広橋悠「IMAGO」書評

 また一人天才を見つけてしまった。

 最初にこの作品を読んだ時、第一声はそんな言葉だった。


 私に衝撃を与えた作品名は「IMAGO」、個人作家の広橋悠ひろはし ゆうの作品だった。(KDP)


 かねてから彼の作品がすごいというのは噂に聞いていたので、無料配布時にダウンロードさせていただいた事がある。だけど、「どうも横書きらしい」という話を小耳に挟み、縦書きの方が好きなせいか、長い事放置していた。はっきり言って損をしていた。


 まあ能書きはいい。まずは作品の説明から入るとしよう。


 ストーリーをざっくりと説明すると、物語は28世紀という遥か未来。フィンチという男の視点で語られる。この世界では移動がルービックキューブのように仕切られたモジュールというガジェットで成されており、36桁の数字を入力して任意の場所へと移動する。かつての道路のようなものは無い。


 フィンチはフェザントというイケメン(多分表紙の人)のゴーストライターをしていて、行方不明になった妻を探している。妻のパロットは禁書となっている古代エグリシュの文書を保持していたが、ある日を境に姿を消してしまった。


 その一方で、この世界はアドミンという特権階級の人間に牛耳られている。そしてそのアドミンを統治するマダム・ケイジー――イメージで言えばエリザベス女王をもっと独裁者っぽくした感じだろうか。それでいて宗教的な崇拝の対象みたいな立ち居地にいる。


 この世界ではウェブデータがいわゆる「オワコン」状態になっており、それでいて「屋外」の画像や動画が削除されている。この星に住んでいる人間には外の世界がどのようなものなのか、さっぱり分からないようになっているわけだ。


 次第に明かされていくこの世界の秘密――それを見つけたフィンチとフェザントの運命は大きく揺れ動いていく。


 ……と、大体はそんな話になっている。


 くどいだろうが、この作者は明らかに天才である。


 数ヶ月前、今さらながら「Gene Mapper -full build-」を読了した。言わずと知れた個人作家界隈のレジェンド、藤井太洋の処女作(を改稿したもの)である。

(追記:だいぶ前に書いた記事の転載なので時期がおかしいですが気にしないでください)


 今さら感もあったので言及しなかったが、本著を読んだ時の衝撃たるや凄まじかった。改稿したとはいえ、これが処女作かと。初体験を見せられたこっちが痛いぐらいの衝撃。


 ある種、ウサインボルトを目前で見たような、冷厳なる遺伝子の違いを見せ付けられたような感があった。同時にあまり関わっていないSFという分野にいる作品で良かったとも思った。もし自分の分野にこんなバケモノがいたら、嫉妬にかられてクソSHITでも漏らしていたかもしれない。……まあそんな無駄口はどうでもいい。


 個人作家が書いたという作品のクオリティーに驚愕しただけでなく、同時に「KDPで藤井太洋氏と張り合える個人作家は出てこないだろう」と思っていた。それだけモノが違ったのだ、明らかに。


 だが、この「IMAGO」を読了するにあたって、広橋悠は藤井太洋と真っ向から闘えるだけの筆力があると感じた。


 正直なところ、私はSFがそんなに得意なジャンルではない。スターウォーズもそんなに熱烈に観るタイプではない。


 それでも、この作品にはSFにありがちな一見さんお断りオーラを感じさせず、且つ巧く挿話や参考文献を駆使し、世界観を読者の脳にスルスルと染み込ませていく。そこに説明くささはなく、読者はあっという間にスケールの大きい世界観に飲み込まれていく。


 本著を読み始めた時は「一週間もかけて読めればいい」と思っていた。だが、実際に読んでみるとページを捲る手は止まらず、一気に読了まで至った。そして、そこには心地よいカタルシスと余韻があった。こんな作品はそうそうない。


 この作品は450円という割と強気な値段設定をしているが、それだけの価値は十分にあるし、間違った相手に届いてしまう危険性を排除する上ではその値段で正解のような気がする。この作品は第三者の目から見ても売れて欲しい作品である事に間違いない。


「山彦」のヤマダマコトもそうだったが、著者広橋の筆力は既にプロの領域に達している。個人的には伊藤計劃の「ハーモニー」を彷彿とさせる感があった。


「優しい」統治者が創り上げた、ユートピアのラベルが貼られたディストピア。

 現代社会が抱えるSNSの問題や共産主義国家の持つ弱点を風諭的に、且つ痛烈に抉っており、つまるところもはやこの作品は個人出版というモジュールをとうに超えている。


 KUの枠が残っている人はこの機会にぜひ読んでみたらいかがだろうか。


 ただ、個人作家は読まない方がいいかもしれない。ここまで圧倒的な作品が出てきてしまうと、読む人によっては自信を喪失してしまうだろうから。

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