クズ星兄弟の旅路-3
2
「兄貴ー!」
「なんだ!」
「このままじゃ
完全に俺の判断ミスだった。
グラサンを外して建物の中を見ると、広いエントランスの奥に続く廊下の壁・床・天井から、この教団を守ろうとするかのように無数の手が生えていた。
「兄貴、あれヤバくね?」
確かに厄介そうな相手ではある。しかし、あの手から感じる気配はさほど強くはないし、建物のどこかに隠れている本体を祓えば、あの手も消えるだろう。なら、ここでウダウダ考えるより、突入して一気に本体まで辿り着きぶっ叩くほうが手っ取り早い。と、そう考えたのだが――
無数の伸びる手は、俺が考えるよりもずっと面倒な相手だった。
廊下の壁から、天井から、床から、俺たちを捕まえようと伸びてくる無数の手を、俺はメリケンサックをハメた拳で、セイは鋲つきの革靴で片っ端から祓うが、祓った場所から新たな手が生えてくるという状況はキリがないし、このままではこっちの体力が先に尽きるだろう。
いつもなら簡単に分かる雑虗の気配が、今回は建物のどこからも感じられない。
突入直後に意識を失った捜査員が見た「化け物」とはこの手の事だったのか。四方から伸びる無数の手は確かに怖いだろうが、しかし、それなら「化け物」はなく「手」と表現するのではないか。普通なら「化け物」は、見たことのない異形を指すハズなのだ。
そんな事を考えつつ向かってるく手を祓いながら、一歩一歩前に進む俺たちを、祓いきれなかった、祓った場所から新たに生えてくる手の指が、爪が、俺たちの顔や腕を引っかき、引っかけたスーツのボタンを引きちぎる。この建物に入ってからずっと動きっぱなしで、そろそろ息も上がってきた。
「兄貴、俺そろそろ限界なんだけど!」
俺の前を行くセイが悲鳴のような声を上げる。俺も同じく限界は近い。一時的でもいいから、何とかこいつらを何とか出来るアイテムがあれば……。と思った瞬間、俺の脳裏にボスからの指示でコインロッカーから持ちだした物と、同封されたメモがフラッシュバックする。
『もし、ヤバくなったら使え』
殴り書きのメモ紙と一緒にコインロッカーに入っていたのは、千代紙で折られた鶴だった。しかし、この折り鶴をどう使うのかまでは書かれていない。
「……一体どんな状況でどう使うか書いとけよ」眠気も手伝って、そんな悪態を吐きながらスーツのポケットにねじ込んだまますっかり忘れていたのだ。
何とかポケットから折り鶴を取り出すと、鶴は俺の掌の上で二・三度羽ばたき、ぺちゃんこだった胴体が膨らんで――
キョーーーーー!
と、鳴いた。
特殊部隊が大きな音と光でテロリストを鎮圧する時に使う、音響閃光弾並の爆音が建物全体を震わせ、俺の意識も飛びかける。
「っざけんな!どうなるかちゃんと書いとけ!クソジジイ!」
あまりの衝撃に、掌と膝を床につけたまま、俺はボスに悪態を吐くことで何とか意識を保つ。自分の耳鳴りで何も聞こえない中、思わず瞑った目を開くと、四方からあれだけ大量に生えていた手が、すべて消え失せていた。
大音量の不意打ちに、気を失って倒れていたセイが唸り声をあげながら体を起こす。
「え、一体何が起きたの?俺、死んだ?」
「安心しろ、まだ生きてる。お前はボスのせいで気を失ったが、俺たちはボスのお陰で助かったらしい」
セイは壁に背を預けたまま辺りを見回し、
「あぁ……もしかしてあの折り鶴?」と言った。
相変わらず、察しがいい。俺は、そうだ。と答えながら雑虗の気配を探る。すると、奥の方微かだが雑虗の気配を感じた。どうやらあの無数の手に邪魔されて、気配に気づけなかったらしい。
「どうだイケるか?」
「あぁ、何とか」
俺とセイは立ち上がる。まだ耳鳴りがするが体力は幾らか回復していた。
「よし、じゃぁ、このクソ仕事をさっさと終わらせて、とっとと帰るか!」
俺は平手で自分の顔を叩き、気合を入れて一歩を踏み出した。
つづく
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