。選考する側はその模様を中継映像を観ている形になります。


 そんな中、各参加者のスキャンダルが記された封書が出はじめて、ディスカッションは前代未聞の地獄絵図に……といった感じです。


 ネタバレ防止のために本当に簡単な紹介となりましたが、はっきり言ってこんな書評を読んでいるぐらいならさっさと本作を読んだ方が早いです。


 本当に最初から最後まで、何から何までが違うというか、色々なものに圧倒されました。


 陳腐な表現にはなりますが、何もかもが隅々まで計算され尽くしている感じですね。


 一つは著者でよく言われる伏線回収の見事さでしたが、私としてはそれ以上に就活生の抱えている闇というか、「言ったら色々終わりになるけど言えないのであえて胸に留めている」という心情をものの見事に表現しているところに惹かれました。


 今でも覚えています。(遠い目)


 就活時代、仕事なんかしたくないけど仕事をしないと生きていけないから、エントリーする会社へ心にも無い「I love You」を言い続けなければならないわけすよ。


 それをやっている自分にもヘドが出るし、そんな空気空間にも可能であれば1秒だっていたくないわけです。でも、それだと生きていけないから自分を騙しつつ、人を騙しつつそのバカみたいな試練を乗り切ろうとするわけです。


 そして創り上げられた嘘つきしかいないバカみたいな空間があちこちで量産される。自分でもワケが分からず謎の儀式に参加している感覚です。


「学生時代にやった事が仕事でどう活かせますか?」

「ねえよそんなもん。殴り合いのどこが役に立つんだよ?」

(※著者はボクサーだった)


 ……さすがにそこまでは言いませんでしたが、そう言いたくなりながら全然違う事を述べている時もありました。そうでないと生き残れないからです。


 まあ、「困難に立ち向かう気力があります」ぐらいなら良かったかもしれませんが、「それが御社へ入るための伏線になったんだと思います」みたいな内容のくだりに話の内容が変遷していくと、我ながらひどい嘘つきだなと自嘲的な気持ちで事後に激しい自己嫌悪へと陥る事となります(笑)。


 こういうところは太宰治の人間失格でも似た要素があるのでしょうね。


 本作を読んでいくと分かるとは思うのですが、犯人に対して読者は密かに、且つ激しく同意するのではないでしょうか。


 ただ、最後の方では救いもあり、一周回って「人間ってそんなに悪いものでもないかもしれない」と思える要素があります。


 やはり人間は色んな面を持っており、一面だけを見てその人の価値を断定する事の危うさについて気付かされる箇所がいくつもありました。


 気を付けないといけない事は重々承知なのですが、ちょっと機嫌が悪い時にたまたま煽られたりすると、そういった当たり前の事を忘れてしまう事は結構あるなあと反省した部分もありました。(また自己嫌悪ですね)


 本作を読んでいて色々と心理的に振り回されるのですが、それでも振り回されていくのが楽しいと感じられる部分もありました。


 本作でちょいちょい考えたのは、やっぱり「人間って何なんでしょうね?」という疑問ですかね。


 ある時は他人の一面に感動させられて、ある時はひどく失望させられる。どういった頻度でそういったものに出会うかは運もいくらか絡んでいる気もしますが。


 パーソナリティの語源であるペルソナという単語には、「仮面」という意味があります。


 人はその時々で色んな仮面をつけていて、どれがその本当の姿なのか、自分ですら分からなくなる事があります。それに苦しんだのが太宰であり三島でありその読者であり私でありあなたでもあるわけです。


 ただ、その人を本当に見極めるのは数時間ではとても無理ですが、それでも不可能ではない。それは長い時間をかけて可能となるかもしれない。


 一周回って、最後には一縷の青臭い希望にすがるのではなく、期待してもいいのではないかという気持ちになれました。


 最後の方では登場人物の一人一人に「頑張れ」って言ってやりたくなりました。


 だから結論としては、誰かを好きになる事は決して間違いではないと思えたのです。


 後半は犯人の気持ちが分かり過ぎてしんどくなり、ちょこちょこ休憩を置きながら読みました。人によってはなかなかしんどい登山になるかもしれません。


 ですが間違いなく傑作です。ぜひ読んでみて下さい。

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