八幡謙介「未来撃剣浪漫譚【4】 Last Paradise」書評

「未来撃剣浪漫譚【4】 Last Paradise」を読了しました。(KDP)


 当ブログではお馴染みだったものの、最近は小説では顔を見せなくなった八幡謙介氏の新作ですね。


 正直「このシリーズはエタったまま終わるのかな」と思っていましたが、予想に反してかなりの熱量とボリュームで仕上げてきました。


 ストーリーのあらすじをざっくりと説明します。


 本作の主人公である芹澤無二(おそらくlynch.の葉月似)は父の仇討ちのために、震災によって無法地帯と化した旧東京、通称「ラスト・パラダイス」(以後ラスパラ)へとやってきます。


 ラスパラは分かりやすく言えば歌舞伎町から警察を排除したような場所でして、平たく言えば非常に危険な場所です。


 父親の芹澤無一は、無二がまったくかなわないほどの腕前でしたが、ラスパラで何者かに立ち会いで敗れて亡くなっています。


 かなりの手練れがこのラスパラに潜伏しているものと思われますが、無二は地元の水に少しずつ馴染みながら、父の仇が出場すると見込まれる武器アリの団体戦トーナメントに出ます。


 本当は先鋒から大将まで5名参加して勝ち抜き戦となるのですが、無二の率いるチームは人員不足でまさかの実質二人(対象はラスパラの子供)でトーナメントを勝ち上がらないといけません。


 はたして父の仇はトーナメントに現れるのか。そして、ラスパラでの日々を通して無二の模索する武の終着点とはどこになるのか……といったお話です。


 はじめに驚いたのは、本作が著者にとって久しぶりの長編にも関わらず、まったくブランクを感じさせないばかりか、一度読んだら止まらないエンタメ小説として仕上がっていた事です。


 著者の自作解題シリーズがKindle Storeでリリースされていましたが、正直「そんな事をやっている暇があったら早く新作を書きなよ」と思っていたところもあり、完全にスルーしていました。


 というのも、小説は小説を書く事でしか巧くはならないからです。


 そのため、いくら期待のADAUCHIシリーズとはいえ、ブランク開けに仕上がってくるものについては「まあこんなもんでしょ」というレベルを想定していました。(←超失礼)


 が、いざページをめくってみたら、その完成度の高さに驚かされました。


 これはだいぶプロットも練ったのだろうし、構成についても色々考えたのではないかと思いました。この辺は音楽家としての執筆歴が続いていたので、その影響もあったのかなとは思っています。


 個人的に良かったのが、強さの飽和状態をうまいこと回避していた事ですかね。


 私は格闘技モノを書く時、基本的にシリーズ化はしません。というのも、大体強さの飽和状態というか、「前回よりも強い敵を出さないといけない状況」がずっと続くと、結局行き着く先はつまんなくなると知っているからです。


 なんか、フリーザがいまやザコ扱いになっているドラゴンボールというか、「じゃあその時のフリーザってなんだったのよ」と言いたくなる状況を避けるのって先になれば先になるほど難しいんですよね。


 そこを本作はただの強さという一点に作品の焦点を絞らず、武道家としての精神面について結構な比重を置いておりまして、要所要所で感心させられるところもありました。


 そのためどんどん強い敵が出てどうこうっていうよりは、「強さってなんでしょう?」と作者と一緒に模索している感じがしましたね。そういう意味ではちょっと哲学的な側面も持った珍しい形態のチャンバラ小説になるかと思います。


 内容的にはここで終わっても全然いいんじゃないかと思いましたが、次でシリーズ完結のようです。


 本作はKU対象にしておらず無料キャンペーンもやっていなようだったので、売上的にはもしかしたら難しいかもとは思いましたが、今回は観客が少なくても全力が出せるアーティストのような余裕を感じました。


 ある種の達観というか、売れ線を知ってはいるがあえてそこには乗らないよという言外のメッセージを受け取った気がいたしました。


 とにかくKDPではトップクラスの筆致ですね。次回作が楽しみです。

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