武田綾乃「愛されなくても別に」書評

 講談社文芸第二出版部のツイッターアカウントを覗いていて洗脳されたのか(笑)ずっと気になっていた武田綾乃著「愛されなくても別に」を読了しました。


 ストーリーをざっくり説明すると、物語の冒頭は大学生の宮田陽彩みやた ひいろが本分の大学生活そっちのけで働きまくるところから始まります。


 下手な社会人よりもバイトで働きまくって稼いだお金のうち8万円は家に入れています。


 幼少期に両親が離婚して母親に育てられた彼女は、人格に問題のある母親の散財癖に大変な思いをしながら日々を生きています。ほとんど化粧もしない陽彩。母親は娘よりもネイルサロンで整った指先をしていて、陽彩の稼いできたお金を美容に、デートに、湯水のように使います。


 ある意味片親あるあるというか、ろくでもない方の親に引き取られてしまった不幸な子供がそのまま大人になった状態なのですが、陽彩はあるきっかけで同じ大学に通う江永雅えなが みやびと仲良くなります。真面目な陽彩といかにも遊んでますという感じのギャル、雅――一見水と油のように見える二人は、不幸な身の上という点でシンパシーを感じはじめ、互いに惹かれていきます。


 初体験の相手が父親だったという雅。頭のおかしい父親に抑圧を受け続けた彼女は、一見無頼のように見えて実はガラスのように繊細な心を持っていて、魂がいくらか壊れています。奔放な生き方も、裏を返せばどこか自己防衛の属性があるように見えました。


 雅と触れ合った事もあってか、母親に愛想を尽かした陽彩はある日、重大な決断をします。


 それは、愛というラベルの付いた、長年縛られていた鎖を断ち切る事でした……。


 ――と、だいたいこんなお話ですね。


 前述の通り結構な割合で片親あるあるみたいな要素が入っていまして、画に描いたような不幸な女が出てくるわけですけど、それって私たちの目に見えていないだけで社会には結構いたりするわけです。


作中に「わたしには生きる価値もないのかよ」という感じのセリフがあったような(雑なうろおぼえ)気がしますが、自分が不幸だ不幸だと生きていた人間は、不幸に耽溺するためにさらなる不幸を実際に手に入れていく傾向にあります。


 陽彩は一見豪放磊落ごうほうらいらくな雅の生き方に感化されてというか、「ああ、そういう生き方もあるんだ」的な気付きを経て、最終的に不幸に耽溺する事へのバカバカしさに気付いていくのですね。


 それで話が進んでいくと、一見強いように見えていた雅が実は全然強い人じゃないとわかったりする場面があるわけで……。


 今回ね、本当に色々と考えさせられたというか、普段から思ってはいたんだけど再認識させられた部分がありましたね。


 たとえ不幸な身の上に生まれて、世の中が不条理でも、そして、自分が運命の神に嫌われているとしか思えない境遇にいたとしても、それでも私たちは結局のところ生きていくしかないのですね。


 今作では家族ってなにも血のつながりだけじゃないというか、魂がつながっているかどうかなのかなと思うところがありました。それが無ければ、たとえ血がつながっていたとしても私たちは容易に他人になってしまうほど脆いものなのだなとも。


 本作の登場人物達は実際に血縁関係にある人たちと関係を断ち切っていったりするわけですけど、それは前に進むためというか、「家族」とラベルがついているだけの鎖で繋がれているぐらいなら、いっそそれを断ち切って自由になるのも一つの選択肢なのだなと思う事が出来ました。


 思えば私もクソ生意気な子供だったのだろうなと思うし、あれだけ反抗した両親も振り返れば毒親なんかとは程遠く、自分を愛してくれたのだなと振り返る事が出来ました。愛って主観だと見えにくいのかもしれません。


 タイトルそのものは「愛されなくても別に」なんですけど、読むとほとんどの人が「いかに自分が家族に愛されていたか」に気付く作品なのではないでしょうか。


 ちょっと逆説的なアプローチではあるのですけど、本当の意味での家族を待つ事とはどういう事なのか、だいぶ考えさせられるところがあったのだと思います。


 物語の掉尾ちょうびは以下のようにあります。


 世界に響き渡る二人分の足音が、私が孤独でないことを密かに教えてくれていた。


 この一文にすべてが包含されていたのだと思います。


 たとえこの世界が絶望的に見えても、どうしようもない孤独感にまみれて死んでしまいたいと思ったとしても、それでも私たちは一人ではないのです。


 そのような事実に気付かせてくれるところに、きっとこの作品の普遍性であり本質があるのでしょう。


 なるべくたくさんの人に読んでもらいたい作品ですね。

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