糸魚川鋼二「黒春」書評

「黒春」を読了しました。


 上下巻で合計10,000ページ超えという驚異的な量なんですが、面白かった。


 読んでみたら一気読みみたいな感想はチラホラと聞いてはいたのですが、実際に読んでみたら止まりませんでした。


 この小説を簡単に説明すると、来都らいとほうぷという名前の天才スポーツマンがいるんですけど、こいつが行く先々で悪気無く事件を起こすとんでもない奴でございまして、それに巻き込まれて周りが本当に嫌な思いをしながらストーリーが進んで行くという(笑)ある意味あたらしい角度の嫌な群像劇というか、略してイヤ群というか(笑)、そんなストーリーになっています。


 これが本当に救いの無い話でございまして、すごくリアルな嫌さを孕んだエピソードが次々と視界に飛び込んできます。まるで、黒い濁流のように。


 たとえば死ぬほど努力して勉強している生徒がいるのにこのクソガキ……いや、来都稀はテニスの大会をドタキャンして水泳で全国7位となり、「僕は勉強しなくてもいい高校へ行けるんだ」という内容の事を周囲に吹聴してヘイトを集めたり、クラスのアイドルをダメな女に引きずり落そうとしたり、フラれそうになったらレイプ&助けに来た女子生徒を殺す勢いで暴行するなど酷い素行で延々嫌な気分にさせられます。


 ですが、読者は「いつかこいつに天誅が下るのではないか」と期待して次々とページを捲ってしまう。これが止まらない。この黒い磁力こそが、読者が「読みだしたら止まらない」と口を揃えて言う理由なのかもしれません。実際、止まりませんでした。


 本著を読んでからこのセルパブのインタビューを読み返しました。著者に教育関係の経験があったとかで、あのリアリティはここから来ていたのかと。


 ちょっと話は脱線しますけど、私もド底辺とはいえボクシングはやっていたので、こういう「周囲をガッカリさせる天才」というのは腐るほど見てきました。実際にこういうクズはいます(笑)。


 ですが、本当にトップどころになると不思議と私生活にも秩序が入っている人が頂点に立つんですよね。テレビだとなぜか練習嫌いみたいになっていた世界チャンピオンも、裏ではどの選手よりも濃く長い練習をしていました。


 来都稀みたいなクズは実際に沢山いるんですけど、本当に頂点に立つ人間との違いは「自分に負けない事」なのかな~と思いながら読み進めた一作でした。


 その他にクラスのアイドル的な女子生徒が皮一枚めくったら普通にダメな女に堕ちるような脆さを持っていたり、普段イキってる奴が裏では不安定だったりと、いちいち人間模様がリアルで魅力的なんですよね。


 あんまりネタバレ的な事も書けませんが、本作ではセカンドレイプ的なものも扱っていたりして、ある意味道徳の教科書に使えるんではないかと(笑)。


 そんな気持ちになれた一冊でした。


 惜しむらくは商品説明がざっくり過ぎる上にボリュームがすごいので、かなりの覚悟を持った読者でないと手に取らないんじゃないか(読んだらあっという間なのに)というところでしょうか。この作品はもっと有名になっていいし有名になってほしい。


 昨年このセルパブがすごいでランキング入りしている作品ではありますが、オススメです。ぜひ読んでみて下さい。

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